そんなわけで妹になりました ~ お姉ちゃんなんだから婚約者を譲ります ~
読んでいただきありがとうございます。
きゃー。ようやくよ♪
今シーズン最後の大きな夜会。
ホールの真ん中で、私は妹を連れた婚約者と向かい合っている♪
さあ。リチャード様!叫んで頂戴。
「オルコット公爵令嬢 カノア!本日をもってお前との婚約を破棄し、シャーロットと婚約を結びなおす」
「はい!喜んで」
私は、大きく右手を上げて返事をする。
「わー。お姉さま、私に殿下を取られたから、強がってますのね~。」
いやいや、ひとつも強がってなどいないけど。
シャーロットが、私の婚約者のリチャード殿下を欲しがるのは分かっていた。
今までも、ウサギのぬいぐるみ、お気に入りのリボン、おばあ様がくれたイヤリング他にも沢山。
お気に入り全部を、シャーロットは欲しがり、お母様もお父様も味方につけて、すべて奪っていく。
私の赤みのある髪と、ターコイズブルーの瞳を欲しがって、髪を引きちぎられそうになった時は、さすがに両親も止めたけど。
「そんなお姉さまには、リチャードから、国外追放のプレゼントがあるのよ~。」
「おいシャーロット、カノアには側妃になってもらわねば困る。シャーロットは、王妃教育を何も受けていないのだぞ」
「リチャード様、お姉さまにできることなど、この私にも他の者にも、誰にだってできますわ」
「しかしだな」
リチャード殿下が、ちらりと私の方を見てウインクする。
うー。背中が寒い。
リチャード殿下は、なにしろ女子が大好きで浮気性だ。
その上、私を都合よく働かせようとする、計算高くて腹黒いところも持ち合わせている。
好きじゃないのよね、そういうところ。
計算高いところは、国王になるには必要な要素なのだろうけど。
「はいはい。国外追放で全然問題ありません」
私は両手を上げて、問題ないことをアピールする。
シャーロットは絶対に私を追い出すと思っていた、なにしろ私の不幸が何より好物なのだから。
そしてそんな私は、婚約破棄と国外追放を見据え、ちゃんと準備をしてきた。
個人資産で、隣国に大きな商会を運営しているし、そこに行くまでの手配も万端だ。
「いや、婚約を結びなおすとはいえ、今まで国に尽くしてきたカノアを、国外追放などできない、俺の側妃になってくれ」
キャー。姉妹両方とも手に入れようなんて…………気持ちわるい。
近づいて来るリチャード殿下と、距離を取りながら後ずさる。
「リチャード殿下、先ほど未来の王妃になられる、シャーロット様が、皆の前で国外追放だと宣言したのです、もう取り消すことはできませんわ」
…………くぅ~。なんなのよ、さっさと私を開放しなさいよ。
ダン!
ホールの大きな扉が勢い良く開き、一時退席されていた、国王陛下がお戻りになった。
ま まずい!国王陛下がお戻りになる前に、逃げようと思ってたのに。
「何をしているリチャード!」
「父上、私はシャーロットと婚約を結びなおし、カノアを側妃に迎えたいと思います」
……………………。
国王陛下は厳しい表情のまま、リチャード殿下を睨みつけている。
「はあ。お前は馬鹿ではないと思っていたのだが、親の欲目だった様だ」
国王陛下が、家臣に耳打ちをする。
私は、今のうちにこっそりと…………。
そっと、そっと後ずさり。
「皆様、今の王太子殿下の宣言は、今シーズン最後の夜会での、イベントでございました、お楽しみいただけましたでしょうか」
会場が大きく騒めく。
「まあ、イベント?それではカノア様が王太子妃のままですのね、良かったわ」
「本当だよ、あの次女じゃな~。」
「イベントとはいえ、婚約破棄なんて趣味が悪いですわね」
「ごまかしたんじゃないの?」
「皆様、少し時間は早いですが、本日の夜会はこれで終了です、気を付けてお帰り下さい」
「なお、オルコット公爵家の皆さんは、お残り下さい」
騎士達に追い出されるように、ホールに居た貴族たちが、出口に進む中、シャーロットがリチャード殿下に掴みかかる。
「ちょっと、イベントってなによ?リチャードは、私と結婚するんでしょ~。」
まだホールから出ていなかった、貴族たちが一斉に振り返る。
わー。頑張れシャーロット!いいぞ!
