橘響夜 7月9日 午後10時31分 渡良瀬市 旭TV局前
やっとテストが終りました。テストって誰が作ったんだろう?
そんなことを思う今日この頃です。
俺たちは先ほどから駅へと続く大通りを延々と歩いている。
俺たちの目的は外部と連絡を取り、救助を要請して市から脱出する事だ。
まず手持ちの無線では電波が弱すぎて、本部とは現在連絡が取れなかった。外部に連絡を取り、救助を要請するには強い通信機器が無くてはいけない。
小さな電気店では販売していないだろう。そのことを踏まえて、俺たちはある場所に目をつけた。それがテレビ局だ。
「恐らく通信機器の類なら腐るほどあるだろうよ。持ち出されていなければ」
その準一の言葉でテレビ局へ向かうことが決定した。それで現在に至るわけだ。
「隊長、ここですね」
白鳥が十階建てのビルを見上げて言った。
俺も頷く。
「そうみたいだな。さっさと終らせるぞ。村上と白鳥は入り口を警戒しろ。俺と準一で先行していく。後の奴はゆっくりと各階を占領していけ。生存者が居たら保護しろよ」
「分かりました」
全員の返事で、俺は銃の点検を開始した。奴らが現れてから銃が撃てなくては意味がない。
俺は準一に軽く会釈をし、テレビ局の入り口の前まで来た。お互いに確認し、俺は思い切りドアを蹴りつける。ドアはノブが壊れて吹っ飛び、内側に傾くように外れた。
「よし、行くぞ」
俺と準一で中に進入する。
ロビーの様なところは受付らしく、カウンターが並んでいる。死体も無く、奴らもいない。天井の電球は線香花火のように火花を散らしていて、煙の匂いがあちこちに充満している。
「火事でもあったみたいですね……」
続いて入ってきた松山が呟く。
確かにあちこちから火が燻っている。匂いも火事で木材などが燃える匂いだ。
「まずいな。一酸化炭素中毒かなんかで死んでなきゃいいが……」
もちろん生存者がいたらの話だが。
俺は奥に階段を見つけ、準一と共に接近した。
「どうした?何かいるか?」
「いや、大丈夫だ。行くぞ。後の奴らは下を占領してくれ」
俺は暗い階段を上り始めた。
足音が妙に響く。気のせいなのかも知れないが、俺の恐怖心を掻き立てているようにも感じる。このビルは十階建てだが、スタジオや楽屋があるのは九階までで、十階は食堂になっているはずだ。先ほど案内図で確認したので間違いない。
「響夜、二階だ。俺が先に行く」
準一が二階のホールに足を踏み入れた。
ライトで周りを照らし、安全を確認する。
「どうやら何も居ないみたいだな」
「ああ、火事があったならもう居ないだろうな」
俺も相槌を打ち、ホールに入った。
準一は生存者を捜す様に歩き始めた。ホールの右脇には掃除用具のロッカーが並んでいる。左にはなにやら器具らしき物がたくさん積み上げてある。
準一は右脇のロッカーの前を歩きながら辺りを見回した。
「おい、あれ通信機じゃないか?」
準一が指差した先には黒い箱状の物が置いてあった。
俺はそれに近づき、ライトで調べてみた。それは古いテレビで、通信機ではなかった。
「違うみたいだな。ここには無いだろう」
俺は呟き、手持ちの無線機のスイッチを入れた。
「村上、何かあったか?」
「いえ、何も。特に異常は無いです」
「分かった。何かあったら直ぐに連絡しろ」
俺は首を上下左右に回し、背伸びをした。
この銃を背負っていると、とても肩が凝るのだ。
「うわぁ!」
後ろで突然、叫び声が上がった。
俺が咄嗟に振り返ると、ロッカーから出て来た奴が準一に組み付いて、押し倒していた。
俺が銃を構える。準一はそいつを渾身の力で押しのけた。
「伏せろ!」
俺は叫び、引き金を引いた。
短い音と同時にそいつは地面に力なく倒れた。準一は起き上がり、埃を払った。
「大丈夫か?」
「ああ、噛まれなかった」
噛まれたら終わり。
全員がそれを気にしているようだ。噛まれた奴は殺すしかないし、殺されたくもないからみんなが必死になっているようだった。
「隊長、何かあったんですか?もしかして女優のゾンビが居たとか?」
「残念ながら違うな。もし見つけたら殺さないで捕まえておくか?添い寝でもしてやれ。俺は遠慮しておくよ」
通信機の向こうから村上の笑い声が聞こえた。
「俺もです。永遠の眠りになりますよ」
「そうだな。でも今死んでおいたほうが後から楽かも知れないぞ」
「ご冗談を。じゃあ」
俺は笑いの余韻を残しながら、銃をリロードした。その時、突然女性の悲鳴がホールに響き渡った。この階ではないようだ。
「準一!」
「分かってる!」
俺と準一は駆け足で階段を駆け上った。今の悲鳴は恐らく一個上の三階からだ。
「いや!離してください!」
女性の叫び声ともみ合う音が再び聞こえた。
相手は気が狂った人間かも知れない。俺はふとそう思った。三階の廊下はほとんどドアが閉まっていたが、奥のドアが僅かに開いていた。そこから争うような物音が聞こえている。
俺は持ち前の俊足で三秒ほどでたどり着いた。中では一人の中学生くらいの少女が奴らに襲われていた。
「離して!きゃあああああ!」
そいつは少女の腕に噛み付いた。血が吹き出て、更に少女が悲鳴を上げる。
「畜生!」
俺は89式小銃をそいつの脳天にぶち込んだ。反動余って、そいつは少女の向こう側に吹っ飛んだ。そして痙攣し、動かなくなった。
「大丈夫か?どうしてここに……!」
俺はその少女の顔をライトで照らして、腰を抜かしそうになった。何故ならその少女は・・・。
「麻里!どうしてここに!」
俺はそう叫んで、少女の肩を掴み、揺さぶった。
信じられない。俺の妹が生きている。目の前にいる!
少女はその手を押しのけた。そして戸惑いながら言った。
「私は麻里じゃありません。島原和泉です」
俺は我に返り、沈んだ声で呟いた。
「すまない……遂、似ていたから……」
そうだ、麻里が生きているわけがない。麻里はあの時・・・。
俺は過去を振り払い、少女に声を掛けた。
「怪我はしていないか?俺たちが来たからもう大丈夫だ」
和泉は気まずそうに呟いた。
「あの……これは……」
俺は和泉が差し出した右手を見た。
「…………」
和泉の右手はかなり出血していた。噛み傷らしい。どうやら既に噛まれてしまったようだ。
「……とにかく手当てだ。何処か安全な場所があるといいんだが……」
「それなら十階の社員食堂があります。あそこならシャッターもありますし、多分ゾンビも居ないと思います」
「ゾンビね……ピッタリだな」
ゾンビか。映画だけだと思っていたが、今考えれば実在したという事になる。認めざるを得ない。
「分かった。行ってみよう。準一、六人を無線で呼んでくれ。十階に向かうぞ」
俺は和泉を背負い、階段へと歩き出した。
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