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エンカウントはまだまだ続く? いいえ、もうお腹いっぱいです

「これとこれと、あとこれもよっ」


 マリー様が、使用人達に焼き菓子の購入を指示する。

 うーん、マリー様、どうして自らこのお店に来たのかしら。

 公爵令嬢なのだから、公爵家の料理人に作らせるか、使用人にこのお店まで使いを出すのが普通だと思うのだけれど。

 どこかへお出かけしていた帰りかな。

 ちょうど通りかかったなら、ついでに立ち寄ることは十分あり得るから。

 

「……マドレーヌを頂けるかしら」


 あら、お姉様はフロランタンではなくマドレーヌを購入?

 何気にマリー様のいるフロランタンの棚から、一番離れた棚にマドレーヌは置かれているのね。

 お姉様、わかりやす過ぎます。

 少しでもマリー様から距離をとりたいのですね?

 私もあまり近寄りたくはありません。


「ミュリエルみてみて! ミュリエルの好きなマカロンがこんなに一杯あるんだよ」

「うんうん、素敵ですねっ。幸せです~!」


 ミュリエルとビターは、パステルカラーのマカロンを楽しそうに選んでいる。

 あぁ、こっちの二人は和むなぁ。


「お前は選ばないの?」

「わたくしは特には」

「クリスの好きなタルトが十種類もあるのに?」

「確かにわたくしはタルトも好きですけれど」


 と、そこまで答えて。

 わたしははっとして振り返る。

 

「なに、そんな驚いた顔しているんだ?」


 ロイス様が心底不思議そうにこちらを見下ろしている。

 その隣には、レーゼンベルク様も佇んでいる。

 一体、いつから?


「一緒に来たわけでもない方から背後から話しかけられれば、驚くとも思いますが」

「声で気づけよ。俺とクリスの仲だろう?」

「だからどういう仲ですか。貴方とわたくしの間には何もございませんでしょう」

「一度は婚約の話も出た仲だな」

「即座に流れましたし、無関係ですわ」


 きっぱりと言い切る私に、ロイスがそっと耳元に顔を寄せる。


「ちょっと、距離が近いですわよ?」

「フロランタンを焼いておくように指示したのが、俺でも?」

「えっ?」


 フロランタンを焼いておくように指示?

 なんでロイスがそんなことを。

 

「ここの商品は日替わりだからね……買えなかったら……困るでしょう……」


 レーゼンベルク様が補足する。

 普段は自分で買い物などをしないから、知らなかったわ。

 

「学園で話してただろ、そこのお嬢さんと。だから予め店に指示を出しておいたわけで」


 ビターと楽しそうにお菓子を選んでいるミュリエルを、くいっと顎でさしてロイスは笑う。


「盗み聞きだなんて、嫌ですわ」

「たまたま聞こえただけだね。俺もそんなに暇じゃない」

「どうでしょうか。十分お時間がありそうに見えますけれど」

「素直じゃないな。お礼の一言ぐらいくれてもいいんだぜ?」


 ほらほらとお礼を要求するロイス。 

 フロランタンがなくてもそれはそれでどうにかなったかもしれないし、こいつに頭を下げるのは嫌なんだけれど。

 マリー様のご機嫌が一気に戻って、お姉様の顔色がよくなったことは感謝したほうがいいのかな。

 ゲームと違って選択肢がわからないから、フロランタンがなかった場合はもっとお姉様の負担が増えたでしょうし。

 焼き立てだったおかげで、助かったのは事実ですしね?


