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願望

作者: 蚕月

今回が初投稿で右も左も分からない状態だったので多分めっちゃ読みづらいと思います。横書きって難しいですね……

内容もぐったぐたかも知れませんが最後まで読んでくれればありがたいです。

 小説


 俺は「(かけはし) 柊弥(しゅうや)」しがない自殺志願者だ。もうこの世に未練なんて欠片もない。今、死に方を考えながら死に場所を探してふらふら歩いてるとこだ。


 えっ?いやいや、俺はいじめられてたわけでも友達がいないわけでもない。ただただ普通の高校生活を送ってただけ、そう普通の…


 みんなはどういった時に生きてると感じるのだろうか。自分の好きなことをしてるとき?他人の役に立ってるとき?苦労して何かを成し遂げたとき?人を傷つけてるとき?傷つけられてるとき?……


 まぁ人それぞれ違うだろうけど必ず何か生きる理由、希望みたいなものは持って今を生きてるのだろう。そして、それを持てない、または持ってたものを奪われた人たちが自殺者となるのだと思う。


 で、俺もその一人、持てない人だ。人生17年間、いやもうあと1週間で18歳だからほぼ人生18年間か。まぁどっちでもいいんだけど、その人生の中で人付き合いに苦労したことはないし、運動も、勉強も、それなりに出来る方だった。


 いや、苦労したことがないわけじゃないか、苦労したことがないことに苦労していたんだ。苦労することがないから悩むこともない、苦労することがないから努力しようと思わない、苦労することがないから意欲が湧いてこない。苦労することがないから何も感じれない。苦労することがないから生きていて楽しくない。それならばいっそ思い切って死のうと思い今に至る。


 まぁこんなこと人に言ったら、


「馬鹿なんじゃない?」「逃げてるだけだろ」


 って言われるだろうな。


 でも別にいい。正直その通りなんだから否定しても仕方がない。人の話や意見なんて真面目に聞いたことないしね。


 と、馬鹿みたいなことをぶつぶつ考えながらふらふら歩き回っていたらもうすっかり辺りは暗くなり、人気がなくなっていた。


 そういや馬鹿なことばかり考えてて肝心の死に方を考えるのを忘れていた。

 やっぱりオーソドックスにいけば首吊りだろうか?いやでも死んだ後に醜態を晒すのはやだなぁ。となると傷が少ないリスカか炭燃やして睡眠薬飲んで一酸化中毒になるやつか……いやでもリスカは切るの痛いし、一酸化中毒は準備がめんどうだよなぁ。


「死ぬのって結構苦労するんだな、いや、単に俺が我侭なだけか、はは………ッ!?」


 思わず笑いがこぼれた瞬間、急に背中に寒気が走った。反射的に振り返る。が、そこには何もいない。ただの暗い路地に街灯がチカチカ鳴いてるだけだった。


「やっぱりまだ夜は冷えるか」


 体が徐々に冷たくなってくる、今日のところは帰ろうか。どうせなら気候のいい日に死にたい。月星は綺麗だが中々に寒気が……


「うぅ……今日は早く帰って温かいご飯を食べて温かい風呂に入って温かい布団にくるまってまた明日──」


 カツンッ……!


 死ぬのに備えようと言いかけた瞬間、後ろの方で何かが聞こえた。硬い足音のような、不気味な音。また反射的に振り返る……


 その瞬間俺はどんな表情をしただろうか。


 振り返った目線の先、チカチカという街灯の鳴き声の下に座り込んでいるフランス人形があった。いや、現れた。

 その人形は片足がこぼれ落ちていて、いかにもな雰囲気を漂わせている。


 さっきの音はその足がこぼれ落ちた音だろうか、それにしてはリアルな足音に似ていたけど……。


 体の震えがゾクゾクと強くなっていく。俺はいても立ってもいられなくなり、少しずつ歩を進めた。一歩進むのがこんなに重く感じたことはない。震えてるからだろうか?やっとの思いでフランス人形の前に辿りつけた。



