芽生え Ⅱ
「紹介するわ。彼は、万騎隊長のひとり、レオンニーナ卿。レオンニーナ殿、わたしの家族。父のダニーロに母のユーリヤ。姉のシェンナに兄のアーサー」
レオンニーナは、右の手を左胸に当てて、一礼した。
「万騎隊長がひとり、レオンニーナと申します。以後、お見知りおきを」
紹介されたティアールの家族たちは、長女であるシェンナを除き、全員、あっけにとられている。
「レオンニーナ様のような方が、何だって、うちのティアールと一緒に」
「わたしは、彼女の護衛を大将軍閣下より申し付かりました」
「は!?」
言われたことが、全く理解できていない家族の様子に、ティアールの口元に皮肉めいた微笑が浮かぶ。
「いやあね。ティアールの方が、立場が上なんだから」
「姉さん」
「シェンナ、それは本当なの?」
のんびりとした声で、シェンナは母の疑問に答える。
「ティアールは、筆頭魔導師。位で言ったら、参謀長閣下のすぐした、ほぼ同列と言ってもいいわよね?」
「ええ。わたしはカヴァール卿と、ほぼ同格よ」
姉の確認の色が濃い問いかけに、ティアールはうなずいた。
「全く、いい加減に、ティアールの立場がどれくらい上なのか、理解しなさいよ」
あきれ果てた色を全く隠そうともしないシェンナの様子に、レオンニーナは小さな笑い声をあげた。
「おふたりとも、よく似ておられる」
「よくいわれるわ。見た目は似てないけど、中身はそっくりだって」
そう言って、軽やかな笑い声をたてるシェンナは、瞳こそ妹と同じ紫だが、こちらはきつい印象を与えがちな妹とは違い、少したれた目元と、右の目じりにあるほくろとぽってりとした唇が色っぽい美女である。
ティアールほどの突き抜けた美貌ではないが、彼女もまた、美男美女を見慣れたレオンニーナの目にもかなりの美形に映っている。
「失礼だが、お幾つですか?」
「28よ? それがどうかしまして?」
「いや…。大神の好みの女性に近いなと思いまして」
「あー…」
ティアールは、レオンニーナの言葉に思わず唸り声を上げてしまう。
「言われてみれば、確かに。姉さんの顔って、イクラシオンの好みにぴったりなのよね」
「あら」
シェンナは、妹たちの言葉に、満更でもなさげに微笑した。
「イクラシオン様の好みって…」
「お前、大神様にお目にかかったことがあるのか?」
「あるわよ。何度もね」
ティアールは、父親の問いに対し、肩をすくめて見せた。
「やっぱり、いい男なの?」
「ええ。壮年の渋い、いい男ってかんじかしら」
母の好奇心に満ちた問いかけに、苦笑しつつもティアールは神々の様子をかいつまんで話してやる。
「ラヴァリス卿が歳をとったら、そんな感じになりそうだな」
アーサーの何気のない一言に、ティアールとレオンニーナは思わず言葉を失う。
「どうかしたか?」
「いいえ。なんでもないわ」
ティアールはそう言いながらも、兄の一言で、胸の内に恐るべき疑問が芽生えたのを感じた。
「ティアール殿」
「レオンニーナ」
レオンニーナの表情も、いささか強張っている。一見したところ、普段と変わらないようだが、ティアールの目には、彼の若葉色の瞳が揺れている様子がはっきりと映っていた。
ふたりの胸に芽生えた疑惑。
大将軍ラヴァリスの父親は、本当に人間なのか。
大神であるイクラシオンは、ラヴァリスの大伯父にあたる。大伯父と大甥。ふたりが似ていても、なんらおかしくはない。おかしくはないのだが…。
あのお二方は似すぎている…
レオンニーナは、そう、胸の内で呟く。
ラヴァリスが、父親であるヒュベリオン国の国王サイモスに似ているところは、髪の色くらいだろう。だが、その髪の色も、サイモスがどちらかといえば暗い色なのに比べ、ラヴァリスのそれは、茶色みを帯びているとは言え黄金に近い金髪。父王とは対照的とも言えよう。
現に、彼の父方の親族に、彼のような明るい金の髪を持つものはひとりもいない。大伯父譲りと言ってしまえばそれまでなのだが、あまりにも似すぎているのだ。
大神イクラシオンの髪の色も、ラヴァリスと同じ琥珀色。瞳は、鮮やかな群青色をしている。
そして、もうひとつ。かねてからの疑問が再び、胸の中で頭をもたげる。
それは、ラヴァリスの能力だ。いかに、母であるシエラが高位の女神であろうとも、彼の女神は戦う術をもたない。同じ女神でも、アルティシアの方が、神としての格は上なのである。その上、父親は国王であっても一介の人間にすぎない。
その間に生を受けたラヴァリスに用意されている神の席は、未だ空席の軍神の座。この席は、アルティシアよりも上に位置しているのだ。
確かに、ラヴァリスの真の力であれば、その軍神の席も相応しいと言えよう。だが、その力が、半神半人の持つべきものとしては、あまりにも桁外れとも言える。
半分は神でも、もう半分はもろい人間である。
あまりに強力すぎる力は、人間には耐えられないものだ。
ゆえに、異種族間に生を受けた子どもたちは成人を迎えるのとほぼ同時に、どちらかの種族として生きるか、その選択を迫られる。片親が、神であれば尚更のことだ。
なのに、ラヴァリスは成人してもう12年がすぎるというのに、いまだに半神半人のままである。
シエラのように、神の中でも高位に位置する女神の血を引きながら、彼は、その神の血に押しつぶされる様子は全く見えない。これは、あまりにも異常なことと言えるだろう。
「関係ないわ」
レオンニーナの物思いを破ったのは、ティアールの小さな声だった。
「ティアール殿?」
「関係ないじゃない」
ティアールは、紫の瞳をゆっくりと瞬かせて繰り返した。
「あの方の父君が、人間であろうがなかろうが。わたしたちに、何の関係があって?」
レオンニーナの優しげな美貌を見上げ、ティアールは肩をすくめた。
「ラヴァリス卿は、ラヴァリス卿よ。わたしたちの敬愛する指揮官。それ以上でも以下でもないわ」
ティアールの言葉に、レオンニーナは虚をつかれたように若葉色の瞳を瞬かせる。だが、彼女の言葉を理解すると、大きく破顔した。
「確かにそうです」
レオンニーナは、大きくうなずいてみせた。
「関係ありませね。あの方は、我らが指揮官。海王神の血を引く御方、それだけで十分です」
「そういうことよ」
レオンニーナの様子にティアールも華の様な微笑を浮かべてみせる。
「どうしたんだ?」
「どうもしないわ」
兄の問いに、そう答えると、ティアールは表情を改めた。
「今から話すことは、他言無用。バーリンの死の真相に関わることだから」
そう言って、ティアールは愛する弟の死の真相について、語り始めた。