逢海寛人 8月23日 午前0時11分 渡良瀬市 私立律明学園
なんだか、またまた間が大分空いてしまいました。
部活とか忙しすぎ……。
「……あ?」
僕はなんだか悪夢を見た気がして、目を覚ました。
周りは既に真っ暗だ。どうやら夜らしい。問題は何故、僕がここで寝ていたのかだ。頭を整理して、今日? の行動を思い出そうとする。
「――――あ」
思い出した。
僕は確か女性陣が開催した料理コンテストに響夜さんと一緒に審査員として参加したんだった。そこで途中までは良かったんだけど、最後に和泉さんの料理の料理を安易に口にしてしまったせいで、僕は気絶した……であってるのか?
僕は軽く頭を左右に振った。
頭痛がする。和泉さんの料理の後遺症だろうか。だったら威力抜群だな。
「ようやくお目覚めかな?」
不意に背後から声が響いた。
僕が咄嗟に振り返ると、窓際に腰掛けた響夜さんがいた。
「あれ?どうしてここにいるんですか?」
僕が尋ねると響夜さんは、
「ああ、見張りだよ。この教室から、裏門が良く見えるんだ」
僕は周りを見回した。
ここは僕が普段、寝起きしている教室だ。隣にはゴツイ男前の怜汰、その向こうに雅人がいる。鈴とか女子たちは別室だ。ちなみにこの教室には高校生もいる。
「まったく、昨日の料理は災難だったな。胃袋に感謝しろよ」
響夜さんは呆れたように首を横に振った。
僕は響夜さんの言葉に違和感を覚える。
「あれ?ということは、僕は丸一日も眠ってたんですか?」
「うんにゃ。正確には零時を回ったから、昨日ってことだ」
そっか。なんだかとても、あれから時間が経った気がする。
そう言えば結局、あの後コンテストはどうなったんだろう? 和泉さんが傷ついていないかとても気になるし、何よりも雫のあの感情の篭っていない目が怖すぎた。
「和泉なら、平気だぞ。浅代が上手く誤魔化してくれたみたいだ。心配してたらしいから、明日、顔を見せてやればいいんじゃないか?」
響夜さんが僕の心を見透かしたかのように答えを言ってしまった。読心能力者か何かなのか?
「あはは。そうですね。でも、傷ついてなくて良かったです」
「俺達の胃袋は深刻な傷を負ったけどな。ま、彼女だって悪気は無いんだ。俺達に喜んで欲しくて、作ったんだと思う。だから、彼女を責めるなよ」
「……響夜さんて、和泉さんに甘いですよね?何でですか?」
「そこはせめて優しいと言った欲しかったんだけどな。甘いというか、態度が柔らかいのは個人的な理由があるだけだ」
「やっぱロリコンだったんですか……」
「ちょっと待て一体何時誰からそれを聞いたんだオイ」
「お、落ち着いてください!噂ですよ、噂!」
僕は自分の失言の訂正を試みた。
だが響夜さんは指をバキボキと鳴らし、恐ろしく暗い笑みを浮かべている。
「で、真面目な話、どうしてですか!?」
勢いで話の軌道修正をする。通じたのかどうかは定かではないが、どうやら響夜さんはこちらに迫ってくるのをやめてくれた。
響夜さんは少し考え込むように、頭に手を当てた。
「話してもいいが、それを話すと脱線しまくるし、俺の今の現状にも関係してくるから、面倒だと思うぞ?それでも聞くのか?」
「あ、はい。お願いします」
僕は軽く一礼。
響夜さんは一つ一つ思い出して、それを紡いでいくように話し始めた。
「俺が彼女に優しいというか、甘いというか……まあ、それはズバリ、彼女が俺の妹に似てるからだな」
「妹が居るんですか?」
「ん?ああ、居るというか、居たんだよな」
あれ?もしかして地雷?
