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第一話『誕生』

 ―――四月上旬―――


 携帯がバイブレータと共にけたたましい音量で朝を告げる。アラームの曲目は、お気に入りのHIPHOPシンガーの春をテーマにしたハイテンポの曲。ラップを随所に含みつつ、メロディーが心に響く最近のJ−POPではよくある曲だが、ラッパーの韻の踏み方が絶妙で、リリースから何年も経った今でも、春のアラームはこれにしている。

 随分と暖かくなった今では、布団から出るのがさほど苦ではない。敷布団を片付け、寝巻きとして愛用している黒のスウェットのズボンに手を突っ込みながら、2階にある自室を後にする。5年程前に建て直した我が家の階段は、今でも小奇麗なままだが、如何せん家族全員が多忙なせいで、うっすらと埃が積もっているのが気分を害する。

「はよ・・・」

 リビングの扉を開け、寝起きの身体から声を絞り出し、中途半端な朝の挨拶。

「あら、おはよう」

早くもリビングと繋がっているキッチンで食事の支度をしている母の姿があった。

「今日は学校の入学式前のオリエンテーションよね?お弁当持ってくでしょ?気合入れて作っちゃったわよ」

眠気覚ましのコーヒーを煎れてくれながら、少し皺が刻まれ始めた顔を緩ませて笑う母は、なんだか嬉しそうだった。

 ―――それもそうか。

自分の中で勝手に自己完結して、自嘲する。母が喜ぶのは当たり前だ。なんと言っても、俺が通うことになった学校は、偏差値70を超える有名私立大学付属の高校だ。関東6大学に名前を連ね、小・中・高と付属学校を持ち、その何れかに入学することができれば、大学推薦決定みたいなものだ。まさか、その辺の公立高校に通って、悪事を働くと思われていた俺が、そんな高校に受かり、ましてやお坊ちゃんやお嬢様と共にその学校に通うなどと、親といえども想像できなかっただろう。

「サンキュ。朝飯はパンかなんかでいいよ。シャワー浴びてくる」

 少し照れくさくなったのもあって、リビングを後にして、シャワールームに向かう。戻ってきた時の母親の顔を想像すると躊躇してしまうが、決行せざるをえない。俺は、今日から変わるんだ。



 鏡の中の自分を見る。下は少し緩めのデニムパンツ、いわゆるダボG。これしか持ってないからしょうがない。上は白いワイシャツにネクタイ。ストライプの柄が入った、太目の黒。そして、顔。母親譲りの細い吊り目はどうしようもない。眉毛は、卒業以来一切手入れしなかったおかげで、全く無いと言っても過言ではなかったのに、今では形になっただろう。そして髪型。色は、真っ白に見えるほど抜いていたものを、黒染めのブリーチで真っ黒になり、ワックスとハードスプレーで、絵に描いたような七三。巷で流行っている、お兄系とかの七三では、当然ない。トップの部分は完全に潰し、まさに一昔前のサラリーマンのような七三なのだ。

―――完璧じゃね?!

 なにが完璧なのか。決まっている。どこをどう見ても、今の俺は真面目だ。15年と少し、常に真面目で生きてきた、真面目の中の真面目。そう、真面目な青年だ!昨日までのどこからどう見てもチンピラ街道まっしぐら!県内最強!鬼人・斉藤悠樹ではない。どこからどう見ても真面目!あぁ真面目!!勉強最強!学級委員(自称)斉藤悠樹だ!

 早起きした甲斐があった。ここまで理想通りになるとは!鼻歌混じりにリビングに向かう。


 皿が割れた。忘れていた。驚くであろうと予測していたのに、あまりの喜びと感動で忘れてしまっていた。穏やかそうな垂れ目は見開いて、形の良い唇は裂けんばかりに開かれて、驚きのあまり言葉も出ない。そんな感じか。

「どうされました、お母様?」

「―――おが・・!」

今度は少し言葉が出たな。

「お怪我はありませんか?大事な身体なんですから、傷が出来たら大変ですよ」

これは追い討ちになったか?でも、ニュー悠樹の誕生だ。いくら驚かせたからと言って、もう後戻りは出来ない。突っ走ってやる。

「・・・あんた・・・薬をやったね?!」

・・・ハァ?

「あれだけ薬はダメだって言ったのに・・・もう人生お終いよぉ・・・お父さんになんて言えばぁ・・・そもそもおかしいと思ったのよぉ!!あんたが星雲大付属に行くって言うだなんてぇ・・・うぅぅ・・・」

人を薬中扱いですか?お母様。息子をラリッてるって決め付けるあんたのがラリってんじゃねぇのか?!あぁん?!

「お母様。薬はやってませんよ。悠樹は正常でございます」

「その喋り方がラリってんじゃないのよ!!もうお終いよぉ・・・ぉぉぉ・・・」

「ラリってね!・・・いやいや、ラリってませんですよお母様。そろそろ冗談は止めて、朝ご飯に致しませんか?」

「もう!お終いよぉ!!!・・・ぉぉぉ・・・」


この後、結局俺は切れてしまい、オールド悠樹に戻ってしまった。・・・やれやれだ。




 



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