あの子が注目を集めているうちに…………。
こっそりと庭に降りたところで、私は王妃様に掴まった。
「カノア。どこに行くつもりなの?悪いようにはしないから、一緒に来てちょうだい」
王妃様に連れられて、ホールに戻ると、貴族たちの姿は無く、国王陛下とリチャード殿下、騎士に押さえつけられているシャーロットと、青い顔で何とか立っている、お父様とお母様。
王妃様が、国王陛下の隣に並ぶと、陛下が口を開いた。
「これは国王としての決定だ、不服申し立ては受け付けない」
回りの者が、ごくりとツバを飲む。
「国王陛下は、ゆっくりと皆を見回し、リチャード殿下で目を止めた。
「リチャードお前は、その娘と結婚し、オルコット公爵家に婿に行け、それが嫌でも王席にお前の席は無い」
「父上、なぜです。父上に子供は私しかおりません、誰がこの国を継ぐのです」
「んーーーーーー。んーーーーー。」
騎士に口を押えられている、シャーロットは、んーんー叫び、リチャード殿下の顔はもう真っ白だ。
「少なくともお前ではない、私も王妃もまだ若く健在だ、お前以外に跡継ぎを儲けることも可能だ、授からなくとも、血縁の中から優秀なものを選ぶ」
リチャード殿下が、がっくりと膝を付く。
国王陛下は、お父様に目線を向ける。
「オルコット公爵、私の息子を押し付けて悪いが、今回の件はそなたの娘にも原因がある。十分な支度金を持たせるので、リチャードを頼む、そして今までの子供たちへの自身の関りを振り返るといい」
王妃様が、そっと国王陛下の腕に手を添えた。
「オルコット公爵、私達もリチャードを、王太子としてしっかり教育できなかった罰は、役割を果たした後、ちゃんと受けるつもりです」
凄い、盛り上がってますけど、私はどうしたら。
ん…………。やっぱり隣国に逃げよう。
私が後ろに足を引くと同時に、国王陛下が、私に向き直る。
「カノア。リチャードが申し訳ないことをした」
国王陛下と王妃様が頭を下げる。
「いえいえ、私はひとかけらも、傷ついておりませんので、謝罪は要りません。希望が叶うのであれば、オルコット公爵家とは縁を切り、この国を出たいと思っております」
「まあ、カノア。そんなにまで」
王妃様が目を潤ませて、私を優しく抱きしめる。
王妃様…………出て行きづらくなりますので、そんな顔しないでください。
「カノア。オルコット公爵家と縁を切ることは、国王である私が認めよう、しかし国を出ることだけは、考えなおしてくれ」
「国王陛下、私のことは心配いりません、一人でも隣国で生きていけますから」
「カノアに出ていかれると、国が困るのだ、ロッソ辺境伯に私の甥がいる、23歳と少し年は離れているが、やさしい男だ、カノアには、私か後見人となるから、是非嫁いで欲しい」
「いえいえいえ、国王陛下の後見などとんでもない」
国王陛下の申し出を断ると、陛下は黙って手を上げた。
近くで見守っていた第一騎士団長が、敬礼する。
「は!私が責任を持って、カノア様をお連れします」
んあ?
「カノア、先ほど言った通り、これは国王命令で、不服申し立ては一切受け付けない」
国王陛下が、にやりとほほ笑んだ。
!!!
えー。それは、シャーロット達だけじゃないの?私もなの?
騎士団長は驚く私を担ぎ上げ、大股でホールを進む。
「いやー。王妃様助けて~。」
「カノア。リコスはいい子だから大丈夫よ~。」
えー。だって辺境伯って、ゴリラみたいな大男じゃないの?
私は、すらっとした、色白メガネが好きなんですけど~。
「降ろして~。」
私の叫び声もむなしく、私はロッソ辺境伯に連行された。
✿ ✿ ✿
二日間馬車に揺られ、私はロッソ辺境伯に到着。
自然が多くて素敵な所、王都より少し南に下っているためか、見たことのない果物や、鳥もいる。
私は二日間馬車に揺られて、少しだけ前向きになった。
「はあ~。自然豊かで、良いところね~」
ここなら、隣国にある私の商会も近いし、まあここで暮らすのもいいかも、リコス様も、いわくつきの公爵令嬢を押し付けられて迷惑でしょうし、契約結婚の申し込みをしてみようかしら。
そんなことを考えながら、ロッソ辺境伯領を進んでいると、大きな門が見えて来た。
ロッソ辺境伯の住まいは、古城を使用しているようで、見上げるほど大きい、そして、屋敷までのストロークが長い。
馬車は門前で止まり、私は馬車を下りた。
屋敷の玄関まで行ってくれないの?
