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夫婦とりかえ物語〜秘密の入れ替わりデート〜  作者: 関根るり


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3/4

3 勧誘

香織は、均の妻である。


香織は、混み合うコーヒーショップのテラス席でコーヒーを飲む女性の前を通り過ぎようとした。


その女性が視界の端に、引っかかって剥がれない。振り返ったら、失礼かと思ったが、振り返らずにはいられない。


スマホを見るフリをしながら立ち止まって、ゆっくりと振り返る。


止まった香織に気づいた女性が顔を上げる。


その顔と目が合った。思いっきりタイミングがあってしまった。顔を見たくて振り返ったのはあからさまであろう。


人違いでした、などの挨拶をして、やり過ごすしかないかもしれない、など考えていた。


しかし、その顔を見て、香織は息を呑んでしまった。


座っている女性が先に口を開いた。


「私たち、似てますね」


照りつける夏の日差しの下だが香織の背中に冷たい汗が流れる。何か見てはいけないものを見てしまったような気分である。


「失礼しました。ジロジロ見てしまって」


香織は申し訳ない気持ちをとりあえず伝える。


その間も、ずっと座っている女性の目を見続けてしまった。


「ちょっと座りませんか」女性に席を薦められて、向かいに座る。


「私たち、そっくりですよね」


プラスチックの椅子を引いて、香織は席につく、正面で同じ高さになり、女性の顔をまじまじと覗き込むように見る。


「何か飲む?」


「あ、私頼んできます」


「いいのよ、きっと私のが年長だから」


「え、いや」


「まあまあ座ってて、アイスコーヒーでいいかしら」


「はい、それじゃ。すみません。アイスコーヒーでいいです。


ありがとうございます」女性は立ち上がってドリンクカウンターに注文に向かった。立ち上がった時に、ふわっと、いい香りが流れた。なぜか少し懐かしい気分に包まれた。


自分とそっくりな女性はアイスコーヒーを買ってきてくれて元いた席についた。


「ありがとうございます。すみません、はじめてあったのに、ご馳走していただいて」


「いいですよ。こちらから声をかけたんだから。お仕事の時間は大丈夫?」


「いつもは早いんですが、今日は、デスクワークだけにしているので、ちょっと余裕がある日なんです」


周りの人たちから見たら、さぞや不思議な光景であろう。そっくりな2人が面と向かって話し合っているのだから。


しかし単に双子であろう、くらいにしか思わないのかもしれない。周りからの視線は感じない。


「お仕事忙しいんですか」


「そうですね。業界もあって、割と忙しい方だと思います」


女性はしっかりとアイロンがかかったワンピースを着ている。洗濯機で洗ってノンアイロンで済むものではなさそうだ。


忙しく過ごしている自分には、身だしなみにそんな手間はかけられないな、と香織は思っていた。


アイロンをかける、なんて信じられない手間だと思う。クリーニングも毎日のこととなれば高額だ。


きっと余裕のある暮らし、丁寧な暮らしをしているのだろう、そんなことを考えながらワンピースを見ていた。


「これ、ポリエステルが多く入って、ノンアイロンなの。洗濯機で洗えて、ちょっと信じられないでしょ」


まさに考えていたことを女性が口にしたので、香織は驚いた。


「え、ほんとですか。そんなワンピース、ちょっと欲しいかも。いいですね」


「アイロンなんて、かけてられないわよ。20世紀じゃないんだから」


「そうですよね。わかります」


「まさか、夫のワイシャツのアイロンがけなんてさせられてる?」


ちょうどそのことを考えていた。香織はたまに夫のシャツにアイロンをかけている。


ノンアイロンのシャツが足りない時、クリーニングが間に合わなかった時、夫が自分でかけたアイロンがあまりに酷かった時だ。


女性は、香織の表情を見て頷きながら、


「それは虐待ね」


と笑った。香織も思わず笑った。


「夫を取り替えたい、って思うことない?」


女性はアイスコーヒーの氷をかき混ぜながら、悪戯っぽく聞いた。


