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トリさんはチーをおどかさないように、そっと近づいてのぞきこんだ。
チーの顔は飛んでいた時の風のせいでわしゃわしゃになった髪でかくれている。
トリさんは片羽で器用にそっと髪を顔からのけてあげた。
横たわる人間からトリさんに視線を移したチーの大きな瞳は、涙をたたえていた。
口もとはきゅっと結ばれ、手に持った花を握りしめて泣くのを懸命に我慢しているようだ。
この世界に迷いこんでくる人やモノは、カゲのようにぼんやりしていることが多い。
ほとんどは通り過ぎていくだけで……。
だから、チーは油断していたのだ。
目の前に横たわる青年はカゲのようなモノではなく、はっきりとそこに存在していた。
また若いその人は薄い寝衣をまとい、長い髪はゆるく三つ編みに編まれ横に流されていた。
目を閉じたその顔はげっそりとこけていて、蒼白だった。
死体だと言われても信じてしまいそうな様子だったが、かろうじて震えているのが見えたため免れていた。
「お、はなを…お花を」かけないと……
チーは自分がすべきことはわかっているはずなのに、どうしても体が、手が、動かなかった。
今まで、なんの疑問も持たなかった自分の行為、はたして本当に正しいのだろうか。
こうしている間にも、この人間は弱っていく。
だけど、だけど。
この人に花をかけて、様子をみればいい。
一枚だけ。
それとも、半分?
考えちゃダメだ。
思い出したらダメだ。
なのに……。
自分の前髪越しに見えていた景色がぼやけていく、なすすべもなく立ちすくむ自分。
チーは勘違いしていたのかもしれない。
ふいに、両目をおおっていた髪がなくなってトリさんの顔がのぞきこんでいた。
トリさんの顔って鳥なのに、鳥じゃなくなるんだ。
鳥なのに、キリッとした顔を見てチーのからだから力が抜けた。
目の前には横たわる弱った人間。
固まるぼく。
何も解決してない。
だけど、一人じゃなかった。
トリさんは何も言わず、だけど心配そうな顔で寄り添ってくれてる。
それだけで心強かった。