門番と共に現れた、銀髪で細身、色白で黒ぶちメガネの男性が騎士団長に頭を下げる。
あら、素敵。
「第一騎士団長様、長旅ご苦労様です」
わあ。声もいい。
この人は誰かしら、書類を抱えているし、事務官の人かしら、それとも参謀?
私がじっと彼を見つめると、銀髪メガネさんは、恥ずかしそうに目をそらした。
団長さんは、銀髪メガネさんと、何やらこそこそ話した後、私に向かって大きく手を上げた。
「では、カノア様!頑張ってくださいね」
団長さんは、満面の笑みを残して帰って行った。
✿ ✿ ✿
リコス・ロッソ辺境伯 視点
「第一騎士団長様、長旅ご苦労様です」
「リコス様、お久しぶりです、お元気でしたか?」
「ああ、変わりないが、王家は何を考えている、先触れも昨日届いたばかりだ」
「いや、手紙の通り、リチャード殿下がついにやらかしたんですよ、婚約者であったカノア様を、隣国に逃がさないため、リコス様に白羽の矢が立ったのです」
「はあ~」
俺はため息をついて、連れてこられた公爵令嬢に目を向ける。
令嬢は、真直ぐなキラキラした瞳で俺を見ていた。
全く目をそらさない令嬢に、恥ずかしくなり自分から眼をそらす。
…………なんて奇麗な瞳だ。
「や、しかし王都暮らししか知らない公爵令嬢が、貧しい辺境伯の地で過ごすなど、無理ではないのか」
「まあ、ご自分の眼で確かめてください、カノア様はただの公爵令嬢ではありませんから」
「ただの公爵令嬢ではない?なんだ武術に長けているのか?」
「いえいえ、直ぐに分かると思いますよ」
騎士団長はそう言って笑うと、令嬢に向けて大きく手を振る。
「では、カノア様!頑張ってくださいね」
団長は満面の笑みで馬車に乗り、帰って行った。
改めて令嬢と向き合う。
この小柄で華奢な令嬢の、どこがただ者ではないのだ…………。
まあ、この坂道を歩いたら直ぐに音を上げて、帰りたいと言うだろう。
既に帰りの馬車は、玄関先に準備してある。
「ご令嬢、ここから屋敷までは、歩いていかなければならないが、夜会用の靴では無理であろう、このまま……」
「はい!」
令嬢は、俺の言葉を遮り、真っすぐに手を上げた。
「実は、私夜会で妹が暴走するだろうと思っていたのです、ですので…………。逃走用に、靴はペタンコの歩きやすい靴を履いておりました」
令嬢は、ドレスの裾を少し上げ、俺に靴を見せる。
なんと細い足首だ。
「なので、お気遣い無用です、屋敷に歩いて向かいましょう」
令嬢は、ドレスを少しだけ持ち上げ、さっそうと歩きだす。
「いや、大丈夫なのか?」
「まあ、優しいのですね、私はこう見えて、体も鍛えていますからご心配なく。それより、銀髪メガネさんは、ロッソ辺境伯の参謀なのですか?」
「ま まあ、その様な者だ」
「そうですか、でしたら少しだけ、いろいろ教えていただきたいのですが、来る道筋は殆どが葉の生い茂る雑木林ばかりでした、いざ戦闘となった時、森に紛れた敵に襲撃されかねませんし、平時も野盗などの隠れ家になってしまいます」
「しかしあの街道は…………。」
「そうですよね、森が無いと土砂崩れや、地盤の脆弱化につながります。ですので植える木を、ちゃんと整備するのはどうでしょう。アオダモやオリーブがおすすめです」
「アオダモやオリーブ」
「アオダモやオリーブは枝が細く、葉も生い茂らないですからある程度見通しも効くし。ん~、オリーブは落葉樹じゃないですけど、葉は細いし、実がなります」
令嬢は自慢げに人差し指を立ててにっこり笑う。
「オリーブの実は潰してオイルを作ったり、実を塩漬けやオイル漬けにして食べることも出来ますから、やっぱりオリーブが良いかな、手入れをする人が頻繁に立ち入れば、不届き者も住みつきませんし」
「確かにそうだな…………そのオイルや、実の加工品は産業にもなるか?」
