芽生え Ⅴ
「実に有意義な結婚式だった」
そう満足げに嘯いた上官に対し、ラウールは即効で突っ込んだ。
「何処が!?」
「何か問題でも? ひょっとして、マールがしばらくは仮面夫婦でいたいとか言い出したか?」
「違います」
ラヴァリスは、不思議そうに首をかしげた。
「一介の戦士の結婚式に、神が二柱も出席するなんて! うちの親も、あちらのご家族も式どころじゃありませんでしたよ!!」
もっともな意見に、ラヴァリスはなおも不思議そうに首を傾げる。
「駄目だったか?」
「駄目とか、駄目じゃないとか、そお言う問題じゃありません! 見てください! うちの関係者が皆、口から魂とばしてます!!」
「ありゃ」
ラウールの言葉に、ラヴァリスは頭をかいた。
見れば、副官の家族も、花嫁の家族も、ラウールの言葉通り、口から魂をとばしている。
「やりすぎたか?」
無理もない。一介の人間の結婚式に、海の女神と婚姻の女神と言う、二柱の女神が出席しているのだ。神の存在に慣れいているラウールや、その妹のサイーリャ、女神官である花嫁のマール以外の人間にとって、神の存在と言うのは正直言ってかなり堪えるものである。
「どうするんです。それに、イルサーナ様の神官も口から魂、出してますけど」
ラヴァリスは、色違いの蒼い瞳を副官から、イルサーナの神官に向ける。
「情けない。これでも神官か」
琥珀色の髪の若き大将軍は、侮蔑に満ちた視線を魂を飛ばしかけている神官に向けた。
「それにしても、ラヴァリス卿」
「なんだ?」
紫の瞳の美貌の魔導師は、魔術の師匠である大将軍にそぼくな疑問をぶつける。
「婚姻の神であらせられるあの御方は、他人の顔と名前を覚えないことで有名なお方ですが、よく我が君の顔と名前が一致しましたね」
「ああ」
ラヴァリスは、ティアールの言葉になんともいえない表情になった。
「ラヴァリス卿のお名前とお顔くらい、一致しているでしょう」
「それがねえ、ラウール殿」
ティアールは、ラウールの言葉にこちらも苦笑する。
「してないのよね、以前にお逢いした時に、お名前を覚えていなかったのよ、あの女神サマ」
「…本当ですか」
ラヴァリスは、天界でも有名人である。なのに、そのラヴァリスの顔と名前が一致していない。
「それって、逆に難しいですよね」
サイーリャのもっともな指摘に、その場にいた神々の関係者一同は、激しく同意する。
「それなのに、大神官様のお顔とお名前は一致しているのよね」
ティアールはそう言って、上司を見上げる。
「そりゃそうだろう、ティアール。大神官は我々が生まれるよりも以前から、イクラシオンの寵愛が深い方だ」
ラヴァリスは、離れたところで己の両親と話している大伯父の寵愛する大神官を見つめた。
「ラヴァリス卿」
「いや。ところで、ホーキンスは何処に?」
ラヴァリスの問いかけに、ティアールはにっこりと笑ってみせた。
「神に逆らって、無事でいられるとでも?」
「そこまで愚かとは」
ラヴァリスは弟子の言葉に、深々と嘆息した。
ラウールとマールの結婚式を午後に控えた、その日の午前中。ラヴァリスは、母に突然、婚姻の女神であるイルサーナをつれてくるよう、命令されていた。
「どうやって!!」
ラヴァリスの言葉はもっともである。
「連絡はついておる」
「そんなご近所に迎えにいくんじゃないんだから」
長男のやけに庶民的な例えに、父王は思わず苦笑する。
「だが、シエラ、ラヴァリスじゃないがどうやってイルサーナ様に連絡を?」
「うむ。父上を通してな」
海王神の名前を出され、ラヴァリスとサイモスはそろって溜息をつく。
「どうでもいいですがね、母上」
深い瑠璃色の瞳と鮮やかな群青色の瞳が、母の色違いの金色の瞳を見つめる。
「何処にお迎えに行けばいいんです? あの女神はふらふらとしていることで有名なんですよ」
「婚姻の神の神殿に行け」
「イルサーナの神殿?」
ラヴァリスは、父王をふりかえる。
「王都にありましたっけ」
「確か、南の外れにあったぞ。それほど大きくはないが、かなり立派な神殿が」
ラヴァリスは、父王の言葉に溜息をつくと、シエラの前から退出する。
「それで、午前中いっぱい、いらっしゃらなかったんですか」
ラウールは上官の姿が見えなかったことに、得心がいく。
「午前中、走り回っていたんだが。式の始まる直前にようやく発見したんだ」
「発見、ですか」
ラヴァリスの発言に、ラウールは突っ込みを放棄した。
「いや、違うな。正確に言えば、確保だ。間違えた」
「確保…ですか」
今度は、ティアールが突っ込みを放棄した。
「あの女神様、婚姻を司っておられるのですよね」
「ああ」
サイーリャは、さっきから気になっていたことを思わず口にする。
「なのに、人間の顔と名前が一致しないんですか? それって、結婚に関する最低条件すら、クリアしていないってことですよね?」
「顔と名前が一致する必要はないからな」
ラヴァリスは、サイーリャのそぼくな疑問に苦笑した。
「かの女神が『視る』のは、人間と人間の間の絆だ。いわゆる、紅い糸、ってやつだ。そこに、顔も名前も必要ではない」
ラヴァリスはそう言って、婚姻の女神を見やった。
茜色の巻き毛と真紅の瞳の女神は、自らに従う神官をげしげしと蹴っ飛ばしている。
「なかなか過激な女神様ですね」
げしげしと、己の神官を足蹴にしている女神をひきつった表情で、サイーリャは見やる。
「もともとああいう女神だ」
ラヴァリスのこの言葉に、ラウールとサイーリャ、そして、マールは何ともいえない表情で黙り込んだ。
「わたしの許可も得ず、報告もない。いったい、何を持って、この婚姻を許可した」
白い衣の裾からすらりとのびた小麦色の脚が、げしげしと神官を足蹴にしている。
「…なんっか蹴られている神官が、陶酔しているようなんだけれど」
「こらサイーリャ、見るじゃない。嫁入り前の娘が」
ラウールはあわてて、妹の目をふさいだ。
「ねえ、お母さん、あの小父ちゃん、何で嬉しそうなの?」
「しっ、見ちゃいけません」
末娘のそぼくな問いかけに、母は正気に戻り、おおあわてて彼女の視界をふさぐ。その隣では、末の息子の視界を、父親がふさいでいる。
「あほな会話だ」
ラヴァリスは、思わず溜息をつくのだった。