A-2 挑発と友人
雨宮教官に連れられて私たちがやって来たのは、学校の体育館のような場所だった。
もっとも広さはそれ以上で、床はフローリングではなくコンクリートだったけれど。
その空間の真ん中、一段高くなった場所に雨宮教官が登り、私たちは彼の目前に整然と並ぶ。
さっき知ったのだけれど、今回【議会】に入隊したのは総勢四十名。学校の一クラスの人数とほぼ同じ程度。ここに居るメンバーが、三ヶ月の訓練を共に励む仲間というわけだ。
「さて諸君。改めて、僕が君たちの教官となった雨宮だ。ここにおいては身分も生まれも肩書きも関係なく、君たちは等しく新米、第五位階魔術師だ。そして僕の役目は、そんな新米たちを一人前の魔術師とすること。これから三ヶ月、どうかよろしく頼むよ」
柔らかい表情と口調でそう語る雨宮教官。本当に教師みたいだ。
しかし、身分や生まれ、というのはどう言うことだろう。代々続く魔術師の家系とかあるのだろうか。
見渡してみれば、確かに見た目から分かる外国人の子もかなり居る。
首を傾げていると、雨宮教官が済まなそうな表情で口を開いた。
「前置きはこの辺りにして、だ。済まないが時間がおしていてね。本当なら同期の君たちにゆっくり親交を深めてもらいたいところだが、そうもいかない。というわけで、今日これから早速訓練に入りたいと思う」
ほんとに急だな!
驚くが、何でも先日私が遭遇したような所謂『アカシックレコード』を狙う魔術師の活動が、最近とみに活発化しているらしく、あまり悠長にしてもいられないのだとか。
雨宮教官の言葉に小さなざわめきが広がるが、それは恐怖とか緊張ではなく、どこか高揚したようなものだった。
「まずは君たちの現時点での実力を知るために、訓練生同士での模擬戦をしてもらいたい。一人一回、組み合わせはこちらで決定している。それぞれ通達した通り、武器は持参しているね」
私含め、この場の全員が静かに頷く。長杖とか剣とか槍とかロッドとか、黒ローブという格好も相俟ってここだけ時代錯誤な印象だ。
ちなみに私が持ってきたのは、昔おじいちゃんにもらった一本の木刀。
この木刀、どうやらただの木刀ではないらしく、以前家の壁に思いっきりぶつけてしまった時も罅一つ入らなかった。加えてこの木刀を持っていると、すごくおまじない……魔術が使いやすくなる。
「この訓練場には致命傷に成りうる攻撃を遮断する結界が張ってある。今から十分したら、早速一組目の試合から始めようと思う。それでは各自、準備をしてくれ」
はーい、と返事をするでもなく、一つ頷いて各々散っていく訓練生たち。
知り合いと思しき人と真剣な表情で話し合ったり、皆から少し離れたところで瞑目して精神統一したり、手に持った武器の調子を確かめたり。
自由だなぁ……さて、私はどうしようか。
精神統一とかやり方分かんないし、別に武器の手入れとかする必要ないし。
せっかくの同期なんだから仲良くやりたいし……まずは、誰かに話しかけてみよう!