「もちろんです、雇用にもつながりますし、領内の産業が一つ増えますね」
令嬢は、息を切らすこともなく、あんなにしゃべりながら、俺と同じスピードで進む。
鍛えてるとは言うのは、嘘ではないようだ。
「あーーー。」
令嬢は道端に生える、白いビラビラしたキノコに駆け寄る。
ドレスが汚れるのも気にせずに、ビラビラをむしり取り、匂いを嗅ぐ。
「おい、知らない植物に、安易に触れない方がいいぞ」
「これはハナビラダケというキノコですよ、隣国では好んで食べられています」
「なに?これは食べれるのか?」
「もちろんです、バター炒めや卵とじ、スープなんかにも入れますね、こりこりした食感で、美味しいですよ」
令嬢は、裾が汚れたドレスで、ハナビラダケを両手に握り、ニコニコ笑っている。
頬の土汚れを気にすることなく笑う彼女に、俺も笑顔になった。
「頬に土がついたぞ」
「あら、どちらですか?」
彼女は、キノコを持ったまま自分の頬を拭い、土はさらに広がった。
「ははっはははは、カノア嬢は、本当に王都育ちなのか?」
思わず、声を上げて笑う。
「はい、王都でしか暮らしたことがありませんが、両親は妹ばかりかまっていましたので、私は自由に好きなことをして過ごしていました」
俺は、ハンカチを取り出して、カノア嬢の頬を拭う。
「名乗らずにすまなかった、そしてカノア嬢のことを知りもしないで、決めつけていたこと許してくれ、俺はロッソ辺境伯当主のリコスだ」
カノアは、眼を大きく見開いてから、ハナビラダケを自分のハンカチに包み、地面に置いてから、綺麗なカーテシーをした。
「私こそ、見た目で参謀様などと決めつけてしまい、すみませんでした。この度王命にてリコス様に嫁がせていただくことになりました、カノアと申します。どうぞよろしくお願いします」
「頭を上げてくれ、カノア嬢。こちらこそよろしく頼む」
俺が手を差し出すと、カノアは、ドレスでパンパンと自分の手を払い、頬を染めて、俺の手を握った。
小さくて暖かな手だった。
それから俺は、カノアに王都の問題児を押し付けられたと思っていたこと。
王都の令嬢など、少し歩かせれば直ぐに根を上げて、帰りたいと言うだろうと勝手に思い、玄関先に帰りの馬車を準備していたこと。
ペタンコの靴を履いていて驚いたことなどなど、すべて素直に話した。
「私も、辺境伯様に向かって、名乗りもせず、聞きもせず。その…………銀髪メガネさんなどと、お呼びしてしまい。そしてあのあの、私も辺境伯様は、ずっとゴリラみたいに大きくて、乱暴者だと勘違いしておりました」
「ははは、では、お互い様だな。カノア。私のことは名前で呼んでくれ。来てくれた令嬢が、カノアで良かった」
「はい。私もリコス様が好みのタイプで良かったです」
「な!」
見目が良いことは自覚していたが、面と向かって好みのタイプなどと、言われたことは初めてだ。
しかも、むちゃくちゃかわいい笑顔で…………。
俺が顔を赤くすると、カノアも自分の発言に気がついたようで、みるみる顔が赤くなる。
気がつけば、俺はカノアの手を握ったままだ。
男ばかりの中で育ってきて……女の子は直ぐに泣くし、キャーキャーうるさいし、苦手だった俺は、家族以外の令嬢とのかかわりを避けて過ごしてきた。
どうする?手を離した方がいいのか、何と言って離せば…………。
とにかく彼女には気に入られたい。
見目はタイプらしいが、中身も頑張らねば。
✿ ✿ ✿
カノア 視点
「はい。私もリコス様が好みのタイプで良かったです」
「な!」
!!! 私ったらなんてことを。
顔が熱い。
今すぐ両手で顔を覆いたいけど、右手はまだリコス様と繋いだまま。
むちゃくちゃ、がっちり握られているけど、どうすればいいの。