 フランス人形は無機質で冷たい目を真っ直ぐこちらに向けている。しかもさっきは角度的に見えなかったが、向かい合うと手にはおもちゃのチェーンソーが握られていた。また背中に寒気が走る。


 どうやらこいつは本物らしい。小さい頃そういう本を読んだことはあるが、全て作り話かと思っていた。人生18年でまさか本物に出会えるとは。


 俺はまだ震えてる手を恐る恐る動かし、こぼれ落ちていた片足を付け直してあげた。


 どうして付け直すのか?そんなの決まっている……そう、こういう場合出会った瞬間に逃げた方が後々良くないことが起こるからだ。家に着いて布団に入って寝ようとした瞬間に


「あなたの…足…ちょ…うだ…い…?」


 とかね。


 よし、こんだけ親切にしてやったら呪われることはないだろう。これで安心して帰れる。


 俺は「じゃあな」と人形の頭を撫で、家へと早歩きで帰った。


 家に帰った俺は温かいご飯、温かい風呂、温かい布団を堪能し、眠りにつこうとしていた。今日は色んな意味でいつも以上に疲れた。いい睡眠がとれそうだ。


「おやすみなさい、俺」


 そう呟き、俺は重い瞼を閉じた。



 ──カツンッ……


 あーあ、まだあの音が頭に残ってやがる。


 ──カツンッ……カツンッ…


 あれ?どんどん大きく……


 カツンッカツンッカツンッ……ギギぃ……


 ドアが独りでに開く。ドアの隙間は黒で塗りつぶされたように真っ暗だ。


「おいおい……冗談だろ…」


 ギュイイイイイイン!


 ベッドの横から物騒な音が鳴り響く。


 振り向いた瞬間、振り下ろされたチェーンソーは俺のベッドを真っ二つにした。反射神経が良くてよかったと初めて思う暇もなく、二撃、三撃とチェーンソーが振り回される。俺は部屋を転がり回りながら紙一重で躱し、窓から飛び降りた。


 裸足に寝間着姿で縦横無尽に走る。それはもう全力で、脇目も振らず走った。暗くてよくわからなかったがあれは間違いなくさっき助けたフランス人形だろう。大きさは人間の子供ぐらいに成長していたが……


 カツンッ……カツンッ……


 また、あの硬い足音が聞こえる。追ってきている。


「ダメだ、このままじゃ体力が持たねぇ。どっか隠れてやり過ごさないと……!?」


 俺は目の前に見えた骨組みがむき出しになっていて、いかにもな廃校らしき場所に逃げ込んだ。中は割れた窓や壁の隙間から月明かりが差し込んでいて結構明るい。俺はとりあえず最上階まで上がり、隅の教室に座り込んで身を潜めた。


 廃校内は静かで俺の荒い息づかいしか聞こえない。


「撒けたか…?」


 と一瞬安堵した瞬間、地響きのように校舎全体が揺れ、金属と金属をかち合わせたような音が響き渡った。どうやらここに逃げ込んだのはバレバレだったらしい。この地響きはあいつが虱潰しに暴れ回ってるからだろう。工事現場並の轟音だ。


「しまった!まるっきりフラグになるようなことを!っていうか廃校だからって解体する気かよ、あの人形。さっきから闇雲に暴れすぎだろ……」


 どうやら俺の最後は瓦礫に埋もれて死ぬか、チェーンソーで真っ二つになるかの二択らしい。まぁ自殺をしようとしてた訳だから死ぬ分にはいいんだけど、死に方が納得いかない。自分の自殺を他人に委ねてたまるか。同じ死ぬにしても殺されるのはごめんだ。自分のことは自分で決める。今までだってそうしてきた。何事も他人に決められるのは我慢ならない。


「はぁ……それじゃあ惨めに抵抗でもしてみるか」


 正直、勝算はない。というかあんな人外のやつにそんなもの立てられるわけがない。けど、武器ならある。そこら中に転がっている。俺個人じゃ足りないなら足りるまで足すまでだ。


