逢海寛人 7月9日 午前11時41分 渡良瀬第三中学校 校舎内
前回の続き、視点は同じく寛人君たちです。
ちなみに寛人君たちの学校があるのは、渡良瀬市という太平洋側に面した架空の市です。
僕たち三人は教室を出て、隣の東校舎に走り出した。幸い、まだ混乱は起きていないようだ。
渡り廊下を通り、東校舎の三階へとたどり着くと、雅人は急に立ち止まり、一番奥の部屋に向かって走り出した。
「何処行くんだよ?」
「野球部の部室だ!金属バットか何かあるだろう!」
雅人は普段とは違って、汗を流しながら必死に走っている。滅多に見れない雅人の運動する姿を見て、僕は少し笑いがこみ上げてくるのを感じた。
「何笑ってるのよ!」
鈴に後ろから思い切り引っ叩かれる。僕は突然、後頭部に走った衝撃に驚き、叫び声を上げた。
「あいたぁぁ!何で叩くんだよ!」
「貴方がニヤニヤ笑ってるからよ!」
確かにこの切羽詰った時に笑うのは、少々不謹慎だろう。
そんなやり取りをしている間に雅人は部室にたどり着いたようだ。
「おい鈴!木刀で鍵をぶっ壊してくれ!」
「分かったわ!」
雅人の依頼に答え、鈴は容赦なく部室のドアノブに木刀を振り下ろした。バキッという音がして、ドアノブが吹っ飛んだ。
「寛人、次はお前がドアを蹴破ってくれ」
「僕が?雅人がやればいいだろ?」
雅人は気まずそうに咳払いをした。
「俺の脚力では無理そうだ。だからお前がやれ」
「は?」
「いいから黙ってやりなさいよ!」
ひでぇ、なんて野郎共だ。面倒な力仕事は最終的に僕かよ……。
僕は心の中で散々に二人を罵った。
そして、渾身の力を込めてドアに蹴りを叩き込んだ。一発目では壊れない。続いて、助走をつけて二発目を叩き込んだ。ドアは情けない音を立てて蝶番がはずれ、部室の中へ吹っ飛んだ。
「ナイス!」
雅人が嬉しそうに叫ぶ。鈴が先陣を切って部室に入っていった。続いて雅人、僕は見張りだ。
「どうだ?何かあったか?」
僕が廊下から話し掛けると、中の雅人が歓喜の叫びを上げた。
「金属バットが二本あった。これは俺と鈴が持つ」
「は?俺の武器は?」
僕は半ば怒り気味に叫んで、部室に入った。中では雅人が二本の金属バットを持ち、鈴はロッカーを物色している最中だった。僕は雅人に詰め寄り、胸倉を掴んだ。
「僕を散々使っといて武器もなしかよ!誰のお陰で部室に入れたと思ってんだよ!」
怒鳴り散らす僕を雅人は必死に説得した。
「待て!落ち着け!よく考えてみろ!」
「そうよ!手を離して!」
二人から言われて、僕は漸く平静を取り戻した。仕方なく雅人の胸倉を掴んでいた手を離した。
「で、理由を言ってみろ」
「いいか、俺はまず貧弱だ。自分で言うのもなんだけどな。だから護身のためにも武器が必要だ。鈴は元々女だし武器が要るだろう」
「そいつなら木刀があるじゃねえか」
「残念、さっきので折れちゃったわ」
僕は納得がいかなかったが、無理やり自分に言い聞かせた。
確かに雅人の言っていることは正論だ。弱い者に優先的に武器が居るのは必然だろう。
「じゃあ僕の武器は無しかよ」
「そうだな……いや、鈴の折れた木刀でいいならあるぞ」
折れた木刀……もし先端が尖っていれば武器としては十分だ。相手の腹に突き刺せば致命傷を負わせることが出来るだろう。
それに無いよりはマシだ。ただし折れた木刀となればリーチが短いことは覚悟しなくてはいけない。
「分かった。無いよりはマシだから貰っておくよ」
「そうか。分かってくれてありがとう」
僕は別に納得した訳ではないが、正論に従うのは当然だろう。折れた六十センチほどの木刀を受け取り、部室から出た。
その時だった。僕の背後から呻き声が聞こえたのだ。僕は咄嗟に折れた木刀を構えた。
振り返った途端、僕は腰が抜けかけた。そこにいたのは全身から血を流し、あちこちが喰い千切られ、内臓が飛び出している男性だった。体は腐敗しはじめ酷い悪臭を放っている。
虚ろな目は光を宿しておらず、まるで僕たちの体温を感じ取っている様に見えた。
「おい!どうする!」
僕は叫んだ。
「倒すしかないぞ。油断するな」
「分かってるよ……でりゃああああ!」
僕は叫びながら、化け物の腹に木刀を衝きたてた。間違いなく致命傷だろう。木刀から貫通した手ごたえが伝わってきたからだ。