「ありがとうございま……」

「おにーさまっ、いらしていたのですか? こんなところで出会えるなんて、きっと、運命ですわっ!」


 私がしぶしぶお礼を言おうと口を開きかけた瞬間、レーゼンベルク様に気づいたマリー様が駆け寄ってくる。

 その時、ついでといわんばかりに私にドンっと当たってきたけれど、私は何とかそこに踏みとどまった。

 マリー様、本当にお兄様しか目に入らないのね。

 レーゼンベルク様もルシアンお姉様のことしか目に入らない人だから、似た者兄妹だと思う。


 でも、お姉様が離れた場所にいてくれてよかった。

 声でレーゼンベルク様に気づいて、マドレーヌからこちらに目線を移したけれど、こちらに近づいてはいなかったから。

 きっとまだマドレーヌを買い終えていないのね。


 レーゼンベルク様の前でお姉様に何かしようものなら、彼の怒りが恐ろしい。

 私にならマリー様が何をしても怒らないでしょうけれど、最愛のルシアンお姉様にこんな事をしたら、マリー様といえどもレーゼンベルク様は許しませんから。

 そうほっとしていたのに、ロイスが不機嫌そうに髪をかき上げる。


「マリーゴールド嬢。いま、クリスティーナ嬢にぶつかったようですが、何か言うことがあるんじゃないか?」

「何のことですの? そんなところにぼーっと立っているのが悪いのではなくて?」


 レーゼンベルク様に向いていたマリー様のご機嫌が一気に下がって、不服そうにロイスを見上げる。

 あぁ、どうか余計なことは言わないで。

 マリー様の機嫌が悪くなると、お姉様への被害が増加するかもしれないんですから。

 

「ロイス様、気のせいですわ。わたくしが勝手に少しばかりふらつきましたの。ずっと立っていたせいかもしれませんわ」

「ほらみなさい! クリスティーナもこう言ってるんだからねっ。おにーさまのお友達だからって、いい加減なことをいうと怒りますわよ!」

「ほぅ……」


 ロイスの瞳が剣呑な色を帯びる。

 これ以上トラブルを起こさないでください、私の精神も持たないわ。

 

「ロイス様は、お菓子は選びませんの? タルトお好きでしょう」


 ぐいっとロイスを引っ張って、私のほうに向きなおらせる。

 そのまま、マリー様とレーゼンベルク様から引き離すように、私はロイスをタルトが並ぶ棚へ強引にひっぱった。


「特にタルトに興味はないけれど、クリスが食べさせてくれるなら食べるかな」

「変なことを言わないでください。先ほどのお礼に、プレゼントして差し上げますわ」

「なら、クリスが選ぶといい。俺は、それをありがたく頂くよ」


 ロイスの目から剣呑さが消えて、どこか仕方ないなという雰囲気にかわる。

 急いで選んで、この場から逃げましょう。

 これ以上いると次にどんなトラブルが来るかわからないわ。


「木苺のタルトと、チーズタルト、それと、抹茶……じゃなくて、チャマッティーのタルトを頂けるかしら」


 メイド姿の店員に声をかけ、タルトを数種類包んでもらう。

 

 ……って、ちょっとまって。

 店の奥にひっこんだ店員さんが、両手に抱えるように包みを持ってきたけれど、それはまさか私が頼んだタルトではないわよね?


「わぁ、こんなにたくさん! ありがとうございますっ」

「ミュリエルちゃんが喜んでくれるならうれしいな。また一緒に買いに来ようね!」

「はいっ」


 ちょっと青ざめた私の前で、ミュリエルがうれしそうに包みを受け取る。

 あぁ、よかった、焦ったわ。

 でもミュリエル?

 あなたそんなに抱えて、帰り道は大丈夫なの?


「ミュリエル。それを持ちながら学園に帰るのは困難だわ。馬車をお呼びなさい」


 お姉様、あっさりというけれどそれは無茶です。

 ミュリエルには、馬車を呼べる伝手もお金もありませんから。

 あぁ、これもきっと仲良くなる前だと、悪役令嬢らしい意地悪に見えてしまうんだろうな。

 いまはもうミュリエルも仲良しだから、ミュリエルを心配していっているのだと伝わるけれどね。

 

