拍手をありがとうございます。大っ嫌いですわ!
パチパチパチパチ。
森の中からミュリエルと共に講堂の裏手に出て来たとたん、拍手で出迎えられた。
一体、何事?
視線を向ければ、そこには正解攻略対象ヴェザール公爵家三男のロイスがいた。
彼とは、パーティーで何度も踊った事がある。
私と彼は公爵家と侯爵家ですからね。
ちょっとしたお茶会の席でも一緒になる事が多くて、婚約者候補になった事すらある。
お姉様がレーゼンベルク様と婚約されたから、流れたのだけれど。
癖のある黒髪を斜めに流し、クールに踊る彼は、前世の乙女ゲームの攻略対象の中で私の推しメンでもあった。
そんなロイスは講堂の白い壁に寄りかかり、眼鏡の奥のアメジスト色の瞳を面白そうに細めている。
「いやぁ、実にお見事。とても面白かったよ」
「……ロイス様。一体、何の事ですの」
ミュリエルを背に隠す。
ロイスは正解攻略対象だから、ここで出会いのフラグが立つのは本来喜ぶべき事なんだけど。
なんとなく、ね。
ゲームと雰囲気が違うというか。
ロイスはゲーム内ではクールな美青年だったけれど、現実では違う。
ちょい悪というか、強引というか。
パーティーでも何度もアレンジした独自の難しいステップを入れられて、転ばないようにするのが大変だったのよね。
だからイベントフラグだけなら回収しておきたいのだけれど、それ以外のフラグは出来るだけ避けたい。
ミュリエルが弄ばれる未来しか見えないのよ。
もっとも、ミュリエルが好きになったのなら、全力で幸せになれるように応援するのだけれど。
「コーザ男爵子息を深窓のご令嬢が迎撃したんだ。めったに見れるもんじゃない」
「見世物ではございませんわ」
「そうか? クリスティーナ。ここで何があるか分かっていながら待っていた貴方も楽しめただろう?」
ぎくっと、体が強張った。
ここで何があるか分かっていた?
まさかロイスも転生者なの?
「……何があるか分かっていただなんてありえませんわ。わたくしは、偶然通りがかりましたの」
「へぇ? 随分長い事講堂の陰に隠れているように見えたんだが。侯爵令嬢がなにをしているのかと目をひいたんだ」
面白そうに、ロイスが口元を歪める。
転生者でここで何が起こるかわかっていたわけではなく、私が潜んでいたから見ていたって事?
いつから見られていたんだろう。
まったく気が付かなかった。
あ、もしかして。
嫌な事に気がついた。
わたしに気をとられていたせいで、ミュリエルのフラグにロイスが登場しなかったんじゃ……。
…………。
…………………。
あぁ、今すぐ穴に埋まりたい。
でもその前にロイスを一発殴りたい。
出来ないけどね、こっちは侯爵家でロイスは公爵家で爵位が上だから。
でもずっと見ていたんなら、ミュリエルを助けれたでしょう。
なにを考えて高みの見物を決め込んでいたんだか。
コスイに向き合ったとき、なんともない振りしたけれど。
本当は、すっごく、怖かったんですからね!
「顔見知りの令嬢が森に引き込まれていましたのに助けもせずに見物だなんて。
ロイス様は実に良いご趣味をしていらっしゃいますわね」
「本気で危なそうだったら助けに入ったさ」
「どうでしょうか。あぁ、わたくし達、これから入学式に出ますの。
もう何もお見せするものもございませんし、失礼いたします」
「入学式ならさっき始まったな」
「え……」
もう始まっている?!
制服のポケットから懐中時計を取り出した。
やばい。
時間、思いっきり過ぎてる!!!
