A-3 模擬戦
キィンッ、ドォンッ! カァンッ、ボガァァンッ!! チュイィーン、ドッゴォォォオンッ!!!!
訓練場に響く快音、轟く轟音。
目の前で繰り広げられるのは、まるで漫画やアニメのワンシーンのような光景。
黒いローブを纏った少年少女が、互いの武器を打ち交わし、火炎や稲妻をぶつけ合う。
戦い。そう、戦いだ。普通に一般人として生きていれば一生見ることのなかったものだ。
……まあ、どうやら私は知らない内に魔術を習っていたらしいのだけれど。
いやバカだろ私。何がおまじないだよ少しは疑えよ。
言われるまで疑問にも思わなかったよ。私はそんなものを習っていたのかと愕然としたよ。
自分の単純さに頭を抱えていると、どうやら今までやっていた試合が終わったようだった。
二人の少年が笑顔で固く握手を交わしている。あれだろうか、河川敷で殴り合ったあとの不良少年的なノリだろうか。
そういえば結局私は自分の試合の順番を知らないままだった。
ロディ君に絡まれたりエルナちゃんたちと話したり、何だかんだで時間が取れなかったのだ。
もう半分くらい消化してきたし、そろそろかな?
これまでに見てきた試合がかなり面白くて、こう、何と言うか……血が滾ってきたのだ。
そんな私の祈りが通じたのか、雨宮教官の声が響く。
「えー、では次は……八薙カンナ、ロディ・ロスフォード!」
「はいっ!!」
「え? あ、うん」
む、何だか怪訝な顔をされた。返事は基本だよね?
まあいいや。ようやく私の番だ。
お相手は、何と言うか予想通りのロディ君。たぶんこれ知ってたから絡んできたんだろうな。
笑顔で手を振っているエルナちゃんとその横のアルマちゃんにサムズアップ。
木刀を携えて意気揚々と訓練場の中心まで歩く。
ブンブンと素振りする私の正面に、確固たる足取りでロディ君が歩みでた。
真剣な表情でこちらを見つめる彼に、私はにっこりと笑みを返して、
「やっ! 対戦相手って君だったんだね!」
「……貴様、まさか知らずにあんな煽るようなことを口にしていたのか……?」
救い難いバカを見るような目を向けられた。周囲からも呆れたような視線を感じる。
いやぁ……つい、ノリで?
「まっ、まあとにかく! やるからには私も全力でやるよ! よろしくねロビン君!」
「ロディだ! その日に自己紹介された人間の名前ぐらい覚えておけ!」
ぐう正論。何も言えねっ!
「はぁ……全く、調子の狂う。……あれだけの啖呵を切ったのだ。せいぜい、無様を晒してくれるなよ平民!」
「あいあいさー」
「くっ……!」
うん、ごめん。今のは私が悪かった。ふざけすぎた。
呪い殺さんばかりの視線を向けてくるロビ……ロディ君に内心謝罪しながら、私はそっと構えを取った。
脱力し、全身に無駄な力の入っていない自然体を心がける。
木刀を持った右手には、取り落とさないだけの最低限の握力のみを。
視線は決して相手から逸らさず、その一挙手一投足を余さず観察する。
「……っ、口だけでは、ないようだな」
言いながら、ロディ君は両手を開いて腰の辺りで揺らし、深く腰を落とした。
何らかの武術を連想させる構え。まあ、実際フィクションみたいに杖だけ持って魔法ブッパし続けるとかないよね。
近接戦闘に持ち込まれたら、そこらの一般人より弱いと思う。
だからこそ、私もおじいちゃんに剣術を叩き込まれたわけだし。
私たちの準備が整ったことを見て取って、雨宮教官がすっと片手を上げる。
「……確認するけれど、勝利条件は相手の急所に魔法を当てるか、戦闘不能になるようなダメージを与えれば勝ち。この訓練場には骨折以上のダメージを無効化する結界が張られているから後遺症の心配はない。使用する魔術は原則自由だけれど、土が過ぎる場合は僕が止めに入る。詠唱は試合が始まってからするように。いいね?」
「はい」
「ああ」
「……では」
すぅ……はぁ……。
一度深呼吸して、体の調子を整える。四肢に力がみなぎり、感覚が鋭敏化される。
試合開始の合図が出るまでは詠唱をしてはいけないらしいので、集中して、雨宮教官の手が振り下ろされるのを待って……おや? 何だか私の方を見て困ったような顔をしてらっしゃる。
「ちょっと待った、ダメだよ八薙君。合図が出る前に魔術を使っちゃいけないって言わなかったっけ?」
「はい? 使ってませんけど」
「え? いやいや、使ってるじゃないか、それ……身体強化の魔術だろ? あまりに自然すぎて見逃しちゃうところだったけど」
「はい? 身体強化……って、何ですかそれ?」
「え?」
「え?」
え?