「おい」
意気揚々と歩き出した私の背に、知らない男子の声がかけられる。
振り返って、私は思わず「うぉぅ」と変な声を漏らした。
そこに立っていたのは、金髪碧眼に整った顔立ち、背の高い引き締まった体躯というモデルでもやってそうな青年がいた。
ふぁー……ガチで美形の外国人とか始めてみるなぁ。
感心しきりの私とは対照的に、彼は何故かご立腹のようだった。
「貴様だな、平民でありながら入隊を許された女というのは」
「平民って……まあ、そうだけど?」
「ふんッ! やはりな。いかにも教養の無さそうな、高貴さの欠片もない顔をしている」
…………何だろうこの人は。何故初対面で因縁つけられなければならないのか。
むっとした私に構わず、その男の子は私をしげしげと眺め回した。
「全く、【議会】も堕ちたものだな。どこの馬の骨とも知らぬ婢女を入隊させるとは……凶悪な犯罪魔術師を捕縛したという話だったが、捏造なのではないか? お前のような者にそんなことが出来る実力があるとは到底思えん!」
気づけば、私たち二人に訓練場にいた同期の人たちの視線が集中していた。
その視線に酔ったように、朗々と語り続ける青年。
反論しようと思ったけど、こういう人って何か言うと必要以上に反応してめんどくさいんだよねぇ。
でもまぁ、これだけは言っとこうかな。
「今会ったばかりの人に実力を決めつけられるのは心外だよ。やってみなきゃ分かんないでしょ?」
「……ほう? 貴様、それは俺が、映えある魔術の大家、クロフォード家の人間であると知っての言葉か?」
「いや知らないけど」
「だろうな! ならば教えてやろう!」
青年は、どこまでも居丈高に、傲然と胸を張って、
「我が名はロディ・ロスフォード! 超高等技法たる《多重詠唱》を継承せしロスフォード家次期当主候補筆頭、ロディ・ロスフォードである!」
ある、ある、ある……。
静まり返った訓練場に声が響き渡る。
一通り自慢を終えて満足したような彼、ロディ君に、私は首を傾げる。
「次期当主候補筆頭……って。何か、すっごい微妙な肩書きじゃない? それ次期の前に(自称)とか付いてたりしない?」
プッ、と。訓練場内が失笑に満ちた。
ロディ君はそれこそ顔を真っ赤にして、
「なっ、にゃにをバカな! 俺はロスフォード家の長男であり、《多重詠唱》の正統な継承者! 故にこの俺こそが次期当主に相応しい! ……………………はずだ」
「最後声ちっちゃ! ごめん、もう一回言って?」
「誰が言うか! さっきから何なんだ貴様は! ――と、とにかく! 魔術の名門の出として、貴様には負けんと、それだけだ!」
「なら最初っからそう言えばいいのに」
「うるさいうるさいうるさい!!」
はいはい、CV:釘◯理恵。
とりあえず、目の前の青年の実家が何か魔術師的に凄いところであるのは分かった。
その技術を受け継いだと言うのも伊達ではないのだろう。
けれど、それでもね。
口角泡を飛ばして怒り狂うロディ君を制するように、私は手の中で木刀をくるりと回し、ピシッ、と彼に突きつける。
「どんなスポーツであれ、戦わせるのは家の名前とか知名度とかじゃないよ?」
「な」
「一度同じ場所に立てば、下らない地位とか何も関係ない。お互いの力と技量をぶつけ合って勝敗を決するのが、完全な実力勝負」
だから、
「こんな面倒くさいことしてないでさ、私に何か用があるなら試合で語りなよ。無粋な言葉なんて使わず、君の鍛え上げたその力でさ!」
しばし言葉を失い固まっていた彼は、やがてスッと表情を内側で闘志を燃やす真剣なものへと変えて、
「……よもや、貴様のような娘に諭されるとはな……後悔するなよ?」
「もっちろん! 模擬戦なんだから、どっちが勝っても負けても恨みっこなしね!」
フン、と鼻を鳴らし踵を返して去っていくロディ君。
多分プライドが高いだけで、決して悪い人ではないのだろう。少し相手がめんどくさくはあるけれど。
んー……何かすっかり彼と戦うみたいな雰囲気だけど、結局私の相手って誰なんだろ?
対戦相手を確かめにいこうとすると、トントン、と後ろから肩を叩かれた。
すわまたあんな手合いか、と身構えた私だったけれど、予想に反して声をかけてきたのは女の子だった。
豪奢な金髪をツインテールにした彫りの深い顔立ちの美人な女の子と、その娘の後ろに引っ付くちょっと気弱そうな茶髪を肩の辺りで切り揃えた小柄な女の子。
私に声をかけてきた金髪の女の子は、ニヤッと口の端を上げて、
「入隊早々、災難だったわね?」
「え? あー、うん、まあ」
「あなたは知らなかったようだけれど、ロスフォード家って言ったら魔術師界隈ではそれなりに有名な名家なのよ? きちんとした貴族号を持つ由緒正しき家柄だし、表の権力も相当なもの」
困惑する私に、金髪の女の子はばつの悪そうな顔をして、
「あっ、ごめんなさい、まだ名乗ってなかったわね。私はエルナ・リヒテンベルク。エルナって読んでちょうだい。そしてこの娘が……ほら、ちゃんと挨拶なさい」
「うぅ……あ、アルマ・リット、ですぅ……」
金髪の……エルナさんの背に隠れながら、頭だけ出して自己紹介するアルマさん。さんって言うかちゃんだね。
ちょっと涙目なところと言い、こう、庇護欲をそそる感じの可愛らしさだ。
私がほんわかしながら眺めていると、彼女はすぐに顔を隠してしまった。
「こら、アルマ……もう、ごめんなさいね。この娘、戦闘の時以外は基本気弱で、どこまでも臆病なのよ」
「あ、大丈夫ですよー……あっと、すみません、私は八薙カンナです」
「ご丁寧にどうも。けど、敬語は要らないわ。多分同い年ぐらいでしょ?」
「えっと、私は十七歳ですけど……」
「ほら、私もアルマも同い年ね」
「そうなんだ……もうちょっと年上だと……えーっと、エルナちゃんと、アルマちゃん、でいいのかな?」
「ええ、もちろん。同期として、これからよろしくね、カンナ」
「……よ、よろしくお願いしますぅ」
おぉ……早速友達ができてしまった。しかも外国人の! 幼馴染みとかなのかな?