「馬車なら……一緒に乗せていくよ……ルシアンの友人も一緒に……」

「おにーさまっ?! おにーさまは、マリーと一緒に帰るんでしょう? わたくしはおにーさまとだけ一緒にいたいのですわ」


 ぎゅうっとレーゼンベルク様に引っ付くマリー様は、彼に見つからない角度でめいっぱいこちらを睨みつけた。

 せっかく良くなったお姉様の顔色がまた陰る。

 

「レーゼンベルク様、お気遣いをありがとうございます。

 ですがこちらは四人で来ておりますから、マリーゴールド様の馬車に全員乗るのは無理があります。

 マリーゴールド様の馬車へは、お二人だけで乗られるのがちょうど良いのではないでしょうか」


「だな。クリス達は俺達が乗ってきた馬車で連れて帰るよ。外に待たせてあるしね」


 ロイス、ナーイスッ!

 不機嫌マリー様と一緒の馬車なんて、絶対に嫌ですからね。

 お姉様のHPが帰宅までに確実になくなるもの。

 ロイスと同じ馬車というのも私の精神が削られていくけれど、そこはもう、我慢しましょう。

 私はただのモブ。

 この世界の主役であるお姉様とミュリエルが最優先です。


「でも……」

「おにーさま、早く帰りましょっ」


 名残惜しそうにルシアンお姉様を見つめるレーゼンベルク様を、マリー様がぐいぐいと引っ張って店を出ていく。

 あぁ、レーゼンベルク様も大変だなぁ。


 店員から私の分とロイスの分のタルトの包みを受け取って、私達も店を出る。


「あっ」

「おっと!」

 お菓子の袋を幸せそうに抱えていたミュリエルが躓いて、即座にビターが抱き止めた。

 はわわと慌ててビターから離れるミュリエルの耳は真っ赤で、「ごめんなさいっ」と謝る姿も愛らしくて。

 ビターはビターで、「ミュリエルちゃんの分もボクが持つんだよ」って言いながら、こちらもなんだか顔が赤い。

 これは……ビターのルートに進んでるかな?

 

 ロイスの馬車ではビターとミュリエルを隣同士で座らせ、私とロイス、お姉様が向かい側に座る。

 

 ……なんでロイスの隣が私なのかしら。

 

 いえ、お姉様の隣に座らせたりして、レーゼンベルク様に知られでもしたらそれはそれで大変だし、間違ってもミュリエルの隣も駄目だし。

 ビターの隣というのも、なんだかよい感じの二人の隣には座りづらいでしょうし、私の隣しか無いとは思うのだけれど。


 妙に近くて、落ち着かない。

 馬車が揺れるたび、肩や二の腕が触れる。

 ほんの少しだけれど。


 ロイスのほうは極力見ないようにしていたら、


「クリスは転ばないの?」

「はい?」


 急に、何なのか。


「転びませんが」


 そうとしか答えようがない。

 私の答えに面白そうに口の端を上げるけれど、ロイスは本当に何を考えているのか。

 この人の考えは読めない。


「んー、そしたら、俺と週末に出かけない?」

「何をどうしたら、その結論にたどり着くのですか」


 ちょっと。

 さりげなく肩に手をまわしてこないでくださいね?

 みんな見ているんですが……あぁ、お姉様まで珍しくはっきり顔に出るぐらい驚いてる。

 いえ、違いますからね?

 私とロイス様に変な関係はありませんから。


「週末暇でしょ」

「いいえ、まったく暇ではございませんし」

「ルシアンティーヌはレーゼンベルクと出かけるし、ミュリエルとビターも出かけるし?

 俺とクリスが出かければ完璧でしょ」

「何がどう完璧なのですか。皆が出かけるからと言って、わたくしとロイス様が出かける理由にはなりませんから……っ」


 お断りします、と言い切ろうとしたところで、馬車が止まった。

 いつの間にか、学園の寮に着いていたらしい。

 

「じゃ、週末楽しみにしているよ」

「わたくしは了解していません!」


 反論する私を無視して、ロイスはさっさと馬車を走らせ去っていく。

 週末なんて、絶対、お出かけしませんからね?

 

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