第1章 1話 幕開け
ゆっくりと目を開ける。沈んだ意識を掬い上げる。
気付くとツカサは冷たい石畳の上に寝そべっていた。
体を起こし、辺りを見回す。
「......どこだ?ここ」
そんな当たり前の疑問を声に出し、薄暗い路地裏のような道を、陽が照らしている方に進む。
一瞬、陽の光に目が眩む。
固く結んだ目を開けるとそこには見慣れない街並みが広がっていた。
こんなシチュエーションには覚えがある。きっとこれは
「異世界転移だ」
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ツカサはしばらく街を見て回っていた。
ざっと辺りを一周してみたところ。
どうやらこの世界は、ど定番といっていい「中世」がベースになった世界らしい。
おばさんたちで賑やかな商店。民家の壁に背をもたれ、ワインのようなものをラッパ飲みするおっさんたち。立派な剣を携えた騎士が悠々と街路を闊歩する。
何処を切り取っても絵になるような、そんな景色がずっと続いている。
(すげぇ、マジでRPGそのまんま...)
異世界転移には以前から憧れていた。
異世界ならば勉強をせずに、ただ剣を振っているだけで生活できるのだろう。そう考えていたからだ。
とはいったものの
(実際に来ちゃったら何すればいいかわかんねぇ...)
誰かからこの世界の事を色々と聞こうと思っていたのだが、人見知りが発動してしまい誰にも話しかけられない。
異世界といえば、獣耳の生えた「獣人族」やトカゲの見た目をした「リザードマン」が定番だが、そういった類の生物?人?は一切見かけない。
(この世界はノーマルな中世って感じなのか?)
なんだか味気ないものを感じていると
ふと、視界の隅に何かを捉えた。
その方に素早く目をやる
「.....っ!?」
そこにはまさに、リザードマンとしか形容する他ない容姿をした者が3人いた。
だが、ツカサが驚いたのはそれよりもそのリザードマン達の行為だ。
1人のリザードマンが少女を抱え、先ほどツカサが出てきた路地裏の方へコソコソと入っていく。
初めて人攫いを目撃した。しかもリザードマンが人を攫っていった。
ツカサは戸惑ったが、すぐに後を追った。
怖いものみたさ。とでも言えばいいだろうか。
正直言って、あの少女を助けられる気はしない。
だが、見なかったことになど出来るはずもない。
息を潜める。道脇にある木箱の陰に身を隠し、そっとリザードマン達の方を見やる。
少女の口を押さえているのが見える。
少女が泣いているのも見える。
両手両足を必死に動かし、なんとか拘束から逃れようともがいている。
「オイッ、大人しくさせろ!誰かに見られたらどうすんだよ!」
1人のリザードマンが苛立たしさを露にする。
「わーってんだよ、んなこたぁ」
気だるそうな声で1人が応じる。
次の瞬間
ゴッ
少女の頬から鈍い音が鳴った。
ツカサは目を見開いた。
なんの躊躇もなく、少女の頬を蹴った。
蹴ったリザードマンの表情には、何の感情も刻まれていなかった。
少女は蹴られた衝撃で拘束から解放された。
だが、腰が抜けているのか動けそうにない。
ただただ泣き声を大きくするばかり。
「あーっ!うるせぇガキだな!そいつの意識飛ばせっ!」
いつまでたっても大人しくならない少女に、1人が声を荒げる。
「けっ。てめーでやれよ腰抜けが。」
そう言いつつも、そいつはどこか愉快げだった
先ほど少女を蹴ったリザードマンが大儀そうに動き出す。
(やべぇ...これまずいのに遭遇しちゃったんじゃねぇの?」
ドクっ...ドク
息を殺しているせいか、心臓が脈を打つ音が余計に大きく感じる。
(あいつらに聞こえてるんじゃね?)
誰にもわかりはしないのに心の中で余裕な態度をとる。
足が、唇が震える。
ーーリザードマンが少女の前まで迫る。
ーーツカサの脳が思考を止める。
ーーリザードマンが拳を持ち上げる。
ーーツカサの瞳が視界を閉じる。
ーーー次の瞬間、ツカサは走り出していた