プロローグ
はじめましてこんにちは。トーチカUです。初投稿なので幾分か文章が稚拙なところがあるかもしれません。さらに更新がかなりゆっくり目ですがよろしくお願いします。m(__)m
俺が17歳のとき終戦記念日に、家族で靖国神社に行った。なぜかと言うと、俺のじいちゃんは太平洋戦争で出征したのだ。戦争で戦い生き抜いたのだが、俺が9歳のときに死んだ。老衰だった。俺はあまりじいちゃんから戦争の話を聞かなかったし、そのときも自分自身興味がなかった。だけど高校に入ってから軍事(主に兵器)、戦争に興味を持つようになった。そして最近じいちゃんが戦争でどんな風にしていたかを、またはどこの戦場で戦っていたのだというのを知りたくなったのだ。親父にそれを訊いてみると、
「それじゃあ終戦記念日に靖国神社へ行かないか? 靖国神社のすぐそばに遊就館にというのがあって、そこで太平洋戦争の経過などのパネルや戦艦や空母などの模型、さらには零戦、戦車、火砲が展示されているぞ。」
と言ったのだ。このことに俺はとてもうれしく、いいチャンスだと思った。
終戦記念日の8月15日、靖国神社で参拝した後に遊就館に行った建物の中に入ると正面に零戦がドンと展示してあった。受付で入館料を払って中に進み、いろいろ見て回った。途中で特攻についてのパンフレットや、インパール作戦、占守島の戦いについてのパンフレットがあって全種類ひとつずつ取った。最後に戦艦や空母の模型や特攻兵器である桜花ロケット、人間魚雷『回天』、また九七式中戦車を見たりした。
家に帰って、遊就館で取ったパンフレットを一通り読んでいた。たまたま俺が占守島の戦いのパンフレットを読んでいるときに親父がこう言ったのだ。
「お前のじいちゃん、岡崎良之助は実は占守島の戦いに参加いたのさ。」
「えっ? 本当か親父?」
「ああ、そうだとも。そこで戦車に乗って戦う戦車兵だったのさ。」
「マジで?」
その後、俺は親父からいろいろじいちゃんについて聞いた。戦いが終わった後にソ連軍にシベリアに抑留される話やシベリアでの生活、帰ってきたときのことなども聞いたりした。その夜寝るときに、じいちゃんがどのようにしていたのかをいろいろ想像したりして眠りについた。そして、次に目覚めたときにはとんでもない所にいたのだった。さらにこのことがこれからの俺の進路を決めるきっかけになるというになるとは夢にも思わなかったのだ!