「はは……何だよ、この感覚」


 体は小刻みに揺れていた。


「これが……恐怖ってやつか?はは……結局死ぬのは怖いのかよ。情けねぇな、俺……」


 あれだけ人を馬鹿にして下に見てきたのに、俺も──


 カツンッ……


 いつの間にかあの轟音は止んでいて、その静寂の中であの足音が響いて来た。音は迷いなくここに近づいてくる。多分もうこの場所はバレてるだろう。俺は体の震えを抑え込み、立ち上がった。


「さぁ……お遊戯の時間だ、人形ちゃん」



 ドアがあったであろう場所から人形の姿が見えた。人形も俺の姿を見つけたらしく、チェーンソーのエンジンをかけ直した。


 なんて有効的な威嚇。威圧感が凄まじい。思わず額から汗が流れる。


 このとてつもない緊張感の中、先に動いたのは人形だった。


 カンッ!!


 あの硬い音を出して、助走なしのたった一度の踏み切りで俺のいる教室の隅まで飛んできた。と、同時にチェーンソーが振り下ろされる。

 瞬間、俺は反射的に半身になり、そのままドアの方へ転がった。チェーンソーは俺の体を擦め床を砕いていた。


「痛っ!?」


 見ると左肩は真っ赤で肉が抉れていた。擦っただけとはいえ、獲物はチェーンソー。擦り傷ではすまない。まともに喰らえば即あの世行きだ。けど、逆に言えばチェーンソーの届く範囲にさえ入らなければ喰らわずに済む。


 つまり、あいつを近づけさせなければいい。


「次は俺からのお返しプレゼントだ」


 俺はすぐ横にあった机を、今にも飛びかかってきそうな人形めがけて投げた。

 しかし、人形はこれをいとも簡単に真っ二つ。飛びかかってきた勢いとまらず、俺にチェーンソーが振り下ろされる。けど──


「これは想像通り!」


 俺はすぐ横にあった2個目の机をバットのように振った。クリーンヒット。見事にタイミング良く人形を吹っ飛ばした。


 ガシャンッ!と痛々しい音を立てて人形が机の群れに突っ込む。その隙に俺は階段まで急いだ。さっきの攻防がふと頭をよぎる。俺は今どんな顔をしているだろうか。


「はは……」


 ──ガシャンッ!ギュイイイイイイン!


 突然の轟音に体が怯む。振り返ると、俺がいた教室から机や椅子やらが飛び散っている。


「おいおい、まさか……」


 机や椅子が飛び散り終え、しばしの静寂の中、その教室から人形はゆっくりと姿を現した。


「もう復活かよ……子供なんだからもうちょい泣いててもいいんだぜ……」


 と、自分で言っておいて吐きそうになる気持ち悪いセリフを吐きながら何とか俺は階段に辿り着いていた。が、


「なっ……嘘だろ……」


 階段まで辿り着いたんなら、早く駆け下りなければいけないんだが、その駆け下りる階段が無かった。潰されていた。下を見る限り、多分一階まで吹き抜けになっている。さすがに飛び降りたら無傷じゃすまない。


 残された逃げ道は階段を上るしかないが、ここより上はもう屋上で逃げ場なんて勿論ない。引き返して別の階段に行こうにも、あの人形がものすごい勢いで追ってきていた。前か後ろかにしか道がないところで後ろから来てたらもう前しかない。


