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夫婦とりかえ物語〜秘密の入れ替わりデート〜  作者: 関根るり


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2 知らない異性と会う

知らない女性に会う、ということに、ひどく緊張している自分に気づく。


ジェンダーレスを叫ばれる時代ではあるけれど、異性と接するのは緊張する。


職場には女性は数人しかいなくほぼ毎日、同性としかコミュニケーションしていない。


定期的に連絡を取り合うような女性の友人ももちろんいない。


女性と何の会話をすればいいのか。


ましてやはじめましての女性と会話をしたのがいつか、もう思い出せない。


そしてはじめましてではない。


高雄、つまり取り替えている今の均にとって妻を迎えに行くのである。


不安が押し寄せてくるが、待ち合わせの時間もまた押し寄せてくる。


「そうだった、連絡先もわからないんだ。遅れたらもっと大変なことになる」


EV車のアクセルをはじめて踏み込む。音もなく車が動き出す。


「そうだった、こんなEV車のSUVを運転してみたかったんだ。いい車だなあ」


道に出て、グッと踏み込むと景色が伸びるような感覚があった。素早い加速のせいだ。


「EVはトルクがあるから最初の踏み込みはゆっくり・・・、


最初の踏み込みはゆっくりだ」


均は、駅へ急いだ。駅に着いた。


通勤、通学に急ぐ人たちで駅はまだ人通りが多い、ターミナルの車よせに止める。


送りの車がひっきりなしに寄せては返す。


車で駅まで送迎している家族って結構いるんだな、などぼーっと考えていた。


すると、助手席の窓をコンコンと叩かれた。


ドキッとして我に帰った。


そうだった、奥さんを迎えにきていたのだ。


心臓の鼓動が早くなり、動悸がする。恐ろしくて、すぐには振り返れない。


またコンコンと叩かれた


「ドア、閉まってるよ」


と外から女性の声がした。


ドアを開けるしかない、決心してドアのロックを解除した。


ここまで来てしまったら、もうやれるだけやるしかない。


「あ、ああ、ごめん」


声が裏返ってしまった。高雄はこんな声は出さないかもしれない。


あたふたとしながら、振り返った。


青いワンピースに白いバッグを持った女性が、真夏の日差しの、眩しい逆光の中に立っていた。


ロックは解除したが、女性は立ったままだ。


どうしたんだろうと均は思って、高雄のことを思い出しハッとする。


運転席のドアを開けて急いで表に出た。


暑い太陽がジリジリと全身を焼くので汗が噴き出る。もちろん、暑さのせいだけではないが。


助手席側に周り、ドアを開けた。


「どうぞ」


「ありがとう」


女性は微笑んで助手席に座った。


均は静かにドアを閉めて運転席へ戻った。ハンドルを握ったまま、声が出ない。エアコンが効かないのかなと思うほどに、汗が溢れる。


何を言えばいいのか


考えるほどに堂々巡りしてしまう。


変に喋れば、すぐに正体がバレてしまう。


また高雄のことが浮かんだ。最初の踏み込みはゆっくりだ。


そうだった。今日は、僕は高雄だ。


少しずつ踏み込もう。


節目がちに助手席の方をちらっと見ながら、やっと、喉から搾り出した。


「あ、暑かったよね」


女性はすぐ、答える。


「暑かったね。ちょっと待ってただけなのに、すごい汗かいちゃった」


パタパタと手で仰ぐような素振りをしているのが目の端に映る。


女性の化粧品なのか整髪料なのか、香水なのか、


均にはわからないがいい匂いが伝わってきた。


高雄が別人であることに、女性が気づいている様子はなかった。


おそらくいつも通りなのであろう自然な様子、の素振りである。


こんな時、どう切り出せばいいのだろうか。均は頭をフル回転だ。


そもそもこれからどうするのだろう。一体なんのために待ち合わせしたのだ。