「そんなの年中ですよ。


よその優秀な夫の話よく聞くじゃないですか。そういう奥さんはラッキーだなと思います。


ただ、取り替えたいのか、いなくなって欲しいのかは、ちょっとわからないですけど」


香織も冗談めかして返す。


「優秀な夫も、きっと面倒なことがありそうじゃないですか」


「そうよね。同じだったりして、みたいな」女性も笑う。


そして


「それなら、自分が取り替えられる、っていうのはどう?」


「どういうことですか?」


「あなたが別人になる、っていうことよ」


「そうですね、それの方が、興味あるかもです」


女性はにこりとして香織の目を見つめた。


「これって何かの勧誘ですか?」香織が女性に聞く。


「そうね、勧誘といえば勧誘なのかも。でもお金をとったり、何かを売りつけたりするつもりはないわ。あなたに興味があるだけよ」


「ふーん」と香織は曖昧に返事しながら女性の顔を見る。鏡に写したようなそっくりの顔が喋り、動いている。しかし左右が反転して見える。鏡では無いからだ。不思議な感覚になる。


「別人になる方法は、女なら簡単で、メイクするだけよ」


「そうですよね。メイクで全然変わりますからね」


「私、いろんなメイクができるし、自分と同じ顔なら尚更上手にできると思うの。メイクさせてみてくれない?」


「これからですか?」


「今日時間あるんでしょ。メイクルームがあるし、面白いと思うよ」


強引でそっくりな女性に半ば流され、香織は渋々承諾する。


「私は、そうね・・・、瞳見よ」


「瞳さんですか。私は香織です。メイクしてみます」


瞳見は誰かに、ビデオ通話をかけた。


「今から家を出るけど、どこで待ち合わせればいいんだっけ?」


そう言いながら、こっちに画面を向ける、香織の顔がカメラに映った。


相手側の画面には見慣れた均の顔が映った。


「え、私のスマホ?」


均が何か考えている


「ああ、えーとえーと、待ち合わせ場所は・・・、え、駅とか?」


画面の中の均が答えた。


「わかったわ、駅ね。9時には着くと思います」瞳見はそういうと、ビデオ通話を切った。


「そういうことだからもうすぐ、夫が迎えにくるわ」


「あなたの顔見てもわかってなかったわね」


瞳見は悪びれもせず楽しそうだ。


「もう、勝手なことしないでくださいどういうことですか」


香織は半ば呆れ、瞳見に詰め寄る


「私たちと、ゲームをしない?」


「私たち?ゲーム?」


瞳見が、香織の方に手をおいて、鏡を覗き込む。


「そう、あなたは、別人になりきる」


ゆっくりと目を見ながら、瞳見は続ける。ほのかに甘い匂いが香織をくすぐる。


「そして、あなたの夫は訳あってあなたを別人だと思い込んで接してくる」


「そんなこと・・・、」


そう言いかけて、さっきの様子を思い出した。もう別人だと、思っているかもしれない。ありえることだ。


「あなたの夫が、あなたに気がついたら、あなたの勝ちよ」


「もし気がつかなかったら?」瞳見がいう。


「それは、その時になってみないとわからない」香織が答える。


香織は、優しく微笑んで瞳見を見る。


鏡の中に座っている美人が頷く。


二人は、これまで来ていた服を交換して着替える。そしてヘアメイクを仕上げる。


「ほんと、別人ね。今日は、瞳見、ってことで」


「そうですね。私でもよくわからなくなります。メイクってすごいですね。この服も軽くて着心地良くて、すみません、お借りしちゃって」


「いいの、いいの。楽しんできて。仕事は、任せといて、うまいことやっておくわ」


「せっかくだから、記念写真撮りませんか?」


香織は、スマホを取り出して、カメラを構えて、二人でポーズをとって記念写真を撮った。


瞳見が、バッグからハンドクリームを出して、手に塗ってくれる。


「なんか、いい匂いがすると思ってたけど、これだったんですね」


「そう?」瞳見は、ハンドクリームが塗り終わった手を、軽く握りながら「おまじないよ」と笑った。


関根るりです。良ければAmazonフォローよろしくお願いします。

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