前世の記憶
お茶会は、和やかに進みだした。
私はミュリエルをお姉様と私の間に座らせる。
こうする事で、侯爵令嬢たる私が彼女を気に入ったのだと、周知する。
たわいない話を皆でしながら、私は、一気に溢れ出た記憶――前世の記憶を整理する事にした。
この、いま私達が住んでいる世界は。
私が前世、『ニホン』という国でOLをしていた時にはまった乙女ゲーム『煌きは貴方と共に』の世界に酷似している。
昔から、私は双子であるお姉様の名前に、既視感を抱いていたのだ。
自分の名前よりも、ずっとずっと良く知っているような。
私の今の名前はクリスティーナ=ローエンガルド。
お姉様はルシアンティーヌ=ローエンガルド。
乙女ゲーム『煌きは貴方と共に』の主人公は二人。
一人は、王道の男爵家令嬢。
もう一人は、悪役令嬢ルシアンティーヌ=ローエンガルド。
つまり、私のお姉様だ。
一周目は、男爵家令嬢ミュリエルしかヒロインとして選べない。
けれど、二周目以降は一週目で悪役として登場した悪役令嬢、ルシアンティーヌを選べるようになる。
恐らく、前世ではweb小説が空前の悪役令嬢ブームになっていて、ゲーム製作者がそれに便乗したんだと思う。
男爵家令嬢ヒロインは、ミュリエル=フォンダン。
ごく普通の、中の上程度の容姿に、人懐っこい性格。
子犬系っていうのかな。
ちょこっと垂れ目なところも、愛らしい。
困っている人を放っておけない、優しい性格をしている。
そんな素朴なヒロインに、攻略対象は次々と惚れていく。
攻略対象は全部で八人。
でも実はこれ、本当に攻略していいのは三人だけなのだ。
乙女ゲーム『煌きは貴方と共に』のキャッチフレーズは、
『略奪でも、真実の愛……』
というもの。
まるで、略奪でも何でも、愛さえあればすべて許されるかのようなキャッチフレーズだよね。
でも違うのだ。
この乙女ゲーム、ゲームなんだからと婚約者がいる攻略対象と恋人関係になったり、逆ハーエンドを迎えると、バッドエンド一直線なのだ。
略奪愛、駄目絶対。
攻略対象は八人いるけれど、実際には恋人や婚約者のいない三人だけしか、選んではいけない。
略奪した場合、一見幸せそうに見えてもエンディングで必ず不幸になる。
しかも、ただヒロインが不幸になるだけじゃない。
国が終わるのだ。
隣国からの侵略を受けて、この国が滅ぶ。
本当の攻略対象三人を選んだ時だけ、隣国との戦争が発生しない。
この事実に気づいた人は、なんと全攻略対象を三桁レベルで攻略し続けたらしい。
それでもたどり着けないトゥルーエンディングについて、攻略してOKな三人のうち一人から、やっとヒントがもたらされたのだとか。
『君は……たった一人を愛することは……できないのかい……?』
攻略対象のその言葉にふと気づいて、一人だけを攻略してみてたどり着いたトゥルーエンドの感想は、感動よりも何よりも、やっと死なないという安心感だったとか。
この乙女ゲーム、バッドエンドは国滅亡エンドに最終的になるんだけど、略奪愛をしたヒロインはそりゃあもう、酷いバッドエンドなのよ。
暗殺されたり、凄惨な事故に巻き込まれたり、奴隷にされたり。
落とした攻略対象が何故か没落したりなんだりで、ヒロインを助けられない状況になるのだ。
そして一人寂しく亡くなるヒロインのスチルが消えると、廃墟と化したこの国の街並みの上にエンディングが流れていく。
あぁ、思い出すと軽く欝になりそう。
ちなみに、正解な攻略対象である三人と逆ハーをした場合も、バッドエンド。
相手は一人でなくてはならないのだ。
乙女ゲームの醍醐味である逆ハー、完全否定。
高貴な婚約者よりも、庶民的なヒロインを選んでもらえる運命の乙女的喜びも皆無。
一体誰得なのか。
キャッチフレーズもわざと誤解させるようにしている辺り、製作者の性格の悪さが滲んでいると思う。
あと、逆ハーじゃない、本当に普通の友情エンドも駄目。
恋人を作らない場合も、隣国戦争滅亡エンド。
製作者、どれだけ略奪愛と恋人いない歴に恨みがあったのか。
もう執念というか、怨念というか、考えたくないレベル。
そして、そんな乙女ゲーによく似た世界に転生してしまっている私。
笑えないですよ?
ハーレムエンドにならないように、ヒロインを、侯爵家の力でもって学園から排除することも出来ない。
学園で正解攻略対象の三人に出会ってフラグ立てて、誰かと恋人になってもらわないと滅亡エンドですからね。
面倒よね。
そしてさらに面倒な事に、乙女ゲーム『煌きは貴方と共に』では悪役令嬢でありもう一人のヒロインでもあるルシアンティーヌお姉様。
お姉様も、略奪愛は絶対に駄目。
幼馴染であり、婚約者である公爵家子息のレーゼンベルク様と結ばれないといけないのだ。
悪役令嬢なだけあって、ルシアンティーヌお姉様は美人だ。
艶やかな青みがかった長い銀髪を縦ロールに巻き、紅色の瞳は知的に輝いている。
そして常に、豪華な赤いドレスを身に纏っている姿は、これぞ悪役令嬢といえる気品と存在感を醸し出している。
侯爵家の令嬢として、美貌と教養を兼ね揃えたルシアンティーヌお姉様は、ゲーム内ではそれはもう、モテる。
王太子然り、第二王子然り、王宮騎士団長然り、魔導師長然り。
上級貴族達がこぞって彼女に愛を囁くのだ。
まさに逆ハー。
でも差し出された手をとってしまったら、ゲームオーバー。
婚約者のレーゼンベルク様の不興を買い、学園を表向きは自主退学、その実、強制的に追い出され、実家も没落していく。
公爵家よりも身分の高い王子達との恋愛時ならどうにか出来そうなものだけれど、なぜか助けてもらえない。
処刑エンドがないだけマシかもしれないけれど、ルシアンティーヌお姉様がレーゼンベルク様とくっつかなかったら、巻き添え食らって私も一緒に没落していくのだ。
そして、その後は隣国から侵略されて滅亡エンド。
笑えない。
話を整理しよう。
私が破滅の運命を逃れるには、
1)ヒロインには、正解攻略対象者三人のうちの誰かと恋人になってもらう。
2)お姉様には、婚約者に一途でいてもらう。
この二つが必須となる。
そうしないと、国が滅ぶ。
私一人だけ生き延びるという手段なら、隣国に留学しておくというのも手なのだけれど。
ずっと一緒に過ごしてきた家族を見捨てて逃げるなんて、無理。
ローエンガルド領の領民のことだって、見捨てれるわけがない。
いつも明るく元気なパン屋のおばちゃんや、私がお忍びで買いに行くといつもオマケをつけてくれるタルト屋さん、仕立ての良いドレスを作ってくれる洋装店に、口は悪いけど人のいい靴屋のおじさん。
みんなみんな、いい人たちだからね。
隣国に理不尽に責め滅ぼされて、泣く姿なんて見たくない。
前世の記憶を取り戻した私に、この国の運命がかかっている。
正直、怖い。
でも、どうにか頑張るしかないよね?
その為には、ヒロインであるミュリエルとまずはお友達になろう。
私は、扇子の影から可愛いヒロインをにっこりと見つめた。