しかし、そいつは全く動じずに僕を床に押し倒した。
「うわ!やめろ!」
僕は必死に抵抗したが、そいつの力は恐るべき怪力だった。あっという間に組み伏せられて、僕は抵抗出来なくなった。
そいつは遠慮無く僕の喉笛に噛み付こうとした。喰い千切る気だ。
「寛人!」
雅人が金属バッドでそいつの背中を殴った。しかし、それにも全く動じない。
寛人の中である推測が浮かんだ。
「退きなさい!」
鈴が金属バットをそいつの脇腹に叩き付けた。そいつは少し怯んで、脇にすっ飛んだ。
その隙に僕は必死に起き上がり、態勢を立て直す。
「うおおおおおお!」
雅人が叫びながら、そいつの鳩尾にバットを食い込ませた。全体重をかけた攻撃なら、もだえ苦しむはずだ。しかし、そいつは今だに活動していた。
雅人がそいつと距離をとる。
「こいつらは不死身なのか?」
雅人がもう一度、バットを構える。僕はゆっくりと鈴の手から金属バットをとった。そして自分の推測を呟く。
「違うな……こいつらはもう死んでいるんだよ……だったら!」
僕はバットを構え、思い切り振り上げ、そいつの頭に振り下ろした。
ぐしゃっと頭蓋骨の潰れる音が響き、そいつは床に倒れこんだ。もう動く事は無かった。
「やっぱりな……頭を潰せば活動出来ない訳か……」
「のようだな……」
雅人がそいつの残骸に目をやり、呟いた。僕は腰を抜かしている鈴の手を握り、起こした。
「ほら立て。早く行くぞ」
「……うん……」
鈴は目の前の状況が理解出来ていないようだ。無理も無い、いきなり人の頭を同級生が叩き潰したら、そりゃあ動揺するだろう。
「で、何処行くんだよ。これから」
「考えてある。コンピューター室だ。あの部屋のドアはそう簡単には壊されないし、中にはパソコンもある。情報収集も出来る最高の要塞だ。現時点ではな」
「……現時点?」
「そうだ。どちらにしろ食料が必要だ。まあ一時的な隠れ家という訳だ」
雅人の推測に感服しながら、僕は鈴を抱き起こした。
そのままコンピューター室へと歩き出した。
コンピュータ室の扉の鍵は開いていた。幸い、授業で使用するクラスの無い様だ。中は蛻の殻だった。
雅人が扉を閉め、机をドアの方に動かした。
その時、校内放送のスイッチが入った。
「全校生徒の皆さん、只今校内に不審者が侵入しております。生徒は先生の指示に従い・・・うわあ!後ろに!助けて!ひゃあああああ!」
声が途切れた。スピーカーからは何かを貪るような音が聞こえてくる。それと同時に西校舎の方から悲鳴が上がり、いきなり騒がしくなった。
雅人が舌打ちをし、バリケードを急いで作り始めた。
「急げ!生徒がここに来る前に作るんだ!」
僕は頷き、扉の脇にあった机を扉の前に置いた。雅人もその上に机を重ねていく。
悲鳴や怒号が段々と近づいてくる。もう時間が無い。急がなくては。
僕は必死に机を積み重ねた。
「寛人!そっちのでかい棚だ!」
雅人の叫び声で僕は窓際の大きな棚に手を掛けた。そして力を込める。
「畜生!手伝ってくれ!一人じゃ無理だ!」
雅人が手に持っていた椅子を放り投げ、こちらにやってきた。
「いいか!一、二の三で持ち上げるぞ!いくぞ!」
「ああ!」
「一……二……三!それっ!」
僕と雅人は渾身の力を込めて、棚を持ち上げた。それから棚を思い切り扉の前に放り投げた。
鈍い音を立てて、棚は丁度、今まで作ったバリケードを支えるような形で扉の前に置かれた。
その数秒後に扉を激しく叩く音が聞こえた。後、数秒遅れていたら・・・。
そう思うと鳥肌が立った。恐らく、中に生徒が雪崩れ込んで来ただろう。
「ギリギリセーフ……ってやつだな……」
僕はその言葉を喉から絞り出し、腰が抜けた様に床に倒れこんだ。
雅人は教師用のパソコンを起動させた。
「俺が今の状況をネットで調べる。寛人達は休んでていいぞ。後ろの生徒会長はとっくの昔に気絶しているみたいだけどな」
僕は鈴の方を見た。確かに床にだらしなく横たわっているのが見えた。余程怖かったのだろう。
「どっちにしろ、しばらくの間はここに缶詰だ。今の内に寝ておけ」
僕は力なく頷き、頭を床につけた。そして目を閉じた。
緊張のためか、直ぐに意識は暗闇に吸い込まれていった。
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