顔から一気に血の気が引いていくのが分かる。
私はいい、私は。
侯爵令嬢たる私が遅れて入っても、誰も何も言わないでしょう。
陰で多少は言われるかもしれないけれど、表立って言える猛者はいないはず。
問題はミュリエルだ。
私と同じ派閥の子たちはミュリエルの笑顔に落ちたから問題ないとして、そうじゃない派閥の子達から何を言われるか分かったもんじゃない。
平民上がりの男爵令嬢の噂は、そこかしこで話題になっていたのだから。
ミュリエルを知らなかったのは、きっとお姉様ぐらい。
お姉様は、くだらない噂話は耳に入れても忘れてしまうから。
「クリスさま、わたしたちは、入学式に出られないのですか……?」
「だ、大丈夫よミュリエル。わたくしがどうにかするわ」
入るのはすぐに出来る。
講堂の入り口から入ればいいだけだから。
問題は、入り口から入ったら物凄く悪目立ちするというだけで。
ミュリエルを悪目立ちさせないためには、講堂の入り口以外から中に入る必要がある。
目立たずにこっそり、中の新入生と合流できるような。
でもそんな場所、ある?
「あぁ、貴方がミュリエル=フォンダン男爵令嬢?」
いまやっと気づいたと言うように、ロイスがミュリエルに目をやる。
「は、はいっ、ミュリエル=フォンダンと申します。どうぞよろしくお願いしますっ」
慌てて淑女の礼をするけれど、ミュリエル、礼をした後に小首を傾げては駄目よ?
とっても可愛らしいんだけどね?
「ふーん……」
ロイスが、私の後ろに手を伸ばし、ミュリエルの頬に手を当てる。
「あ、あのっ、あのっ…………?!」
「可愛らしいね」
「ふぇっ?!」
「こんなに愛らしいご令嬢の危機は見過ごせないね。よし、面白いものを見せてもらったお礼に講堂に目立たず入らせてあげよう」
「ロイス様、本当にそんな事ができますの?」
ロイスの手をミュリエルから払いのけるように身体を割り込ませ、じとっと見上げる。
可愛いミュリエルを、ロイスの毒牙にかけてなるものですか。
ミュリエル、真っ赤になっているけれど、好きになったりはまだしていないわよね?
あぁ、心配。
イベントフラグ以外は接触させないように、気をつけましょう、うん。
「疑うの? まぁ、当然か。この学園は由緒正しいからね。学園の中も講堂も秘密の通路がいくらでもあるんだ」
乙女ゲームにそんな設定出てきたかしら。
お城の内部には、緊急避難用の秘密の通路があるのは当たり前だ。
敵国に攻め入られた時とか、王族のみ知る秘密の通路から要人を脱出させる。
王族以外が知る秘密の通路も当然あって、そちらは城に努める使用人達が緊急時には利用するはず。
そんな通路が学園にもあるというの?
そもそもなぜロイスがそれを知っているのか。
「まぁ、信じなくてもいいよ。その場合は講堂の入り口から堂々と入るしかないよね。入学式の最中に」
ふっと口の端をあげるロイス。
こちらが選べる状態にないのがわかっていて言っているのがありありだ。
でも、背に腹は代えられず、ミュリエルを笑いものになんてさせれないのだからロイスを頼るしかない。
「……案内をお願いしますわ」
屈辱に震えながらお願いすると、ロイスはプッと噴出した。
「ククッ、じゃあ、二人ともこっちへ」
肩を震わすロイスに案内され、本当に秘密の通路を辿って、私とミュリエルは無事、講堂に入れた。
「この位置からなら、さりげなく混ざれる」
講堂の正面入り口と違い、秘密の通路からだと本当に目立たない。
小さな木の扉は正面を向いている新入生からも壇上の先生方からも、天使の像が死角になって目立たない。
「……っと、ちょっと待って」
講堂に入ろうとする私の手を、ロイスが掴んだ。
次の瞬間引き寄せられ、抱きしめられる。
「何をなさいますの?!」
「髪に木の葉がね」
ロイスの長い指先に、一枚の葉が挟まれていた。
「言っていただければ、自分で取りましたわ」
冷静さを心がけながら、私はロイスから離れる。
いきなり引き寄せる事はないでしょう。
顔が赤らんだりはしていないかしら。
あ、やだ。
ミュリエルが真っ赤な顔で見ている。
恥ずかしい!
「入学おめでとう。明日からが楽しみだよ」
肩を震わせて笑いを抑えているロイスを睨みつけ、私とミュリエルはこっそりひっそり講堂の中に入りこんだ。
あーもー、悔しいっ!!!