しばらく手を握ったまま、ふたりとも真っ赤な顔で立ち尽くしていると、遠くからリコス様を呼ぶ声と、足音が聞こえる。
「おーい。リコス!何してるんだ」
坂の上から、まさにゴリラみたいに大きな男性が、駆けおりてくる。
「なんだ真っ赤で手をつないでるぞ!」
ゴリラさんの声で、漸くリコス様は、私の手を離す。
「いや、シグナス!これはだな」
ぷっ。
こんなに強面なのに、白鳥さん。
「あー。奥様!俺の名前で笑いました?」
私にシグナス様の顔が、グンと近づくと、リコス様がシグナス様との間に割って入った。
「おやおやおや」
シグナス様が、ニヤニヤした顔でリコス様を見る。
「初めて会う令嬢に対して、お前は距離が近すぎるんだ!」
「はいはい。喧嘩でもしたら仲裁に入ろうと思ってきたんだが、余計なお世話だったみたいだな」
シグナス様は頭をガシガシと掻いてから、背筋を伸ばし、私に礼を取る。
「奥様、お初にお眼にかかります、ロッソ辺境伯で参謀を務めます、シグナスと申します。以後お見知りおきを」
ゴリラさんが参謀…………。
「あー、カノア。シグナスは私の母方の従妹で、こう見えて、勘もいいし頭も切れる」
リコス様の話を聞いて、頷いた私は、シグナス様の挨拶に応える。
「王命で参りましたカノアです。これからよろしくお願いします。それと奥様ではなく、私のことは名前で呼んでいただいてもいいですか?」
「畏まりました、カノア様。お疲れでしたら俺が担いで、屋敷までお運びしましょうか?」
シグナス様が私に手を差し出すと、リコス様が私の腕を引く。
「カノアは鍛えているから、シグナスに抱えてもらう必要はない、ここまでも俺と変わらぬペースで歩きながら、雄弁に領地運営の話をしながら来たのだぞ」
睨むリコス様を見て、シグナス様がお腹を抱えて笑う。
「ははははは、やー。良いもの見せてもらった、こんなリコス初めてだ、カノア様は、ただ者じゃないな」
「いえいえ、ただの令嬢ですよ、でもご縁があってリコス様に嫁いだからには、この領地を繁栄させるため、最善を尽くしますわ」
「お。いいね~リコスにどんな提案をしたんだい?」
私は、足元に置いたハンカチを拾い上げて、シグナス様に差し出す。
覗き込んだシグナス様から変な声が出る。
「ぎょ…………キノコじゃないか、俺苦手なんだよ、その上これは毒キノコだろ?」
「いいえ、食べれます。隣国では好んで食べていますから、領内にたくさん生息しているなら、隣国に売ることもできますね、この国の王都に出るより、輸送も短く済みますから」
私は、周囲をきょろきょろと見回す。
さっき確か…………あった。
「あの、黄色の実が地面に沢山落ちている木は、マルメロですか?」
「ああ、あれは先々代が、棘がある木だから屋敷の防衛にと植えたみたいだが、大きくなったら棘は無くなるし、実はぼそぼそした食感で不味いときたもんだ」
「マルメロの実は、生では美味しくないですけど、シロップ漬けにしたり、ジャムにしたりすると美味しいですよ。果樹酒にも使えます」
「おう。カノア様は物知りだな、そしたらその加工品なんかも作って売ったり領地で使えるな、隣国に売るとすれば、商会が手を貸してくれるといいんだが…………。」
「はい」
私は、大きく手を上げた。
「もしかしてカノア、隣国の商会にも伝手があるのか?」
「コーカノア商会は私の商会です」
ふたりの眼が零れ落ちそうなほど、大きく開く。
「隣国で一番大きな商会が…………。」
「カノアの商会なのか…………。」
「ええまあ、なのでリチャード殿下に婚約破棄してもらったら、隣国に逃げようと、何年も前から準備していました」
ニッコリ笑う私の顔に、今度はリコス様の顔が近づく。
うぅ~。好みの顔が近すぎる。
「…………この愛らしいカノアの中に、どれほどの能力が詰まっているのだ」
美丈夫。近距離。誉め言葉!
