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慟哭   Ⅲ

「ここが、『夢幻回廊』だ」

 そう言って、海王神たるヴォロシアス自ら案内したのは、彼が暮らす海底神殿の最奥。厳重な封印がほどこされた扉の前であった。

「すごいプレッシャーを感じます」 

 女神官ルーナニーであるファリエが、扉の奥から感じる『力』の強さに顔色を悪くしつつ、呟いた。

「確かに。神から授けられた武器を持っていなければ、この場で倒れても不思議じゃないですね」

「ラヴァリスの国の貴族連中。よく、こんなプレッシャーの中を体ひとつで進もうとしたな。尊敬に値するぜ」

「そんなわけないだろう」

 カヴァールの言葉に、ラヴァリスは即座に否定する。

「んじゃどうやって? 神気を日常的にあびている上に、神の造られた武器を身につけている我々ですら、この重圧にはかなりきているんだ。普通の人間だったら、近づくだけで死に掛けるレベルだぞ」

「うん。だから、オレの血それぞれの剣に数滴、たらして、一緒に突入を」

「したのかよ」

「でないと、入ることすらできないだろうが」

 もっともなラヴァリスの言葉に、カヴァールは返答に詰まる。

「一応、目的地はご近所を想定しておいてだなあ」

「ご近所って、お前ね…」

 まるで、買い物でも行くような表現で、恐ろしいことをラヴァリスは続ける。

「十歩もいかないうちに、ひとり、脱落してなあ」

「十歩もいったんですか。フツーの人間が。ラヴァリス卿の血を数滴たらしただけの武器アイテムで」

 ティアールの冷静な突っ込みに、ラヴァリスは頭をかいた。

「まあ、そいつは根っからの文官で、なんだってこんな脳筋連中と一緒にこんなところに突入していたのかと言えば、答えは簡単だった」

「どうせ、婚活だったんでしょう?」

「よくおわかりで」

 相手の家の方が身分が高く、親が反対していたんだ…と、じつにお約束ベタな理由をラヴァリスは口にした。

「その紺色の髪の男か。人間なのが、実に惜しい。お前たちが戻ってくるまでの間、この神殿におけるわたしの執務を手伝わせていたのだが、いつもより楽に執務がはかどった。サイモスが要らぬのなら、わたしが貰い受けて、海の眷属にして、わたしの執務を手伝わせたい」

「父上と交渉してください。間違っても、母上を間に挟まないように」

「言われなくとも。シエラを間に挟むなど、恐ろしくてできぬわ」

「実の父親にここまで言わせる娘ってどうなんだろう…」

 祖父と孫の漫才にも似た会話に、思わず遠い目になってしまうバーリンである。ちなみに、彼以外、だれひとりとしてシエラのフォローに回っていないあたり、シエラのその方面での才能のなさが浮き彫りになってくる。

 ヴォロシアスの愛娘であり、海を行く船乗りたちの守護神でもあるシエラは、誰に似たのか、何故か「空気を読む」と言った方面の才能がまったくない。「娘の夫に部下を譲ってもらうよう頼みたい」と言った場合、まず、娘を通して交渉するものだが、何故か、シエラが絡むとこの手の交渉ごとは、ことごとくこじれにこじれてしまう。ヒュベリオン国の宰相が、長続きしないのも、ここに原因の一端が地味にあったりするのだ。