「八薙君……まさか、君無意識で身体強化を使ってる、とか?」
「よく分かんないんですけど……私、気合いを入れただけですよ?」
「その気合いが身体強化になっちゃってるんだよねぇ」
あれー? おっかしいな。このぐらい戦闘においては基本、っておじいちゃんに徹底的に仕込まれたんだけど。
「まあ、それだけ滑らかに発動できるって言うのは君の実力の証明でもある。次からは気を付けて」
「はい……」
「よろしい……では、再開するとしようか」
雨宮教官の言葉に私たちは頷く。
ハプニングもあったけど、ようやく試合だ。気合い入れて……はいけないんだっけ。
再び構えを取る私とロディ君。
「それでは、八薙カンナ、ロディ・ロスフォード……模擬戦始めっ!」
開始の合図が出された直後、ロディ君が私に向けて無手の両手を突き出した。
「猛炎よ、赫々と燃え滾りし炎よ、我が双腕に……」
ロディ君の詠唱が始まると同時に、彼の両手に真紅の魔方陣が現れ、炎が渦を巻き始めた。
火属性の魔術。魔力量的に威力は平均的なものだろうけれど、それが二発同時となれば侮れない。
単純計算で威力が倍になるわけだ。彼が自慢していた《二重詠唱》とやらがこれだろう。
まぁ……私には関係ないけれど。
一応ちゃんとした訓練の一貫だし、真面目に詠唱しますか。
ロディ君の詠唱を聞きながら大きく前へと踏み込み、同時に詠唱。
「風よ、翼となりて疾く駆けよ!」
直後、私の足元に小さな翡翠の魔方陣が出現。
私が魔方陣ごと背面キックするように蹴り出すと、私の体を思い切り打ち出すように極小規模の突風が発生。
突風に打ち出された私は、上手く体を捻って風に乗り……そのまま風の速度でロディ君を通り過ぎて、彼の背後に回り込んだ。
膝をたわめて着地の衝撃を再びの突進のための推進力に利用して、私は無防備に背中を向けるロディ君に飛びかかり、木刀を叩きつける。
「なっ……がぁっ!?」
私の姿を見失って動揺していたロディ君は、回避も防御もままならず私の一撃をもろに受けてしまった。
苦悶の悲鳴を上げて倒れ込むロディ君。
致命傷は無効化されるって言うからつい全力で打ち込んじゃったけど……大丈夫かな?
シーンと静まり返る訓練場。
首をかしげて雨宮教官を見やると、彼はポリポリと頬を掻いて困ったように微笑んで、
「あー……勝者、八薙カンナ。おめで、とう?」
「ありがとう、ございます……?」
何で勝った側の私がこんな微妙なんだ。おかしいなー。
何人かがロディ君に近付いて彼の体を揺するも、ロディ君は白目を剥いて倒れたまま。あ、撤去された。
変な雰囲気の中すごすごと戻る私の背に、雨宮教官が声をかけてきた。
「えーと、八薙君。我々教官としてはあれだけで君の実力を完全に把握できたとはとても言えないから……とりあえず全部終わってから、もう一度やってもらってもいいかな?」
「あっ、分かりました。大丈夫ですよー」
「すまないね。相手はこちらで選ぶから、観戦がてらゆっくり体を休めてくれ」
「はい!」
遠巻きに眺める人垣の中に戻ると、興奮した様子のエルナちゃんたちが話しかけてきた。
「あなたやるじゃない! ロスフォード家の長男になにもさせず完封するなんて!」
「すご、かった……! 風属性の、魔術を……あんな風に使う、なんて……!」
そうそう、こういうのが欲しかったんだよ。ほらほらもっと褒めよ、もっと称えよ!
二人の賛辞に気をよくしていた私は、ついぞ、試合を終えたときから向けられていた強い視線に気付くことはなかった。