初めての出来事に、私の胸はバクバクと踊り出し、クラっと眩暈がした。
私の体がぐらりと揺れると、リコス様は、書類をシグナス様に押し付けて、すかさず私を抱き上げる。
「すまない、カノアが鍛えているとはいえ、長い馬車旅の後に無理をさせた、直ぐに屋敷に向かう」
くー。そうじゃないんです、リコス様。
リコス様の、洗練されたお顔のせいです。
んーーーーーー恥ずかしい。
何気に触れた、リコス様の胸板は、こんなに細身に見えるのに、がっしりしている。
思わずポンポンと叩いて確認すると、私を見下ろすリコス様と眼があう。
リコス様は、真っ赤になった私の顔を、隠す様に自分の胸に抱き込むと、凄い勢いで走り出した。
あっという間に、屋敷の玄関にたどり着くと、そこには仁王立ちする女性の姿。
「リコス様!シグナス!せっかくいらしてくれたカノア様に、何をしてるの!追い返す馬車なんて私が許さないからね!」
女性は、リコス様に抱えられた、土汚れのついた私を見て、シグナス様の横腹にパンチをお見舞いする。
「ウガ!」
「あんたがついていながら、どうしてこんなことになってるの!」
鬼の形相でシグナス様を睨みつけた女性は、くるりと私に振り返り、にっこりと微笑んだ。
「カノア様。ちょっとお顔を見せて下さいね」
そう言うと、女性の暖かな手が私の頬を包み、首元に触れてから、眼の下を引いて確認する。
「取りあえず大丈夫そうね」
女性は、私から一歩下がり、綺麗なカーテシーをする。
「急な無礼をお許しください、私はシグナスの妻、エルダです。今日からカノア様の身の回りのお世話をさせていただきます」
「あ。あのエルダ様、こんな格好ですみません、リコス様に嫁ぐことになりました、カノアです。よろしくお願いします」
「まあ、かわいい♪カノア様歩けますか?お風呂を準備していますので、まずは体をほぐしましょう」
「はい。先ほどめまいがしてしまって、リコス様に抱えていただきましたが、もう大丈夫です」
私が、リコス様の腕から降りようと身じろぐと、リコス様の腕に力が入る。
「倒れては大変だ、俺が連れて行く」
「「ははははは」」
私を離さないリコス様を見て、シグナス様とエルダ様が声をそろえて笑う。
「なー。こんなリコス見るの、初めてだろ」
「あらあら、まあまあ。とにかくカノア様に、休んでいただける様にするのが最優先よ」
エルダ様の号令で、私は準備していただいたお部屋に運び込まれ、エルダさんにピカピカにしてもらった。
ゆったりとしたワンピースに着替えた後、エルダさんが深緑色の暖かな飲み物を持ってやってきた。
「カノア様、私はロッソ辺境伯家の薬師でもあるんです。これは少し苦いですが、疲労回復と貧血に効く煎じ茶ですから、残さず飲んでくださいね」
私はこくりと頷いて、コップに口をつける。
「ぬぅ。…………苦いですね」
「ふふふ、でも効果は抜群ですから」
エルダ様は、私の隣に座りそのまま私を抱き寄せた。
「こんなに若くて、王太子の婚約者だったのに、どうして貧血と栄養不足なのです、どんな苦労をしてきたのです」
そう言いながら、エルダ様は抱き寄せた私の背中を摩る。
「ここでは、一人で頑張らなくていいのですよ、男たちが頼りなくても、私が守ってあげますからね」
エルダ様の言葉に、自分でも気がつかなかった感情が溢れだす。
ボロボロと、あふれる涙が止まらない。
小さな頃から、オルコット公爵家では、シャーロットばかりが優先されて、私の居場所は無かった。
両親は、私がおとなしくさえしていればよくて、無関心。
身の回りの物も、食事も与えては貰ったが、好きなものはシャーロットに奪われ、一緒に食べる食事は、味がしない。
美味しくないから、たくさん食べられず、いつも私は空腹だった。
リチャード殿下との婚約が決まった後は、シャーロットがリチャード殿下を欲しがることを利用して、婚約を破棄し隣国で暮らすことだけを希望に頑張り続けた。
王都では、誰も頼れる人が居なかった。
溢れだした感情に、私は声を上げて泣いた。
エルダ様は何も言わず、私が泣き止むまで、背中を摩ってくれて、涙が治まると、煎じ茶を飲み干す所を確認して、エルダ様は部屋を出て行く。
その後も、エルダ様はこまごまと私の世話を焼いてくれて、昼も夜もお腹に優しい食べやすいものをと、特別メニューを部屋に運んで、一緒に食べてくれた。
お腹がいっぱいになった私は、とにかく休むようにと、ベッドに押し込まれる。