名前の感じからして多分ドイツの人だと思うんだけど……さっきの彼はイギリス人だったけど、ほんと多国籍だ。
「さて、自己紹介もすんだところで……私があなたに声をかけたのは、心の底から感心したからよ。知らなかったと言うのもあるんでしょうけど、彼を相手にあそこまでの啖呵を切るなんて……勝算でもあるの?」
「……彼、態度は、あ、あんなだけど……ほ、ほんとに強いの……」
「ふーん……」
称賛と心配が半々ぐらいの割合で込められた視線を向けてくる二人に、私は気のない返事を返した。
うーん……確かに、結構鍛えられてはいたし風格っぽいのもあったけど……
「まあ、多分大丈夫だよ。おじいちゃんとか、たまに遊びに来てくれてたおじさんほどじゃないみたいだし」
「おじいさんと、遊びに来てくれてたおじさん……? その方たちも魔術師だったの?」
「うん、そうだよ。おじさんの名前は……確か、鬼崎悠成って言ったかな?」
「…………えっ!?」
「鬼崎、悠成……まさか、【鬼神】ユウセイ……?」
えっ、何【鬼神】って……そんな物騒な呼び方されてるのおじさん。
けど思い返してみれば、至近距離から撃った魔術も、後頭部に叩き込んだ木刀も、投げつけた石礫も、全部体一つで弾いて笑いながら突進してきてたなぁ。
うん、あれは怖かった。初めて見たときは恐怖のあまり泣き出した。まあまだ八歳の時だったから仕方ないんだけど。
明らかにおじいちゃんと同年代ぐらいの強面の老人だったのに、すっごいアグレッシヴだったし。
「そんな大物と手合わせしてたなんて……世の魔術師にとっては垂涎ものよ。あなた、本当に一般人?」
「一応自分ではそのつもり、なんだけどなぁ……」
魔術を習ってたのだって、すっごい孫バカだったおじいちゃんにオモチャ兼護身用ってことで教えてくれたものだし。……でもよく考えてみれば、おじいちゃんはどこで魔術なんて知ったんだろう。
一応二人に聞いてみるけれども、八薙なんて名前の魔術師は知らないらしい。ちょっと悲しい。
そのまま二人に魔術師についての何やら、第五から第一までの魔術師の位階の区分とかを聞く。
位階とはそのまま、【議会】の中で魔術師を区分する位のこと。
具体的に言えば、第五が見習い、第四が新人、第三が中堅、第二が熟練。
そして最上級、第一位階の魔術師は――英雄。
他の凡百の魔術師、第二位階の魔術師と比べてすら隔絶した実力を誇る、【議会】にも十人しかいない超越者たち。
【円卓の十翼】なんて呼ばれることもある、世界最強の魔術師集団が、この組織の頂点に立っている……ということで。
魔術師たちにとっての到達点として、全ての魔術の道を極めんとするものたちの尊敬を集めている……らしい。
尤も、まだまだ駆け出しのひよっこである私たちにとっては、文字通り雲の上の存在な訳だけれども。
顔を会わせる機会もないだろうしね。そもそも私は別に登り詰める気とかないし……。
エレナは鼻息荒く、いつかは辿り着いてみせると息巻いていたけど。
そうこうしている内に時間が経ったらしく、雨宮教官に一組目の名前が呼ばれた。
結局組み合わせが見られなかったけど、まあ仕方ない。
とにかく今は他の同期の試合だ。
私は魔術の手解きを受けていても、魔術師としての戦い方は全くの素人。何せおじいちゃんとの遊びにしか使っていなかったもので。
せいぜい観戦しながら盗ませてもらおう……なんて考えながら、私は緊張した面持ちで訓練場の真ん中へ進み出る同期の背中を見送った。