初日
ようやく2話です。よろしくお願いします。
「おはようございます」
「あ、深海さん。おはようございます」
一週間だけの仕事(山田いわく仕事復帰の準備期間)初日。
深海が昨日と同じ喫茶店に着くと、既に東上は何時間も前からいましたよといった雰囲気で文庫本を開いていた。テーブルにはアイスコーヒーの入っていたであろうグラスが置かれている。中身は飲み干してしまったらしく残った氷が溶けて少し茶色く濁っていた。あながち何時間も前からというのは間違っていなかったかもしれないなと深海は思う。
「お早いですね。いつ頃からいらしたのですか?」
深海は昨日よりは慣れた様子でホットコーヒーを注文し、席に腰を下ろしながら東上に訊いた。
「そうですねー、8時半くらいだったと思います」
腕時計を見ながら東上が答える。その仕草もなんだか上品でとても絵になった。
「8時半ですか、早起きなんですね。それなら集合をもっと早めてもよかったんですよ?」
「アンドロイドに早起きも何もありませんよ。時刻を設定しておけば、その時間ピッタリに電源が入ります。夜は睡眠と言うより充電のために電源をオフにしてる状態ですね。あっ、すみません…… 私が好きで早く来ただけですから、どうかお気になさらず」
そう言うと東上は俯いてしまう。きっと嫌な言い方をしてしまったと反省しているのだろう。深海が顔を覗き込むと案の定申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
会話がそこで途切れてしまい、嫌な沈黙が訪れる。深海はこのままだと気まずくなる一方だと思い、「なるほど、別に謝ることないですよ」とあわてて笑みを浮かべながら特に気にしていない様子で振る舞う。
「むしろ僕の方こそすみません。僕も東上さんがあんまり人間らしいもんだからついついアンドロイドだということを忘れてしまって…… あ、この言い方は僕の方こそ失礼ですよね」
ごめんなさいと深海は咄嗟に頭を下げる。
「全然気にしませんよ。人間らしいなんて、アンドロイドにとっては最高の褒め言葉じゃないですか」
そうだと思いませんか?と東上は前日のようにイタズラ好きな子どもみたいに無邪気に笑って見せた。彼女も明るく振る舞おうとしているのだろう。
「そう、かもしれないですね。東上さんがそう言うならそうしましょう」
ふと、ホントに彼女はアンドロイドなのだろうかと深海は考えてしまう。こんなにも人間らしいのに……。
「なんだか微妙な反応ですね」
なんだか判然としない曖昧な返事をした深海に、東上は少し不満げに言う。
「いえ、そんなことないですよ。素直にそういった考え方もあるのかと感心していました」
「ホントに? それならいいですけど」
「ホントです」
「ふーん」
「何ですか? 嘘じゃないですよ」
「そうですか。では信用します」
「はい、信用してください」
「……」
「……」
二人はしばらく無言のまま真顔で見つめ合う。それから少ししてどちらともなく吹き出した。
「なんですかコレ」
東上は少し涙目になりながら声を出して笑う。
「そんなの僕もわかんないですよ」
深海もまた笑い過ぎて咳き込んだ。
先程までの嫌な空気は何処かに流れていったようだった。
すると、ちょうど
「お待たせしました〜」
と昨日と同じ女の子がホットコーヒーを運んできた。深海は勝手に彼女を看板娘と呼ぶことに決めた。今後もこの喫茶店を利用するだろうから呼び方を決めた方が何かと都合が良い。
とは言え、本人に対して「看板娘さん注文いい?」などと呼びかけるわけにもいかないため、結局は単に深海の脳内だけのニックネームだ。
看板娘は手際よくカップをテーブルに置きカウンターの方へ下がっていった。
「そういえば東上さん」
深海が突然声をかけると「はい?なんでしょう」とびっくりしたように少々上ずった声で東上は返事をした。
「少しばかり失礼な質問かもしれないのですが、東上さんって、普通にコーヒーとか飲んでるし、涙とかも出てましたけど、それってどういう構造なんですか?コーヒー飲んで壊れたりしないのかなって心配になって…… あと味とかもわかるのかなーって」
「ああ、やっぱそういうのって気になりますか?」
なんだかちょっぴり恥ずかしそうな複雑な表情を浮かべながら東上は訊いた。
「はい。気になります。気になりまくりです」
すると深海は目をキラキラさせて答える。
「ごめんなさい。やっぱり、なんだか目が変態的なので教えるのやめます。企業秘密ってことで」
東上はわざとらしく膨れて見せて「残念でした〜」と深海を馬鹿にするように言った。
東上にはそんな無邪気な一面もあるらしい。
「えー、なんですかそれ。目が変態的? そんなの初めて言われましたよ。まあでも、言いたくなければ言わなくていいですよ。じゃあいつか話してくれる日を楽しみにしてますね」
と東上のそんな調子にも深海は嫌な顔一つせず優しい笑みを浮かべて答えたのだった。
そんな深海の、ホットミルクのように温かくて安心する笑顔を東上は暫く見つめた。それから目頭についているうっすらと光るものを指で軽く拭って、
「あの日もそんな顔をしてくれましたね」
と呟いた。
そしてすぐさま東上は「あっ、」と変な声を上げて「なんでもないです!」と動揺しだした。
すると「え?あの日っていつですか?」と
突然の彼女の慌てっぷりに驚いた様子で深海が尋ねると、東上は
「あ、すみません。あ、えっと、好きな映画のセリフを、口に出してしまいました」
と同様を隠すかのようにして答えた。
すると深海は「そうですか、ちなみになんて映画なんです?」と映画の方に食いついた。
「えっとなんだっけな。ごめんなさい、忘れちゃいました」
そちらに興味を持つとは予期していなかったのだろうか、東上は明らかにさっきよりも会話がたどたどしい。
そんな東上を見て深海はあまり詮索しないほうが良いだろう思い、気を利かせて
「忘れちゃいましたか、なら仕方ないですね。でも東上さんって映画とかご覧になるんですね。とか言いつつ僕はあんまり観ないから詳しくないんですけどね」
とできるだけ自然な笑顔を浮かべて見せたのだった。
「あ、そうだ! 今日は仕事に来たんでした!すっかり忘れてましたよ」
深海は思い出した! といった様子で話題を変えるために多少大袈裟に言ってみせる。
「そうですね、余計な話をしすぎましたね」
東上は深海のフォローに気付いたのか頬をほんのりと赤くしながら言った。
「はい。でも東上さんとのお話しは楽しいですけどね」
と深海は頬を緩めた。
「え、あ、ありがとうございます。私も深海さんとのお話し楽しいですよ」
深海の反応が嬉しいのか東上にも笑みがこぼれる。
「ってまた脱線するところですよ! 仕事ってこんなに遅くていいんですか? すっかり忘れてましたけど、もう10半になりますよ」
「危ない危ない。気を付けないとすぐに話が飛びますね。時間は大丈夫ですよ。出勤時間は決まっていませんので。仕事と言っても、毎日あるノルマをクリアするだけで良いのです。しかもそれはすごく簡単な上に一週間の間毎日ずっと同じノルマです。少々時間はかかりますけどね、と言っても五時間ほどですかね」
「なるほど、随分変わったお仕事なんですね。で、そのノルマと言うのは?」
「まあ、簡単に言えば“水汲み”ですかね」
東上は少し言葉を濁すようにして答えた。
「水、汲み……?」
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