 屋上に逃げ込むしかない。


「くそっ!」


 俺はそのまま前に走り屋上のドアを勢いよく開き、勢いよく閉めた。

 鍵なんてもんはもちろん無いから、恐怖と疲労でもう力が入らない腕と足で力の限り抑えた。

 これが俺にできる最大の抵抗だった。



 ここまで追い詰められたことが今まであっただろうか、ここまで必死になったことが今まであっただろうか、ここまで自分の思い通りにならないことが今まであっただろうか。


「そうか、これが……これが苦労するってことか。ははは……楽しいな………」


 そう呟いた瞬間、俺はふっ飛んだ。扉ごと蹴り飛ばされた。


 世界が回る。体の箇所が順番に衝撃を受け取る。

 数メートルほど転がったところでそれは止まった。


「あぁ……ったく、相変わらずそんな可愛らしい姿ですることじゃないだろ」


 体全体が軋む。扉が無かったら全身の骨が砕かれていただろう。それ程の威力だった。


 人形はチェーンソーの不穏なエンジン音をかき鳴らしながらカツンッ……カツンッ……と一歩ずつ近づいてくる。


 俺にはもう抵抗出来るものが何も無かった。残されていなかった。ふらふらと立ち上がったがもう動けそうにない。ただその場に倒れないことで精一杯だった。が、それもギリギリ。意識が今にも飛びそうだ。視界が霞む。


 人形はつま先で地面を二回、カンッカンッと叩くと三回目のタイミングで飛びかかってきた。俺の人生はあと数秒で終わりを告げる。


「ありがとな……」


 そんな状況で、俺の口から零れ出たのは世界のどの国でも存在しているだろうありふれたもの。それは相手に感謝の意を伝える、俺が今まで使ったことのない言葉だった。


 とても不思議な気分だ。もうすぐ死ぬのに何故かこの瞬間が心地いい。ただの自殺では絶対に得られなかったこの幸福感。それを教えてくれたのは他でもない。この人形だ。だから……


 人形が俺を頭から真っ二つに割ろうとした瞬間、不意に満身創痍の身体が宙に浮いた。

 足場が、元々ボロボロだった廃校が下から崩れたのだ。



 まだ感覚が残っているということは、どうやら人形の一撃は躱せたようだ。いや、外れたようだ。


 目に映る月星が凄い速さで遠のいていく。どうやら、死因が変わるだけであと数秒の命なのに変わりはないらしい。


「はぁ……」


 今日は疲れた。服はボロボロで血だらけだし、体中がだるいし痛い。それにとても眠い。もう目を閉じて早く楽になりたい。さして何も刺激がない人生だったけど、最後の最後で17年分の刺激を経験できたからもう本当に未練なんてない。


 さようなら──



「──せない」


 落下途中、薄れゆく意識の中で俺は誰かの声を聞いた。同時に身体が何か温かい感覚に包まれる。


 ──あぁ……とても、心地いい……安心する……


 こころなしか落下速度が落ちついてきている。


 死ぬ間際だから天使が天国に運んでくれているのかな?俺の場合てっきり地獄行きかと思っていたけど。

 まぁどちらにせよこの温もりに包まれて死ぬのならこんなに楽なことはない。


 ─今度こそみんな……さような──


「あなたは死なせない!」


 急な力のこもった呼びかけに意識が一気に現実へと引き戻される。手足の感覚も戻ってきた。同時に何かに抱きかかえられていることに気づく。柔らかくて、か細く、小さい。なのにとても温かい。


 ──そうか、今まで俺を包み込んでくれた温もりはこの腕だったのか……腕?腕って誰の……?


 俺はふと視線を変える。と、同時に目を見開いた。


 そこには月明かりに照らされた人間の顔があった。いや、こんなに整った顔立ちは人間にはいない。そう、まるで人形のような……


「まさか……」


 ここまで考えてようやく気づいた。俺を抱きかかえてくれているのは、俺がこうなる原因を作ったもの。先ほどまで俺を何度も殺そうとしていたもの。そして、俺に苦労を教えてくれたもの。


「お前……どうして……?」


 俺の問に人形は少し微笑み優しい声で


「あなたは死なせない。だってこれは私の恩返しだから」


 と言って、意味が分からず間抜けな面をしている俺を抱きかかえたまま優しくカツンッと地面に着地した。そのまま人形は膝を曲げ、その綺麗な色白の太ももに俺の頭を乗せてくれた。


