フラグはどんどん回収しますよ? 良い方だけですけど。
今日は、ティアレット王立学園への入学式である。
王都のローエンガルド別邸で、私とお姉様はメイド達に着飾られているのだけれど――。
「お姉様、宝石は二つまでにしましょう」
メイド達が用意した沢山の宝石を、お姉様は無造作に選ぼうとしている。
でもここでもあるのよ、選択肢。
二つか、多くか。
「二つでは、少なくは無いかしら」
「あまりに多いと、お姉様よりも宝石が記憶に残ってしまいますわ。
それに、真っ白な制服に多すぎる宝石は悪趣味だと思いますの」
ティアレット王立学園の制服は、白を基調として真紅のリボンとペチコートがセットになっている。
前世で流行った軍服ドレスがイメージに近いかな。
お姉様がいま手にしている宝石は、ブローチとネックレスとイヤリングと髪留め。
紅いルビーの髪留めと、お揃いのブローチが正解。
ピンクトルマリンのネックレスとイヤリングは駄目。
赤いルビーの髪留めとブローチは、お姉様の婚約者で公爵子息のレーゼンベルク様に贈られたものなのだ。
なのでこれ以外の宝石を身につけていくと、入学式でレーゼンベルク様とのマイナスフラグが立つ。
レーゼンベルク様、ちょっと独占欲が強いというか、強すぎるというか。
ヤンデレっていうのかな。
お姉様が自分が贈った以外の装飾品を身につけていると、機嫌が急降下するの。
「クリスが言う事も、もっともね。学園は学ぶ場であって、着飾る場でもないのだし」
お姉様はイヤリングとネックレスを置き、紅い髪留めとブローチをメイドに渡す。
うん、マイナスフラグ回避ね。
ちなみにレーゼンベルク様から贈られたアクセサリーだけを身につけていると、当然プラスのフラグが立つ。
ゲームだとはにかむような笑顔で、お姉様に嬉しそうに話しかけてくるんだけど、現実ではどうだろう。
「クリスは、どの宝石を着けていくの?」
「そうね。わたくしは、こちらのサファイアの髪飾りにしましょうか」
お姉様の髪飾りと似た雰囲気の、石の色が違う髪飾りとブローチを選ぶ。
確か、ゲーム内のクリスティーナがこんな感じの髪飾りをつけていたのだ。
たぶんお姉様の色違い。
宝石の色を変更するだけで済むから。
でも現実には、お姉様の髪飾りはレーゼンベルク様が職人に特別に作らせた一点ものだから、同じものは存在しない。
なのでぱっと見は色違いに見える、似たようなデザインで妥協しておく。
わたしはゲーム内では悪役令嬢の妹というだけで、入学式でとくに大きなイベントはなかった。
でも、何が原因でへんなフラグがたつかわからないから、出来るだけゲームと大きく違う格好はしないほうがいいかなって。
行動は多分ゲームとは違ってしまうから、せめて見た目だけでもね。
馬車で学園に着くと、既に大勢の新入生で溢れていた。
平民も通うからか、想像よりも多い感じがする。
さて、最初はお姉様を誘導しましょうか。
入学式の会場である講堂に行くルートはいくつかあるんだけど、中庭を抜けるとレーゼンベルク様とエンカウント出来るはず。
あ、ちなみに。
宝石を多くつけている場合は、講堂でぽそりと嫌味を言われるイベントが発生してました。
「お姉様、中庭を見ながら行きましょう。マーガレットがそれはそれは見事だそうですよ」
「時間に遅れないかしら」
「問題ありませんわ」
一応、制服のポケットに入れておいた懐中時計で確認する。
まだまだ式が始まるまで十分余裕。
入学式に間に合わないとミュリエルのイベントがチェックできないから、絶対に遅れるわけには行かない。
「……あら」
お姉様が、足を止める。
ほんのわずかに、眉が潜むのを見逃さなかった。
あー……レーゼンベルク様ですね。
講堂の方から中庭を通って、レーゼンベルク様が歩いてきている。
私達に気づくと、心なしか足早に近付いてきた。
