逢海寛人 7月10日 午前00時51分 渡良瀬市 私立律明学園
僕らは気絶した雅人を亮輔に任せ、六人で教室へと向かった。
途中、次第に教室に近づくにつれて怒号や呻き声が聞こえてきた。
「何だ?まさか上は奴らだらけとか言うなよ?」
「ちょっと違うな。まあ見れば分かる」
怜汰の呟きに洋一が笑いを含んだ声で答えた。僕は不安を感じながらも、何も言わずに歩き続けた。
ふと洋一が一つの教室の前で立ち止まった。入れ、と軽く会釈する。
「僕が先に入る。怜汰が次だ。鈴と優香子は安全が分かるまで入ってくるな」
僕は指示を出し、扉を開けた。
そこには阿鼻叫喚の地獄があった。
まず目に入ったのは、椅子や柱に縛り付けられもがいている生徒だった奴らだった。それを必死に生きている生徒が押さえつけている。
「目を覚まして!弘子ってば!」
「止めろ!」
生きている生徒がそれぞれ奴らと化した生徒に話し掛けている。僕らはその光景を呆然と見つめていた。
洋一と蓮が後ろから僕の肩を叩いた。
「な、これで俺たちが嫌気差したのも分かるだろ?やってられねぇよ」
「ど、どうして殺さないんですか?奴らに理性なんて無い。殺すのが一番です。本人のためにも」
「そう思うだろ?でもな、昨日まで親友だった奴を殺せるか?俺は出来るが、他は無理だろう」
優香子がふらふらと床に座り込んだ。鈴が支えながら教室を出て行く。
洋一が教室の光景を見ながら呟いた。
「こんなんじゃ、ここも長く持たないだろうよ。俺たちはここを抜けようかって話をしてたんだ」
「でも、固まっているのが安全ですよ」
「同感だな」
怜汰も頷く。
この状況で外に出たら死は免れないだろう。だとしたらここが安全という事になる。しかしここの教室は見るに耐えない光景だった。
洋一が廊下の他の教室を指差した。
「あそこの部屋は化け物になった奴らを閉じ込めている部屋だ。それと向こうは怪我人がいる。上の階には小学生共が寝ているんだ」
「ここの責任者は誰なんですか?」
僕の質問には蓮が答えた。
「ここの責任者は女教頭です。後は教師が三人程。ここには警官や自衛隊が存在しないから、生き残った大人が指揮を執っている訳ですよ」
蓮は不良の割には敬語で喋る。恐らく向いていないのだろう。
洋一は見る限り画体も良く、喧嘩も強いだろう。味方になってくれた事に感謝すべきだ。
「貴方方、新入りかしら?」
背後から女性の声が聞こえた。
僕と怜汰が振り返ると、そこには美しいという言葉以外に表現できない少女がいた。その隣にはキツめの顔をした女性がいる。これが女教頭だろう。僕は直感でそう思った。
「何だ。生徒会長さんと糞ババアかよ」
洋一に糞ババアと呼ばれた女教頭は一瞬、顔を顰めたが、無視して僕の顔を見た。
「貴方方、お名前は?」
「はい。僕は逢海寛人です。こっちは堺怜汰。後ろの二人は今野優香子さんと佐倉鈴です」
「佐倉鈴?ああ、第三中学校の生徒会長さんね。よろしく。私はここの生徒会長を務めている阿久津風禰です。こちらの方は教頭先生の刈谷渋子先生」
刈谷という名の教頭は静かにお辞儀した。僕もそれに笑顔で返す。
「では貴方方も私達の指揮下に入って貰います。宜しいですよね?」
刈谷教頭が僕らを見て言った。この状況で一介の教師の指揮下に入ることには不安を感じるが、僕らに教師を見返せるほどのいい案はない。
「はい。そうするしか無さそうですね。お願いします」
「ええ、こちらこそ」
風禰が僕に手を差し出した。その笑顔は眩しかった。
「あ、ああ、よろしく」
僕もぎこちない笑みで返した。怜汰も女教頭は気に入らないらしいが、風禰は気に入ったようだ。
洋一はそんな僕らの様子を素知らぬ顔で眺めている。洋一も同じく女教頭が気に入らないらしい。
「せ、先生!外に兵士がいます!」
廊下の反対側から一人の男性教師が走ってきた。胸の名札には大野と書いてある。
刈谷教頭が振り向いて、大野という教師に指示を出した。
「急いで生徒を避難させなさい。私達で話し合いを行います」
刈谷教頭の指示で大野は上の階にすっ飛んでいった。刈谷教頭は厳しい表情のまま生徒会長とともに生徒玄関へ向けて歩き始めた。
兵士とは誰なのだろうか?
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