 ─膝枕ってこんなに心地よかったんだな……過去最高の眠りにつけそうだ……


 思わず眠りそうになる俺の頭にまた温かいものが触れる。

 人形は俺の頭を優しく撫でながら


「あなたはあの時、私を怖がらなかった。いや、怖がっていたのに近づいてきてくれた。みんなは私が姿を見せた瞬間に悲鳴を上げて全速力で逃げていった。なのにあなたは、近づくだけでなくこの壊れた片足まで直してくれた。私に命を吹き込んでくれた。ここまでしてくれたのに何もしないなんて考えられなかった。だからこれがあなたへの精一杯の恩返しだった」


 と少しぎこちない言い方で囁いた。


「お前……だから俺を襲ったのか?俺をギリギリまで追い詰めて苦労と生を分からせるために。俺の願いを叶えるために……」


 人形は微笑みながら首を縦に振ったその顔は日の出の光によって美しく輝いていた。

 自然と俺の目頭に熱いものが溢れてくる。


「ほんとに──」


「おい、誰か倒れてるぞ!」「ほんとだ!誰か!早く救急車!」


 ありがとうという言葉は何かの音に遮られ、頭に触れていた温もりは幻だったかのように消えていた。



「──はい……ありがとうございます……」

 聞きなれた声が頭に流れ込んでくる。それに左手がとても温かい。

 この温もりは知っている。幼い頃よく包み込んでもらっていた、あの温もり。


 意識が徐々にはっきりしてくる。視界もピントが合ってきた。目線の先には白い光が見え、とても眩しい。


 目だけで周りを見渡すと、左には無数のコードを出している機械、前方には白いカーテン、右には窓があり、ぼんやりと街を見下ろせた。どうやらここは天国ではなくとある病院の一室らしい。


