〜14の冬〜2
家に帰った俺を待っていたのは、鬼だった。
「おはよう、悠樹」
優しい声で迎えてくれた母。表情は声と裏腹に怒りが滲出ていた。
「ただいま・・・そしておはよう」
とりあえず挨拶してみた。
「あんた何時だと思ってんの!おはようじゃないわよ!」
逆効果だったらしい。ってか自分が先に言ったんじゃん!
「学校は!?その怪我は!?なんで昨日帰ってこなかったの!?うちは夜遊び禁止!」
はい、質問の嵐です。聞きたいんだったら答える間を与えてください。
「ホントにあんたって子は・・・親に心配かけてばっかで!このクズが!」
―――子供にクズ言う親って!どっちがクズだ!
まぁいつもの如く非常にめんどくさいのでシカトして二階へ上がろうとする。
「待ちな!」
母の制止にうんざりして振り返るとコンビニのパンを投げつけられた。
「それ食って寝な!学校には連絡しとくから。あとクスリだけは―――」
「やってねぇし、やらねぇよ」
鼻で笑いながらパンの袋を開けた。
自室に入り、ベットに寝そべると身体中が悲鳴をあげた。あまりの痛みに少しうめき声をあげてしまった。
痛みと一緒に、昨夜の記憶が甦ってくる。
「おらぁ!!」
迫り来る鉄パイプを、痛む腕で防ぎ、骨に凄まじい衝撃が走るのを感じながら、必死で距離を取ろうともがく。
事の始まりは数時間前、俺は先日から狙いを定めていた、とあるギャングの本拠地である市内をブラついていた。
コンビニの駐車場なんかにたむろしている若いヤツを見つけては、声が聞こえる距離まで近づき、煙草に火をつける。そうして、煙草を吸ってるフリをしながらの情報収集は、俺の活動において、非常に効果的なのだ。
「そういやぁよぉ」
「あん?」
茶のニッカポッカに、白のタンクトップを合わせ、そのむき出しになった腕は、まさに筋肉の鎧に包まれている・・・と言えば聞こえがいい、要は職人風の金髪の兄ちゃんが、同じく黒のニッカポッカを履き、黒のTシャツを着た、黒髪の兄ちゃんに話を振った。しかし、黒づくめの兄ちゃんだな、おい。
「お前、知ってっか?」
「あん?」
―――早く話進めろよ。
「ラグーン・・・やばいらしいぜ?」
―――来たねぇ・・・いきなり当りか?
「あぁ、中坊にナメられてるってやつか?」
「ナメられてるってか、戦争中?みてぇな」
―――中坊1人対ギャング1チームは戦争じゃねぇだろ?まぁ、俺は戦争ってか潰す気満々ですけど。
「ガキ相手に何やってんだかな。しかも何人か病院送りだろ?」
「あぁ、マジダセェよな?まぁ、あいつらもうちのチーム程気合入ってねぇからな。仕方ねぇけどよ」
「その癖、因縁つけてくっから面倒くせぇわな?」
―――こいつら・・・ひょっとして、乱仏か?この街で、他にでけぇチームっつったら・・・あの乱仏しかねぇよな・・・
「でよ、ラグーン。今日辺り、その中坊がまた来んじゃねぇかってよ、例の廃倉庫で張ってんだってよ?」
「マジかよ!鬼人?だっけか。そこまでしねぇと勝てねぇんかよ?!」
―――廃倉庫・・・何人ぐれぇ後残ってんかよ?今日でまとめて潰せりゃ楽だけどな・・
「たかが中坊って思っちまうけどよ?たかが中坊が、仮にもギャングを敵に回すか?」
「あー・・・たしかに・・・まぁ、とりあえず見てみてぇわな、鬼人さんをよ?」
そう笑い合いながら、互いに煙草に火をつける、職人達。美味そうに煙を燻らせているその背後にそっと近づいて・・