……………………。
私はベッドに横になりながら、月の明かりも星の明かりもない、濃紺色の空を見つめる。
…………少しだけ、リコス様瞳の色に似ているわね。
お部屋に運んでいただいてから、お顔が見えないけれど、どうしているかしら。
私を追い返すつもりだったことに、少し驚いたけれど。
…………私、ここにいてもいいのよね。
リコス様の笑顔を思い出し、頬が熱くなる。
恥ずかしくなって、布団を頭まで被ると、小さなノック音が聞こえた。
「エルダ様?」
「いや、俺だ。まだ起きているなら、こんな時間に申し訳ないが、少し話せるだろうか?」
「はい」
私は慌ててベッドから出ると、ルームカーディガンを着てドアを開ける。
リコス様は私の姿を見て、恥ずかしそうに俯いた。
「夕食にも顔を出さなかったから心配でだな…………そしてどうしても、今日中に気持ちを伝えた方が、いいと思ってだな」
両手でホットミルクをのせた、シルバートレイを抱え、ぼそぼそと話すリコス様がかわいらしくて、思わず頬が緩む。
「ホットミルクが、冷めないうちにいただきます」
「ああ」
リコス様は嬉しそうに顔を上げ、部屋に入る。
並んでソファーに座り、ホットミルクを一口飲んでから、リコス様は私を真っ直ぐに見つめて話し始めた。
「俺は18の時に、事故で両親を同時に失い、それまで剣の腕ばかり磨くことに邁進していた俺が、領地のこと、騎士団のこと、使用人のこと全部を、一気に考えなければならなくなった」
私は、リコス様の眼を見たまま頷く。
「がむしゃらに進む俺を、シグナスとエルダが支えてくれた」
「素敵な二人ですね」
「ああ、あの二人がいなければ、今の俺は無い」
「大切な家族ですね」
私がそう言うと、リコス様は私の手に大きくて暖かな手を重ねた。
「今日あったばかりで、追い返そうなどと失礼な態度を取った俺だが、明るく聡明なカノアに心惹かれた。王命など関係なく、共に過ごしてもらえないだろうか」
私は、真剣なリコス様の眼に息をのむ。
「夫婦になるのは、お互いの気持ちが、寄り添った時でいい」
私もリコス様の手に自分の手を重ねる。
「正直に言えば、私は家族というものがわかりません。でも、リコス様の手の暖かさや、エルダ様の苦い煎じ茶やシグナス様の笑顔に、嘘偽りがないことは分かります」
リコス様は、大きく肯いた。
「不器用な私ですが、共に時間を重ねさせてください」
返事と共に、私はリコス様の腕の中に閉じ込められた。
暖かい。
ほっと息をつくと、少しだけ開けていた、ドアが大きく開かれて、リコス様の叫び声が上がる。
「いたたたた」
見上げると、リコス様は、エルダ様に耳をつまみ上げられている。
「こら!リコス様。レディーの部屋に入り込んで何をしているのです、王命があるとはいえ、婚約式もまだなのに」
エルダ様は、テーブルのホットミルクに目を止める。
「ふん。仕方ないですね、このミルクを飲むまでは、部屋に滞在を許しますが、こちらのソファーにお掛けください」
リコス様は、エルダ様に耳を引っ張られたまま、向かいのソファーに移動する。
ミルクを飲み終わるまでの間、三人でいろんな話をして、初めての辺境伯での夜が過ぎて行った。
✿ ✿ ✿
あの後私達は、正式に婚約を結び、領地の改革や隣国との貿易に、皆で力を合わせて取り組んだ。
早いもので、あの日から既に三年の月日が流れた。
雑木林だった森は、オリーブ畑に生まれ変わり、領内にはマルメロやオリーブを加工する工場ができ、みんな元気に働いている。
最近では、山に群生していたハナビラダケの塩漬け工場と、オリーブオイルに香料を入れた、ヘアオイル工場も建設中。
更に、コーカノア商会は、王国内での支店の立上げ、オリジナル商品の販売を中心に、さらに大きな商会へと育った。
そんな忙しい中、私とリコス様は、国王陛下に王都に来るよう呼び出されて向かっている最中。
この三年間の業績を評価し、お祝いしてくれると言うのだが。
「んー。王都にわざわざ行かなくても、お祝いを送ってくれるだけでいいのに」
「まあまあ、新婚旅行だと思って楽しもう」
リコス様は、ほほを膨らます私のおでこに、キスを落とす。
私達は、領地経営が軌道に乗ってきたことから、結婚することを決め、その結婚式を、三か月後に控えている。
ロッソ辺境伯の小さな教会で、式を挙げる予定だ。
領内の街道を馬車で走ると、領民が畑仕事の手を止めて、手を振ってくれる。
「リコス様は、相変わらず領民に人気ね」