「柊弥!?柊弥!」


 またあの声が響いて来た。間違いない、これは何度も聞いたことのある、お母さんの声だ。


「お母…さん…?」


「柊弥!…良かった…本当に良かった……」


 震える声には安堵の様子がうかがえ、左手には熱いものが滴り落ちた。


 身を起こしお母さんの顔を見る。お母さんの顔はもうぐちゃぐちゃで目を真っ赤に腫らしていた。

 今なら分かる、この嬉しさが。俺も泣きそうになるのを必死でこらえ、


「ごめんなさい」


 と、またしても初めての言葉を口から発した。


 お母さんは少し驚き、目を丸くしていたがすぐに優しい笑顔で、


「ううん、無事でよかったわ」


 と微笑んでくれた。



 それから俺の担当医の先生が来て色々と診断を受けたり、友達が御見舞に来てくれたり、警察の人たちに事情聴取をされたりした。


 話を聞くところによると、俺は瓦礫の隙間に倒れていて、廃校の近所の人がすぐに警察と救急車を呼んでくれて助かったらしい。

 みんなは


「本当に奇跡だよ。よくあの瓦礫の中潰されずに生きてたもんだ。というか一体あの夜中にあんな場所で何してたんだ?」


 と聞いてくる。俺は俺の身に起きたありのままのことを洗い浚い嘘偽りなく全て話した。が、


「無意識の中で長い夢でも見てたんじゃないか?」


「アニメの見すぎだろ?」


「こりゃ強く頭を打ってるな」


 と、みんな笑うだけで信じてはくれなかった。


 でもあれは夢なんかじゃない。あの夜確かに俺は人形に殺されかけた。そして、色々と教わった。願いを叶えてもらった。あんなリアルな体験が夢なはずがない。

 だから、笑われながらも警察の方々に


「俺の倒れていた近くにフランス人形みたいなものが一緒に倒れていませんでしたか?」


 と、しつこく聞いた。

 けど、警察の方々は口を揃えて


「いや?一応瓦礫の中も捜索したけどそれらしいものは何も出てこなかったよ」


 と答えるだけだった。



 俺は警察の事情聴取と医者による診断が終わり、あの出来事から3日後には退院できた。現在、後遺症などは全くなく、体は万全の状態で大学生の春を迎えようとしている。


 俺はあれから上手く人と付き合えるようになり、親友と呼べる者すらできた。

 交友関係はもちろん、勉強や運動、いや、全てのことにおいて後悔しないように全力でまっすぐぶつかってきた。

 たまに失敗することもあったけど本当に何不自由なくこの一年間を過ごせてきた。


 ただ、一つだけ心残りがある。後悔がある。最後にお礼を言えなかったことだ。あれだけのことをしてくれたのに、しっかりと言えてない。

 一応退院してから毎日のように廃校後に通ってるが会えることは愚か、手掛かりすら何も見つけられてなかった。


「今日でここに通うのもちょうど一年か」


 そう、今日はあの夜からちょうど一年後。いつもはまだ明るい時に向かって色々と捜索をするんだけど、今日は大学生の課題やらですっかり暗くなってしまった。


 夜だからか、俺はいつもと少し違う気分で廃校後に向かっていた。


 夜空に雲はなく、月星は綺麗に輝いていて、気候は少し肌寒い。まるであの夜のようだ。

 例の街頭横を通り過ぎる。この街頭はもう新しいものに変えられていて眩しい光を放っている。


「一年…だもんな……」


 そう呟き、とぼとぼ歩いているとあの廃校後が見えてきた。ここももう一年前とは違い、廃校はもちろんなく、その瓦礫すらも綺麗に片付けられていた。目の前にはただ、月明かりによって照らされただだっ広い空き地が広がっているだけだった。


「ここも変わったな……俺の中ではまだ昨日のことのように覚えてるのに」


 見ただけで何もないのは明らかだったが、俺は空き地に足を踏み入れ元々廃校が建っていた場所まで歩いた。

 目を瞑ればあの情景が浮かんでくる。同時にどうしようもなく胸が苦しくなる。


「ほんと…どこ行ったんだよ……俺にあれだけのことをしておいて、最後にさよならの一言もなしか?そりゃねぇだろ。こっちはお礼すらちゃんと言えてねぇんだぞ。話したいことだっていっぱいあるし、教えたいことだって…してみたいことだってあるんだよ。俺はお前のおかげで大人になれたんだ。あの時、俺に苦労を教えてくれなかったらこの一年どうなってたかわかんねぇ。下手したらあの夜の日に自殺してたかもしれねぇ。だから、もう一度会ってちゃんとありがとうって伝えたいんだよ。なぁ…だからさ……もう一度、姿を……俺の願いを……叶えてくれよ」


 瞬間、背後から空き地に風が吹き込む。俺は反射的に振り返り、急な突風に腕で顔を覆い片足を半歩下げ身構えた。空き地に落ちてた草木が月明かりをスポットライトのようにして舞う。その風景はここが現実であることを忘れさせてくれるほど美しく幻想的で、俺の全身に染み渡った。


 圧倒的な出来事に声も出せない俺はただ呆然と幻想の中に立ち尽くしていた。辺りは再び静寂に包まれる。



 ────カツンッ……



 背中の方から身体に何かが走る。今のは……あの夜以来の音、懐かしい音、俺が何度も聞いた音、何度も聞きたがっていた音。聞き間違いじゃない。聞き間違えるはずがない。ずっと願っていたんだから、今の今まで望んでいたんだから。


 俺は震える口を何とか動かし


「今すぐ抱きついてみっともなく泣き叫びながらめいいっぱい喜びたいんだけど、その前に一言いいか?」


と呟いた。


 背中の方から「にこっ」という笑顔が感じられた。俺は振り返りざまに震える口を再度動かしずっと溜めていた一言を発した。



「ありがとう」

最後まで読んで下さってありがとうございます。この作品を機に他の作品も投稿していこうと思いますのでこれからもよろしくお願いします。

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