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お姉様のフラグも回収しないといけません。


「憂鬱だわ」

 

 学園寮の自室で、ルシアンティーヌお姉様が溜息と共に呟いた。

 理由はわかっているけれど、私はあえて知らない振りでチャマッティーをお姉様と自分用に二つ淹れる。

 濃い黄緑色のお茶は、薔薇の描かれたティーカップにはなんとなく違和感。

 前世を思い出したせいかな。

 緑茶系はどうしても湯飲みで飲みたくなってしまう。


「お姉様、今度のお休みはレーゼンベルク様とオペラを観に行かれるのでしょう?

 以前から楽しみにしていらしたではないですか」


 楽しみにしていたのはオペラではなくて、レーゼンベルク=バイエルン公爵子息とのデートだって事も知っている。

 入学式でプラスフラグを立てれたお姉様は、その後もレーゼンベルク様と昔のように交流を深めているのだから。

 そして当然の如くこのデートもイベントだ。

 ただし、どの選択肢を選んでもマイナスにはならない美味しいイベントなので、お姉様にはぜひともデートしてきてもらいたい。

 でも、ねぇ……。


「わたくしは、レーゼンベルク様と出かける事は嫌ではないわ。

 ただ、マリー様がいらっしゃる事は聞いていませんでしたの」


 マリーゴールド=バイエルン公爵令嬢。

 レーゼンベルク様の三つ年下の彼女は癖の強い豪奢な金髪と、猫を髣髴とさせる大きな琥珀色の瞳が可愛らしいご令嬢だ。

 色彩だけならレーゼンベルク様に良く似ている。

 でも……。


 私は、お茶を飲みながら憂い顔のお姉様を見つめる。

 マリー様、お姉様の事が大っ嫌いなのよね。


 私の事もあまりよくは思っていない子だけれど、お姉様にはもう、ほんと酷い。

 何を言っても嫌味と嫌味と嫌味。


 ミュリエルにとっての悪役令嬢がお姉様なら、お姉様にとっての悪役令嬢はマリー様だ。

 乙女ゲームの中でも、学園以外のイベントではちょこちょこ出てきて、お姉様とレーゼンベルク様の仲を妨害してくる。

 

 レーゼンベルク様とマリー様は血の繋がった兄妹だから、他の攻略対象のように略奪云々はかかわってこないのだけれど。

 せっかくのオペラ鑑賞が自分を嫌っている小姑と一緒では、憂鬱になるのも無理はない。


「お姉様、マリー様はフロランタンがお好きですわ。お会いする時にプレゼントしてみては如何でしょう」


 ゲームだとマリー様妨害イベントの時に、課金アイテムのフロランタンを使用するとマリー様の機嫌が直るのだ。

 そしてどの選択肢を選んでも、レーゼンベルク様との好感度がアップする。

 課金アイテムは数種類あったけれど、マリー様の時はフロランタンが一番効果的だった。

 いまこのリアルでゲーム内知識がどこまで有効かどうかは解らないけれど、試してみる価値はあると思う。


「フロランタン……」


 お姉様は、お茶を見つめて心ここにあらずな雰囲気だ。

 クッキー生地にキャラメルでコーティングし、上にスライスしたアーモンドやナッツ類をまぶす焼き菓子は、この世界にもちゃんと存在している。

 多分、実家の侯爵家の料理人に頼めば作ってくれるのではないかしら。

 それか、王都の焼き菓子店に行って見るのもいいかもしれない。


「お姉様、フロランタンなら王都の焼き菓子店でも買えると思いますの。

 ミュリエルも誘って、明日の放課後遊びに行ってみませんか?」

「そうね……」


 お姉様、あまり乗り気ではないみたい。

 でもお姉様もお菓子は好きだし、ミュリエルを誘えばお菓子好きのビターもついてくると思うし、賑やかになれば気もまぎれたりしないかしら。

 なるべく、マリー様の事から気持ちがそれると良いのだけれど。

 私はもう一度お姉様にお茶を注ぎながら、そんな事を思った。

 

 ――それが大きな間違いであるのは、このときの私には想像もできなかったのだけれど。










◇◇




 翌日。

 お姉様に言った通り、私はミュリエルと、ミュリエルの側にいたビターを誘って、四人で王都の菓子店に向かっている。

 街路樹が規則正しく並ぶ石畳を軽やかに歩くミュリエルは、学園を出るときからご機嫌だった。


「クリスさま、王都の菓子店は、マカロンもありますか?」

「もちろんよミュリエル。この間のお茶会のような、色取り取りのマカロンがあると思うわ」

「うわぁ、すっごく楽しみです!」

「ミュリエルはマカロンが好きだったのか。シフォンケーキが好きなわけじゃなかったんだな〜」

「ビターさん、わたしはシフォンケーキも大好きです! 甘くて柔らかくて、幸せですよねっ」

「あの独特のやわらかさはすてがたいよな〜。マカロンは中に挟まれた生クリームが味を左右するんだよ。

 甘すぎずくどくない食感は最高だ」

「ね〜♪」


 ミュリエルとビターは、これから食べれるはずのお菓子に、ハイタッチまでして笑顔満面。

 でも私は、お姉様が気になって仕方がない。

 お姉様、さっきからずっと無言なの。

 怒っているわけじゃない。

 お姉様は、ミュリエルを可愛いと思っているし、明るいビターの事も嫌ってはいない。

 だから二人がいる事は無関係だと思う。

 でもそうすると、何故こんなにも憂鬱そうなのかがわからない。

 ちなみにお姉様は常に無表情だから、ミュリエルとビターにはお姉様の憂鬱さが伝わっていないのが救い。


「お姉様、もしかして、体調を崩されました?」


 こそっと、お姉様の耳元に声をかける。


「いいえ。ただ……」

「ただ?」

「とても、嫌な予感がするの」


 お姉様は、キュッと扇子を握り締める。

 嫌な予感……変な夢でも見たのかな。


 空は日が落ち始めて、オレンジ色に染まり始めている。

 学園から近かったから、歩いてきてしまったけれど。

 馬車のほうが良かったかしら。


 王都の菓子店はもうすぐそこだ。

 鍛鉄製の看板が、店の二階から道に向かって掲げられているのが見える。

 店の名前が飾り文字で周囲を彩り、中央にショートケーキが描かれている。

 近付くにつれて、甘い香りが漂い始めた。


「良い香りですねっ」

「蜂蜜の甘い香りがするわね。今日は蜂蜜のマドレーヌが焼き立てかもしれないわ」


 バニラエッセンスの香りと共に、蜂蜜の香りがする。

 ここのお店は、定番商品と日替わり商品があるから、毎日来ても飽きないと評判なのよね。


 店に辿りつくと、丁度、私達の後ろから追い越すように一台の馬車が目の前に止まった。

 

「……冗談でしょう」


 お姉様が、小さな声で呟いた。

 私も言いたい。

 冗談でしょう。 

 

 金と見紛うたてがみを持つ二頭の馬に引かれた漆黒の馬車。

 馬車の上部には、細かな装飾と女神の像が飾られている。

 窓の部分には、赤いベルベットのカーテンが引かれていて中は見えない。

 そして見たくないけれど、馬車のドアには、二匹の鷹が向き合う金の紋章。

 これって……。

 

「あらぁ、どうしてこんな所にルシアンティーヌ様がいるのかしらぁ?」


 馬車から使用人にエスコートされて降りてきた少女。

 マリーゴールド=バイエルン公爵令嬢が、挑戦的な瞳でお姉様を睨んでいた。



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