異世界知識チートの落とし穴~~酒編
今年の正月に上物の日本酒を飲んで感じたことなど
今年の正月に知人宅で上善如水を飲ませていただく機会がありまして、
その時の感想やその後の取材で感じたことなどをつらつらと書いてみたいと思います。
まず、上善如水を飲んで感じたのは100円ショップで売っている紙パックやガラスコップに入った酒とは全くの別物だということです。
本当に美味い酒というのはああいうもののことを言うんだと、しみじみと実感したものです。
ええ、はっきりと味が違います。
よく酒の美味さを表現する言葉にフルーティーというのがありますが、まさにそれ。
純米酒なのにまるで果実酒やフルーツジュースを飲んでいるかのような瑞々しい甘さが口に広がります。
まるで、まるで本当に果実水のようでした。
アルコールが入っているのは匂いなどで分かりますし、それ相応の度数があるのですが、酒を飲んでいるという感じが全くしません。
上物の水を飲んでいるかのような……
舌の上で転がしてみて判りました。
日本酒の安酒みたいにアルコール分が尖ってないんですね。どこまでもひたすらにまろやか。
でもこれは上善如水だけに限ったことではないと思います。
日本にはいろんな酒蔵があり、それぞれの土地でそれぞれに素晴らしい清酒が醸されているわけですから。
そして後日の話ですが、酒というものは品質の高さと値段の高さが完全に一致するものだと聞きまして、正月の体験を思い出した評論子は「なるほどそうか」と思わせられたのですね。
そんなこんなや新年歳旦祭の直会で他の参列者の酒の飲み方を見ていて思ったものです。
――ああ、酒の飲み方というか酒好きには二通りあるんだな。と。
具体的に述べるとすれば、
一つには、酒の持つ香気や味わいを舌で鑑賞し、口内に広がるアルコールの刺激に心地良さを感じる飲み方をする者。
もう一つは前後不覚になるまで泥酔して何もかも忘れてしまうために酒の力を借りる飲み方をする者ですね。
評論子としては前者の方が正統的な酒の飲み方ではないかと常々思っています。
いわゆるちびちび飲むというやつですね。
こういう飲み方だと酒が中々減りませんので経済的でもあります。
何しろお猪口一杯分を飲み干すのに五分以上かかりますから。それにほとんど酔いませんし。
酒を楽しむとはこういうことじゃないかなと。
それでここからが本題となります。
なろう小説にありがちな異世界知識チートに蒸留酒ネタがあることをご存じの方は多いと思われます。
ワインやビールを蒸留して新たな酒を造ったぞーー!
なんだと!? 酒を蒸留して酒を造った!? ……なんだこの美味い酒は! こんな酒は今まで飲んだことがないぞ!! これは売れる!!!
凡その流れはこんな感じでしょうか。
蒸留酒に驚嘆するのは裕福な商人や貴族だったり「酒好きの」ドワーフだったりするのがテンプレですよね。
でもここでちょっと考えていただきたいのは、ドワーフの酒好きって酒精――アルコール度数の高さなんでしょうか?
酔っぱらうほどに強い酒を好み、酒に強いと言われているロシア人なんかだとウォッカの原酒をラッパ飲みしたりするそうですが、ロシア人のこういった習性はロシア革命後のものとも聞きます。
要は鉄のカーテンの内側のストレスをアルコールで紛らわすしかなかったんだと。
ドワーフって、種族全体でアルコールに逃げなければいけないほどの致命的な社会的ストレスを抱えている種族なのか? っていうことですね。
ぐでんぐでんに酔っぱらうほど飲むということは浴びるように飲んでいるわけで、酒の味わいとかまったくわからないんじゃ?
これをお読みの方にも一度試してみて頂ければと思うことが一つあります。
ジュースでもお茶でもいいので一滴ずつ味わうようにして飲んでみてください。
ジュースをがぶ飲みしている時と比べて味わいが全く違いますから。
飲酒の動機が泥酔目的でない限り、アルコール度数の高さは決定的な要素ではないと思います。
であれば、「蒸留酒スゲー!」というのはファンタジーでしかないのでは。
なろう知識チートテンプレの「ブランデースゲー! ウィスキースゲー!」ですが、これって要は焼酎です。
さて、焼酎と言えば読者の方は何を真っ先に思い浮かべますでしょうか。
業務用スーパーとか酒のディスカウントで売っている4リットル入りペットボトルに入った激安焼酎を連想する方が多いのではないかなと。
蒸留酒=酒を焼く=焼酎、こう考えるとブランデーはブドウ焼酎、ウィスキーは麦焼酎となりますね。
これぞまさに横文字の神通力。
蒸留酒の三文字を焼酎と書いてしまうと途端に貧乏くさく思えてくる人もいるのではないでしょうか。
評論子もなろう異世界知識チート物を読んでいて「蒸留酒=高級酒」という作者イメージを共有していた時分には「なんで日本酒を蒸留してより高級な酒を造らないんだろう?」と思っていたものです。
それで最近になって「日本酒を蒸留すると米焼酎」になると聞いてびっくりです。
抑もの話として、蒸留酒を造るのは、上質な醸造酒が造れないから。
醸造、つまり発酵という工程に最適の温度というものがそれぞれの発酵菌にはあります。
九州沖縄が焼酎=蒸留酒の本場なのは温暖過ぎるからです。
発酵というのはその土地と密接な関係があり、良質の醸造酒が造れない気候風土の元では発酵を早い段階で打ち切り、蒸留してアルコール度数を上げるしかないんですね。
そうしないと発酵よりも腐敗の方が進んでしまうので。
そういうわけで酒の醸造に適していない地域で酒を造ろうとすれば蒸留酒を造るしかないのです。
フランスの高級ブランデー、コニャックやアルマニャックもワインの醸造には不向きな、温暖過ぎる地域なので蒸留してブランデーにしてるだけです。
スコッチウィスキーにしてもスコットランドの高地では寒冷すぎてビールの醸造には不向きだから蒸留酒が広まったというだけのことなので、普通に上質の醸造酒が造れる地域ではわざわざ蒸留酒にする必要がないんです。
良質の醸造酒を醸造できる気候風土の領地に、領主の子供として異世界転生した知識チート主人公が、
「蒸留酒造るべ」と言おうものなら、頭がおかしいんじゃないかと地元酒造業界から猛反発を受けるのは間違いないです。
なぜわざわざ自分たちの製品をダメにして売らなければならないのか――そんな声が聞こえてきそうですね。
ヨーロッパでも19世紀まで、蒸留酒のジンは下層民の飲む下等な酒として蔑まれてきました。
貴族階級は醸造酒のビールやワインを飲むものだったとか。
斯様なわけで、発酵というのはそれだけ土地の気候風土を抜きにしては語れないものなんだなぁと実感した次第です。
最後に、
……これを書いた評論子は酒造メーカーの回し者ではありません。
酒はちびちびとやるのがいいと思います。
甘酒なんかは特におすすめ。