捌
「もしもし?」
携帯に出たが声はしない。
すすり泣く声が小さく聞こえてくる。
「もしもし、みおちゃん、だよね?」
しばらく間があって彼女が涙声で、
「うん」とささやいた。
これから、なんて説明するべきか。
そう考えていたとき……
「しょうさん、元気だったんだね。よかった。ほんとに、よかった」
しょうさん?
彼女は弟と勘違いしていた。
兄弟だからたしかに声は似ている。でもきっと今の彼女の精神状態では区別つかないんだろう。
今の彼女は普通の状態ではない。今は言えないな。
おれは、このときだけ弟になりきった。
「心配かけてごめんね。大学、受かったんだね。おめでとう」
だが、彼女からの声が途絶える。
「みおちゃん? どうしたの?」
「わ、わたし、捨てられたと思ってた。いつも、困らせて、わがままばかり、言って」
涙声で聞き取りにくかったが、彼女の弟への気持ちが余計に伝わってくる。
「そ、そんなことないよ。みおちゃんを捨てたら二人は半分になるんだし。そんなことありえない」
メールの内容を思い出して慰める。いまは彼女を落ち着かせるのが大事なんだ。
「ちょっと携帯壊れてたんだ。修理に時間かかって心配させたね、ごめん」
また彼女は少し黙る。
「……そんな嘘くらいわかるんだから」
おれは弟みたいに賢くないかっ。やってしまった。
「でも、そんなこといいの。何があったかなんて関係ないし、言わなくていい。いま、話せてるんだから。つながったんだから。二人はまだつながったままなんだよね?」
それは間違いないこと。
眠ってる弟の夢の中は今も彼女でいっぱいなはず。
「そんなこと当たり前さ」
「なら、よかった」
そして、おれは言った。
「もう春休みなんだよね?」
「うん、受験も全部終わったよ。親に言われて仕方なく受けた地元の大学も受かってた」
「みおちゃん、すごいね!」
おれは覚悟を決めた。
「突然だけど、明日こっちに会いにこれないかな?」
彼女の声色が変わる。
「ほんと! ほんとに会えるの! うん、会いたい!」
「ちょっと遠くて大変だと思うけど、早く会って話したいんだ」
「そんなこと全然ないよ。今すぐにでも会いに行きたいくらいだもん!」
おれは待ち合わせ場所を知らせて、携帯を切った。
彼女の嬉しそうな最後の声が頭に響いたままだった。
だけど、会ってすべてを話そう。
おれを見たらすべてばれるはず。でも、いつまでも隠すことはできない。
弟のためにも早くすべてを話さないといけない、そう決心した。