「二人とも……ずいぶん早かったんだね…………」
「レーゼンベルク様。お久しぶりですわね」
「今日から学園に通うと思うと嬉しくて。お姉様も、入学を楽しみにしていらしたの。レーゼンベルク様と同じ学園ですものね」
言外に、お姉様はレーゼンベルク様と同じ学園に通えるのが嬉しかったんですよと匂わせてみる。
だってお姉様、そっけないんですもの。
よくよく見なければ気づけない程度で、普通の人が見たらお姉様は微笑んでいるように見えると思う。
でも、私やレーゼンベルク様のように幼い頃からずっとお姉様を知っていると、微妙な表情の変化に気づいちゃう。
「僕も……二人と同じ学園で……嬉しいよ……。これからは……一緒にいられる時間が増えるね………」
穏やかというよりも、黒いローブをまとっているほうが似合いそうな口調のレーゼンベルク様だけれど、正真正銘美青年だ。
艶やかな金髪と、切れ長の琥珀色の瞳。
そんな彼が、お姉様を優しげに見つめる。
そしてはっとして、お姉様のブローチに気づいた。
「それは……僕が贈った…………」
「去年の誕生日ですわね。わたくしの大好きな色ですから、今日のような記念日にはぴったりでしょう?」
「そう……あまりつけているところを見られなかったから……嬉しいよ…………」
ふわり。
木漏れ日みたいに柔らかい笑顔で、お姉様に微笑む。
瞬間、お姉様の耳が赤く染まった。
お姉様お姉様。
ぐっと、心惹かれましたね?
もともとお姉様は可愛いものや綺麗なものが大好きだ。
レーゼンベルク様は独占欲は強くても、容姿はお姉様のストライクゾーン。
そんな彼に微笑まれたら、最近ちょっと嫌だった気持ちも吹き飛ぶに違いない。
「そういえば、わたくし、ミュリエルと約束がありましたわ。迎えに行って来ますわね」
見つめあう二人の邪魔にならないように、そっとその場を去る私。
二人から離れてチラッと振り返ると、レーゼンベルク様がお姉様に手を差し出して、エスコートしてた。
ごちそうさま♪
さてー。
ミュリエルはどこだろう。
中庭のルートを避け、裏庭に抜けて私は講堂のほうへ歩いてゆく。
ゲームでは、結構時間ぎりぎりの到着になっていたから、そろそろだと思うんだけど。
彼女、ゲーム内では朝に弱い子なのよね。
この間のお茶会でも時間ぎりぎりだったのは、多分ちょっと寝坊してる。
流石に、入学式に遅刻はしないと思うのよね。
一人暮らしだと危険だけれど、男爵家にはきちんと使用人がいるのだし。
でも時間ぎりぎりだった彼女は広い校舎で迷って、講堂の裏辺りに彷徨い出てしまうのだ。
そこで出会ったぼんくら子息に言い寄られて困っている所を、攻略対象が助けに入る。
彼女を探しながら、私は講堂の片隅にそっと隠れる。
講堂の裏手に堂々と行ってしまうと、ミュリエルとばったり鉢合わせしてしまうかもしれないですからね。
ここで助けに入る攻略対象は、ヴェザール公爵家三男のロイスだ。
癖のある黒髪と、ちょっと釣り目気味の行動派。
ミュリエルが選べる正解攻略対象の一人だから、フラグは回収しておいて貰いたい。
あ、序盤の正解攻略対象の三人のフラグは、それぞれ回収しておいても大丈夫。
いきなり逆ハーフラグ扱いにはならない。
ある程度仲良く、そう、お友達として過ごす事は許されている。
誰も選ばないのは駄目なんだけれどね。
私は、亡国滅亡エンドを避ける為にミュリエルを正解攻略対象とくっつけるつもりでいるけれど、ミュリエルの意思は尊重したい。
正解攻略対象の三人と出会ってもらって、ミュリエルが好きになった人との恋を応援したいというか。
彼女の意思を尊重したいなんていいつつも、正解攻略対象の三人以外との恋は邪魔してしまうから、結局は私の自己満足なのだけれど。
それにしても――。
私は周囲を伺う。
……ミュリエル、遅くない?