「お兄さん達?」
声を掛けてみた。
そっから先はいつも通り。今日の場合は、向こうも敵対チームのことだからか、素直に場所を教えてくれた。んで、倉庫でたむろってるこいつらに、いきなし殴りかかった俺。が、その場をよく見渡すと・・・緑っぽい感じのヤツが約20。若干冷たい汗が流れたが、もう遅い。もう少しよく見てから突っ込むべきだったと後悔しながら、今に至る。
「おう、どうしたクソガキぃ!あん?!」
罵声を浴びせながら殴りかかってくるのは、緑色のバンダナを腰からさげた、B−BOY。その拳を避けようとすると、足に力が入らず、踏ん張り切れなくてその場に崩れ落ちる。
そこから先は、まさに袋だった。痛みも感じなくなるほど、殴られ、蹴られ、自分の血が、まるで水溜りのように広がっていくのと同時に、意識も遠のいていく。
「うおーっし。まぁ、こんくれぇにしとくか!」
先ほどのバンダナ男。髪は虎刈りで、右側をライン上に緑色に染め上げている。切れ長の瞳が、嬉しそうだった。
「柏原さん!お疲れっす!」
緑色のTシャツを緩く着た兄ちゃんが、ライターに火をつけている。それを見たバンダナ男こと、柏原は煙草を咥えた。
「まぁ、こんだけ血塗れになってりゃ、十分だろ。少しは評判も落ち着くわ」
柏原は、煙を燻らせながら、倉庫内の廃材に腰掛けた。
「っとによぉ・・・どっかの馬鹿共のせいで、うちの評判ガタ落ちだっつーの・・・こんなガキにやられやがって・・・たしかに強ぇけどな。タイマンでも負けねぇだろ。中坊だぜ?」
笑い声が巻き起こる。といっても、立ってるのは数人。残りは、俺が鉄パイプなり、角材なり、拳なりで黙らせてある。・・・よく笑えんな、てめぇら?
―――もうちょっと・・・だから・・・もう一踏ん張り!
ゆっくりと、遠のいた意識を覚醒させて、痛む足に力を入れていき、立ち上がる。周囲の雑魚共が、ざわめきと同時に、怯えた表情を浮かべた。
「てめぇ・・・クソガキ!死ぬぞ?!おとなしく寝てろ!」
柏原が怒声をあげながら近寄ってくる・・・が、
「うおっ!」
俺の右ストレートがヤツの身体を殴り飛ばし、黙らせた。
「な、なんだよこいつ・・・」
「なんで、力入ったパンチ出せんだよ・・・?死にかけじゃねぇかほとんどよぉ・・・」
雑魚共の泣きそうな表情・・・ウケるわマジで。元気出るわぁ・・・
すぐさま、一番近いヤツの懐に入り、ショートアッパーを腹部に叩き込み、屈んだ瞬間、顎に膝蹴りを入れて、沈黙させる。そこで、他の雑魚共に大きな変化があった。
「む、無理だ!殺されるぞ?!」
「逃げろ!チーム潰される!」
「おい、誰か柏原君叩き起こせ!」
「柏原さん!起きてください!逃げましょう!」
―――情けねぇな、おい。
ゆっくりと、痛む足を引き摺りながら、柏原に近づくと、必死に声を掛けていたヤツが悲鳴をあげて、走り去った。
「て・・・てめぇら・・・逃げんな・・・」
意識があったのか、柏原が、小さい声でボソボソと言っている。が、そんなもん喝にならんわ。
「ぐぼっ!」
思いっきり、腹に蹴りをかまして、近くにいいもん転がってないかなぁとか思いつつ、蹴りを重ねていく。段々、ヤツの口から、胃液のような血のようなものが垂れてくる。
「ガキガキうるせぇっつの。このクソが!」
結局。凶器使う必要も無し。止めに顎を蹴り砕いたら、泡を吹いたので、そこで止めてやった・・・