第九話『車内』
重くなった足を、手摺りに捕まった腕に力を入れて、一歩また一歩と階段を登る。行き交う人々の目が、怪しい者を見る目になっている。
―――なぜ、俺はこんなにもボロボロになっているのか?
答えは簡単だ。
チャリなんかで駅まで来たからだ!
そもそも、原付で常に移動していた俺にとって、チャリを漕ぐ動作は懐かしいものだった。
だが、懐かしさを楽しめたのは、最初の百メートルくらい。
それからは肺が痛いわ足が痛いわもう苦痛以外のなにものでもなかった。あの登校日の猛ダッシュも相当な疲労感だったが、今回のは家を出てすぐ襲ってきた疲れだ。なんかもう帰りたい。今すぐ帰りたい。でもダメだ。俺は真面目。爽やかにチャリで駅まで来たんだ。汗を拭って、爽やかな笑顔を浮かべて、『今日もいい汗かいた』なんて思ってなければいけないんだ俺!
乱れた七三を直しながら、階段を登りきって、改札に向かう。龍也の姿はない。
―――さすがにもうやめたかカツアゲは。
安堵からかため息が自然と出た。
ここからはあいつ次第だ。もう俺は今日から高校生。後はなにがどうなろうと関わってはいけない。跡を継いだという証拠の昇り龍は無くなった。これから名前を売るのはあいつが自分でがんばらなくてはいけない。腐ってる暇はない。カツアゲなんかをしてる場合じゃない。だから今日あいつがここにいたら、殺してるとこだった。
改札を定期で抜けて、ホームに降りると、上り方面は電車を待つ人で溢れていた。
―――なんじゃこりゃぁ!!
予想はしていたが、サラリーマン、OL、学生の姿が視界に納まりきらない程だった。まだ学校が本格的に始まる前だというのに!なんなんだこの人の数は?!
ホームにアナウンスが流れて、電車が来たことを告げる。線路を車輪が通る音で耳が痛い。そして到着した車内を見ると、人、人、人。
・・・待て。待て待て待て。俺は今からこの電車に乗るんですよね?!オヤジに囲まれたり、ガム目の前でクッチャクッチャやられたり、若い女の人に手が当たっただけで痴漢扱いされるんですか?!嫌だぁ・・・帰りたい・・・
いや、耐えろ俺!これに耐えれば楽しい学校生活が待っている!こんなの1時間くらいの辛抱だろ?!
人をギュウギュウ詰めながら車内にやっと入れたところでふと思う。
―――1時間も耐えるの?!これに?!嫌だぁ・・・帰る!俺帰る!!
ドアが閉まり、俺は人の圧力でドアにベタッと張りつく形になってしまった。
止まる駅、止まる駅で人波に押されて、俺は完全に振り回されながら、オヤジ達の嫌がらせにしか思えない行為に耐えた。
あぁ、耐えましたとも!そして、ついに!あまり被害の少ない車両間通路の付近に非難することができた。そしてため息をつきながらふと通路の中を見ると・・・いました声高子。今日はしゃが子はいなく、高子のみ。一人で座り込んで、呑気に煙草を吸ってやがる。ってか通路の中、人いなっ!マジ空いてる!!誘惑に負け、ドアを開けそうになって正気に戻る。
―――ダメだ!ヤツには一度絡まれている!
ここで通路に入ったらヤツに絶対絡まれる。あいつは絶対そういうやつだ。それは相当めんどくせぇ。
目線を車内に戻そうとした瞬間、電車が揺れた。それと同時に横っ腹に衝撃を受ける。
―――やっべ、視線が変えらんねぇ!!
通路のドアに押さえつけられて、顔の向きが変えられない。ふと、高子がこっちを向いた。笑った。手を振り始めた。
―――はい、シカトぉ!!!
思いっきり顔は高子の方を向いているが、目線を明後日の方向に向けて抵抗する。ってか、あいつ!こないだあそこまでしたのになんで笑って手を振れる?!バカか?バカなのか?!
「おはよ!七三君」
いきなりドアが音をたてて開いたと同時に高い声が・・・って待て!顔が摩擦で痛ぇ!!
「混んでるんだからこっち来なよぉ?背ちっちゃいから大変でしょ?」
殺していいですか声高子?
「ほら早くしろってぇ?」
無理矢理腕を引っ張られて通路に入れられる。背後からの視線が無性に気になったが、どうすることもできない。結局、俺のシカト大作戦は無駄な抵抗に終わってしまった・・・
「おはよぉ、七三君」
通路に座り直した高子が改めて挨拶してきた。なんかもう・・・突っ込みきれない。とにかくこのピンチを脱出―――できねぇか・・・
「・・・お・・・おはようございます」
諦めてギャルに絡まれた真面目な七三君を演じきることにした。
「今日は入学式?あたしもなんだぁ」
・・・こいつタメだったのか。
「・・・そうですか」
「皐月はバッくれてさぁ。あ、こないだの子ね。だから一人でつまんなかったの」
だからって俺に絡むな!!
「・・・そうですか」
「で、鬼人さんはなんで七三眼鏡なんて格好してるの?趣味?」
「・・・はぁ?!」
待て!待て待て待て!こいつまだ疑ってたのか?!
更新遅れて申し訳ありません・・・しかも入学式にまだ入りませんでした・・・ 今回は長くなったので、あえて中途半端に切ってみました。・・・いかがでしょうか??