拾漆
家を出て彼女を駅まで見送るまでの間、彼女にこう話した。
「また、あいつにメールしてやってくれないかな? 起きるたびにメールが来てるか携帯を見てるんだ」
それに対して彼女ははっきりした口調で言った。
「それはできません。これからもメールも携帯もしません。わたしも少し調べました。たしかにあの病気の原因はわかりませんね。でも、もし精神的なものが関係してるなら、頭のなかでその記憶を薄めていく、思い出に変えていくのが一番みたいなんです。
「たしかに、そうかもしれないな……」
「はい、この先、中途半端にわたしが関わっていたら、しょうさんはきっとあのまま変わりません。だから、今はしょうさんは自身の力で目の前の壁を越えて欲しいんです」
「みおちゃんいつの間にか強くなったんだね」
すると彼女は頭をふり、
「いいえ、変わってませんよ。一人暮らしだし寂しいときもありますし、こっちではまだ友達も数えるほどですし。最初のころは何度かメールしたいと思いました。でも、それじゃお互いにひとりの人間になれない。お互いに辛いからってすがりついてちゃ前のままですから」
彼女の言いたいことはよくわかった。彼女も辛かったはず。いや、今もほんとは辛いのかもしれない。
でも三ヶ月間、ちゃんと耐えてきた。壁を乗り越えようとしてるんだ。
彼女の気持ちが伝わる。
「たしかにみおちゃんが言うとおり、あいつは夢に逃げてるだけの弱いやつだな」
彼女は微笑んで答えた。
「ちょっと言いすぎですけど、理解していただけて嬉しいです」と。
待ち合わせして、おれを初めて見たときに見せたのと同じ笑顔がそこにあった。
「ねえ、もしかして、みおちゃん好きなひといるんじゃない?」
彼女の頬が紅くなった。
「い、いきなり、なんでですか?」
「あー、当たりみたいだな。彼氏ができてたりして?」
彼女は小さく首をふり、
「気になるひとは、います」
と小声で言った。
「もしかして、おれとか?」
彼女は無邪気に笑いながら、
「たしかにりょうさんはいい人ですねー。でも、わたしも一緒でカッコいいひとは苦手なんです。わたしも嫉妬深いですからねー」と言って舌を出した。
答えをわかっているのに、聞くおれもやっぱりばかだよなぁ。彼女の答えは決まっていた。
「わたしが気になる人は、ひと回り成長して、いつかわたしの前に現れてくれるはずの、笙さんです!」