「カノアもだろ」
たわいもない話をしながら、私達は2日間の馬車の旅を終え、王宮に足を踏み入れる。
騎士に案内され、庭の見えるゲストルームで待っていると、国王陛下と王妃様が現れた。
ふたりで立ち上がり、礼をすると、いきなり王妃様に抱きしめられる。
「カノア、会いたかったわ、少しふっくらして、綺麗になったわね、顔色も良くて安心したわ」
「王妃様、お久しぶりでございます」
「ははは。王妃よ、落ち着きなさい、カノアはもう三年前の、子供ではないのだよ」
「もう。貴方ったら、少しぐらいいいじゃない、娘に会えて嬉しいのよ」
王宮の侍女が、静静とテーブルに、紅茶やケーキを並べていく。
「まあ、まずはお茶でも飲もう、長旅で疲れただろう」
4人でテーブルに着き、お茶を飲み始めると、国王陛下が口を開いた。
「今日、ふたりにわざわざ王都に来てもらったのには、ひとつ大事な相談があってのことだ」
私達は、国王陛下の真剣な声に、背筋を伸ばす。
「リチャードを王族から抜いて以降、残念ながら私達二人は、子供を授かることが叶わなかった」
「それで私達は決断したの、血縁の中で、最も優秀なものを王太子に迎えようと」
「リコス。お前達のこの三年間の働きは、次にこの国を率いて行くに申し分ない、この役目、受けてもらえないだろうか」
「正直に言えば、私達は三年前のあの日、カノアをあなたに託すと決めた時から、こうなることを望んでいたの」
リコス様は、テーブルの下で私の手をギュッと握る。
答える様に、私はリコス様の手を握り返した。
私はリコス様と共に歩むことを決めている、それが辺境の地であれ王宮であれ、揺るぎはしない。
「お引き受けいたします。カノアとならば、お二人から引き継ぐこの国を、共に守り、発展させることが出来ると思います」
王妃様は、胸の前で手を合わせて、ハラハラと涙を流す。
「決心してくれてありがとう。私達も二人がより良い環境で、国を率いて行けるよう尽力しよう」
「ロッソ辺境伯の後継としては、ドレイク伯爵のシグナスを考えている。彼になら、ロッソの地を任せても問題ないだろう」
「あなた達、三カ月後には結婚式の予定なんでしょ、厄介な手続きはこの人に任せて、私達は式の準備を進めましょう」
王妃様は、国王陛下の背中をバンと叩く。
それからの私達は、目の回るような忙しい毎日になった。
✿ ✿ ✿
王都でのいろんな行事や公務を終えた私は、ロッソ辺境伯領の小さな教会の大きな扉の前に立っている。
「まーほんと、あんな大きくて盛大な式を挙げた後に、どうしてこんな、ちっぽけな教会で式を挙げなおしたいなんて言うかね、カノア王太子妃様は変わってるよ」
照れ隠しに、大きな声で悪態をつく、私のお兄様の腕を取り、私は扉を潜り身廊を進む。
リコス様を、国王陛下の正式な養子とするため、王家が預かっていた私の貴族籍を、ロッソ辺境伯に移したのだ。
だから私には、シグナス兄さまと、エルダ姉さまという家族が出来たのだ。
「俺の妹はでしょ。お兄様」
私がシグナス兄さまを見上げると、兄さまは顔を赤くして、さらにガシガシと頭を掻く。
私達は、リコス様の元に行く前に、身廊の真ん中くらいで待っている、エルダ姉さまの前で立ち止まる。
私が左手を差し出すと、レースのグローブに、エルダ様が、ひと縫い針を通す、針には家門の色糸がついていて、針を抜いた糸を、送り出す家の母親や姉が結び、花嫁の幸せを願う。
ロッソ辺境伯領に受け継がれる、結婚式のジンクスだ。
「カノア。離れていてもずっと家族よ」
急に緊張した面持ちのシグナス兄さまと一緒に、リコス様の元に向かう。
お兄さまは、リコス様の肩をガシリと掴む。
「リコス、妹を頼む」
泣き出した、シグナスお兄様の手から、リコス様が私の手を取ると、厳かなオルガンの音と共に、4人だけの結婚式が始まった。
式を終え、4人で教会のドアを開けると、そこには沢山の領民たちが待っていた。
お祝いの言葉と共に、色とりどりの花びらが舞う。
私とリコス様は、みんなに手を振って応える。
お姉ちゃんなんだから、婚約者を妹に譲ったら、大切な家族が出来ました。
~ 終わり ~
ちなみに、オルコット公爵家は、散財する若夫婦に財産を食いつぶされて、みんなで夜逃げし、公爵家は取り潰しとなりました。
(*^-^*)
カノアに暖かな家族が出来て、良かったなと思っていただけたかたは、リアクションなどいただけると嬉しいです。