僕はそう思ったが、響夜さんは全く気にした様子もなく、話を続けていく。
「正直に言えば、殺されたんだ。強盗に」
僕はもう何もいえない。どうやら冗談では済まされない領域に踏み込んでしまったようだし、何よりも語る響夜さんの目は、真剣そのものだった。
「俺が高校に入りたての頃だったかな。俺は、友達ん家で盛り上がってて、帰りが遅くなったんだ。ま、入学したての学生が親睦を深めるための飲み会みたいなモンかな?もちろん、コーラとかジンジャーエールばっか呑んでたけどな。帰りは二三時位だったと思う。途中、家に連絡を入れたんだけどな、誰も出なかったんだ。その時点で気付くべきだったのかもしれない。
ここからは簡潔に話すけど、俺もあまり覚えていないから曖昧かもしれない。
まず、玄関に母親が倒れてた。頭を鈍器で殴られてたんだな、きっと。玄関のカーペットは血に濡れてたし、何よりも頭蓋骨の白い部分が見えてた。俺はその時、自分で自分が怖くなるくらい、落ち着いてたんだ。考えても見ろ。目の前で人が、それも自分の母親が死んでるんだぞ?それでも俺は落ち着いてた。ま、そうでもなけりゃ、この仕事なんかやってられないけどな。
俺はリビングに行った。そこには、ソファーの上で胸から血を流してる父親がいた。胸の、丁度、心臓の位置に包丁が刺さってたから、即死だったんだろうな。一階は物色されていた。俺は、麻里が二階に隠れていて、生きていると信じたかったんだ。もう、とっくに犯人は逃げたって。
俺はそう信じて、自分に言い聞かせて、上に向かった。階段は冷たかったよ。それに寒かった。麻里の部屋は階段を登った先の廊下、その一番奥にあった。
麻里の部屋から、物音が聞こえた。なんだか、ごそごそ動くような音がな。俺は走った。きっと麻里はあの部屋で怯えているって思って……、きっと何時ものように、涙でぐしゃぐしゃにした安堵の笑顔で俺を迎えてくれると…………」
響夜さんはそこで、言葉を切った。
「……どうかしました?」
「ここから先は誰にも話した事は無い。大雑把にならあるんだが、ここまで詳しくは初めてだ」
「……僕はここまで聞いてしまったんです。続きをお願いします」
そうか、と響夜さんは溜息を吐き、また口を開いた。
「強盗は、一人じゃなかった。俺が麻里の部屋のドアを思い切り蹴破って入った時、そいつ等は麻里の机を物色していた。麻里は…………、衣服も身体もボロボロにされて、ベッドの上で死んでいた。首を絞められた後、頭を鈍器で殴られ、刃物で全身を滅多刺しにされていた。俺は……っ!」
響夜さんは拳を硬く握り、机を蹴飛ばした。ねじが飛び、机は分解してしまった。
「――俺は動けなかった。目の前の光景が理解出来なかったんだな。母親や父親が死んでいるのを見ても、俺は冷静で居られた。なのにっ!なのにアイツがあそこまで壊され!殺されたのが俺には理解できなかったんだ!! 俺は……、強盗に殴られた。鈍器でこめかみを殴られて、廊下に倒れこんだ。幸運だったのは、悔しさと痛みで気絶しなかったことだな。俺は許せなかった。麻里を壊した奴らを。だから俺は…………」
響夜さんはそこで顔を上げた。その顔は恐ろしい程に無表情だった。
「――――奴らを殺した……」
唇を噛み、息を漏らす。どこか、笑いを噛み殺しているようにも見える。
「俺は手近にあった、金属バットで鈍器を持ったほうの頭を殴った。ソイツは膝をついて、倒れそうになったが、間髪入れずに俺は頭に振り下ろした。実際、頭蓋骨を叩き割る感触は面白い程、爽快だったな。もう一人の方は、歯を全部叩き折った後、指を切り落として、左目を包丁で抉り取った。それから、泣き喚くのを無視して、二階から落とした。即死だったんだろうな。その後のことは覚えていない。麻里達の葬式も、取調べも何も覚えていない」
ふぅ、と響夜さんは溜息を吐いて、立ち上がった。
「すまない。すこし感情が入りすぎた。見張りも交代したいし、俺はもう寝るよ」
そう言って、教室の出口へと向かっていく。
「ま、待ってください。どうして、そこからこの仕事に就いたんですか?」
響夜さんは最初に言っていた。この話をすれば、自分がどうしてこの仕事に就いたのかの理由にも繋がってくると。
「もしかして、妹さんの復讐ですか?」
「ああ、違う」
響夜さんはあっさりと言った。
「楽しいから、としか言いようが無いな」
え?と僕は間抜けな声を上げていたと思う。
「俺はあの事件以来、人とマトモに付き合えないんだよな。相手は俺を心配してくれているのかも知れないが、俺はそんな奴らに好意を向けられない。だから、高校も中退して、ここに居るんだ。俺の部隊の奴らは皆、訳有りだしな」
響夜さんは笑っていた。僕に軽く手を振りながら、教室のドアを開けて、出て行く。
「寛人。こんな仕事、お前は絶対やるなよ。俺みたいな馬鹿な人生歩んだって、得なんざないからな」
響夜さんはもう一度、はははっ、と笑って、教室を後にした。
僕は何故だか、気分が沈んでいた。なんだろう。人の裏側というものを見てしまった気がする。さっきの響夜さんの言葉から考えれば、あの温厚な準一さんだって、何らかのわけがあって翡翠隊に所属しているらしい。
「お前が背負う必要なんて、ないだろ」
突然、暗闇で一つの声が響いた。
僕が雅人たちが寝ている場所を見ると、怜汰が大きな身体をのっそりと持ち上げているところだった。
「れ、怜汰……」
「悪ぃ、聞いちまったよ」
「僕さ、なんか後悔してるみたいだ。聞かなけりゃよかったって」
「別に気にする必要はねえだろ。確かに重くて暗い過去の話だったかも知れないけどな、きっとあの人だって、本当に話したくないなら話さなかったと思うぞ。自分が抱えてる重い物って、人に話すと楽になることがあるだろ?きっと、あの人だって誰かに聞いて、痛みをわかちあって欲しかったんじゃないか?お前が響夜さんじゃら聞いたことは一生、忘れるな。でも、背負わなくていい。その問題は、きっとあの人自身が解決する時が来ると思う」
「そうか……な。そうなのかな……」
「きっとそうだ。明日も早いんだからもう寝ろよ。おやすみ~」
「そうするよ。でも、少しだけ涼んでくる」
僕は半ば独り言のように呟き、教室を後にした。
廊下に出て、窓を開ける。夏の夜風が額の汗を流しとっていく。僕は少しだけ、何かを学んだ気がしていた。
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