「しかし、なんだって、こんな物騒なものが海底神殿にあるんでしょうか」

「コーマディアス!」

 青い髪と瞳の万騎隊長ヴァリアールの言葉に、同僚あり幼なじみでもあるもうひとりの万騎隊長からの叱責がとんだ。

「無礼だぞ!」

「いや、かまわん。気にするな」

 ヴォロシアスは鷹揚に、金の髪に若葉色の瞳の万騎隊長の叱責に手を振り、気にしていないことを言外に告げた。

「もっともな疑問だ。逆、なのだよ。コーマディアス」

「逆…ですか」

 青い髪と黄金色の瞳を持った海王神は、コーマディアスの疑問に対する答えを口にした。

「海底神殿に『夢幻回廊』があるのではなく、『夢幻回廊』があるところに神殿を建てたにすぎん」

「いわば、この神殿はこの回廊を護るために建てられたと言う事だ」

 ラヴァリスはそう言いって、色違いの瞳を部下たちに向けた。

「今から向かう場所は、人智を超えた場所だ。覚悟はいいな?」

「御意」

 レオンニーナは腰に佩いた愛剣を、コーマディアスは愛用の弓を握り締めた。ファリエもアルティシアから授けられた、首飾りの宝石イシを握り締める。

「ティアール」

「お任せください」

 ティアールも黄金杖を召還し、弟に強めの加護をかける。

「バーリン、短剣は身につけているな?」

「はい」

 バーリンもまた、腰につるした短剣の柄を握り締める。

 この短剣は、かつて、ラヴァリスが使用していた一品モノである。破壊神の使役するオーグに襲われた時に、長剣を抜く間を惜しみ、手に入れたばかりのその短剣で、オーグの目を突き刺し、コトを得たのであったが、その時の衝撃で刃の半分が折れてしまったのを、そのままにしていたものである。今回の同行者の中で、唯一、神から何も授けられていなかったバーリンのために、ラヴァリスは己の血を媒体としてその短剣をよみがえらせ、バーリンに与えたのであった。

「道中は、決してオレから離れるな。ターヘル国に向かう扉までは、かなりの距離を歩くことになる。『夢幻回廊』の名のとおり、この扉の奥は夢とも幻ともつかぬ世界。はぐれたら、一巻の終わりだ。そのことを、肝に命じておけ」

 ラヴァリスの言葉に、気を引き締める一行。

「ヴォロシアス」

「うむ」

 海王神は、巨大な扉を封印している呪符に手をかけた。

「はがすぞ」

「お願いします」

 海王神の血で持ってかかれた呪符は、彼の血を引くものにしか反応しない。他のものが触れようものなら、それが例え天空神たるイクラシオンでもすさまじい衝撃波を放つのだ。

 ヴォロシアスが、呪符をはがす。とたん、今まで以上の『力』が、扉からあふれだした。

「行くぞ」

 ラヴァリスはそう言って、先陣を切り回廊の奥へと駆け込んだ。その後ろから、カヴァールとティアールが続き、ファリエとバーリンを挟むように、殿をふたりの万騎隊長が務めた。

 その後姿を見送り、ヴォロシアスは、渾身の力でもって、扉を押し戻してゆく。神々の中でも上位に位置する海王の渾身の力でもってしても、扉はなかなかしまらない。それほどまでに、『夢幻回廊』からあふれ出す『力』はすごいのだ。

 それもそのはず。

 ラヴァリスはあえて言わなかったが、この回廊内に満ち溢れている『力』は、このアクリジェントが今現在のような姿をとる以前。全てが混ざり合った混沌たる原始の海の一部である。今や、この海底神殿内に収まる程度しか残ってはいないがそれでも、そこに秘められた『力』は強大すぎるものであった。

 ヴォロシアスは、渾身の力を振り絞り、扉を閉めると、封印の札をはる。そして、扉に背をもたせずるずるとその場に座り込んだ。

「大丈夫か」

「イクラシオン」

 いつから居たのか。孫の父親であり、己の長兄である大神の姿に、ヴォロシアスはその端正な顔をしかめた。

「見ていたのなら、手伝え」

「お前だけで大丈夫と判断したんだ」 

 そう言いつつも、イクラシオンは末弟に手を貸し、立ち上がらせる。

「回廊の奥は、やけに荒れているな」

 ラヴァリスは大丈夫だろうか…と、イクラシオンは愛する息子の名を呟いた。

「大丈夫だろう」

 ヴォロシアスは、口を利くのも億劫そうに続けた。

「あいつはひとりではないからな」

 そういうと、ふらつきつつその場を離れようとする。

 イクラシオンは、足元のおぼつかない末弟に近寄ると、無言で己の肩を貸した。そして、封印されている扉を一瞥すると、弟に肩を貸したまま歩き去った。

 二柱の神が去ったその場所には、静謐な空気だけがただよっているのであった。



















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