「今日ってどうするの?」


まさに思っていたことを女性が口にしてしまった。


それは均も聞きたかったことだ。


「どうしようか」


と均なら答えていたかもしれない。


ふと、自分たち夫婦の瞬間が思い浮かんだ。


「そういう何にも決めてない興味なさそうな感じ、よくないよ」


妻に合わせるのは優しさでもあるし、自分で考えるのがめんどくさいからでもあるし、そもそも、何も思いつかない、ということでもある。


高雄ならなんて返すだろうか。女性に丸投げするような主体性の無いことはしないのかもしれない。


相手がどこに行きたいか、気にしすぎていたのかもしれない。自分が行きたいところを言えばいいのかもしれない。


「暑いから、プールに行きたいし、冷たい飲み物でも飲むなんてどうかな?」


なんて答えるだろうか、と思っていたら、思わず先に口からこぼれていた。


「プールか、水着が・・・、」


女性が途中まで言いかけて


「買ってもいいし、レンタルしてもいいか。いいね。プール行こう」


弾んだ様子で、答えた。


「行ってみたかったプールがあるの」


女性が、スマホを取り出して調べる。


「ここなんだけど」


白いパラソルとビーチチェアが並べられた外国のリゾートのような森の中にある落ち着いたプールだった。


「こんなだけど東京の真ん中なの。贅沢じゃない?」


都心の老舗ホテルのプールだった。


「ナイトプールが有名らしいけど、宿泊客もいるからデイタイムからやってるみたい」


いくらなのかな、と頭をよぎったけれど、高雄はそんなことは気にしないのだろうと思った。


「いいね、行ってみようか」


EV車はすごいスムーズだ。タイヤの音が気になるくらい音がしない。


なんていい車だろう。そんなことを思いながら、均は車を走らせる。


車でよかったと思っていた。緊張と恥ずかしさで、顔を直視できない。運転していれば、そんなに女性の方を見なくていいからだ。


しかし、沈黙だ。


知らない女性と一体、車の中でなんの話をすればいいのか。


ぐるぐると考えるが、ますます沈黙である。


そして、ひとつ重要な問題を抱えている。


女性の名前がわからないのだ。


自分の妻の名前がわからない夫がいるはずがない。


高雄の妻の名前、そのくらい教えておいてくれてもいいのに、と均は悪態をつく。


名前、をどうやって聞き出したらいいのか。


異様に喉がかわく。さっきから一言も発していないのに。六本木はまだ通勤の渋滞である。なかなか信号も変わらないし信号が変わっても全ての車が通過しきれない。


何か、話さないと。


何か、話してくれないかな。


自分から名前を言ってくれないかな。


高雄ならどういうだろか。


「そういう女性になんでもお膳立てしてもらおうっていうマザコン男を、マグロ男子っていうらしいよ。それじゃ、マグロが可哀想だよね」


その通りだ。


均は、なるべく自然になるように話し始める。


「本で読んだんだけど、自分の名前の由来を知ると、自己肯定感がアップするらしいよ。


僕の名前の高雄は、


高みを目指して、雄大な心を持って生きてほしい、って言うイメージだと思うんだよね」


窓の外を眺めていた女性も振り返った


「高雄・・・、そうかもね。悪い意味にとらないで欲しいんだけど、昭和の真っ直ぐさが出てるよね。


高く、雄大、って令和の時代だったら気恥ずかしさもあるじゃない」


なんだか、自分が褒められているような気持ちになって、均は自分の自己肯定感こそ上がってしまったな、と考えていた。


「私は瞳見、ひとみだから、よく目をあけてみなさい、っていう意味なのかな」


「そうなんですね・・・。瞳見さんかぁ。


あ、いや、そうなんだぁ」


高雄の妻の名前がわかって、ほっとしてしまった。


「名前で呼んでほしいよね」


瞳見が高雄に聞く。


「え、どういうこと?」


瞳見が続ける、「夫婦でもカップルでも、ママでもパパでもお互いをどう呼ぶか、って大事じゃない?ってことなんだけど。


あなた、とかダーリンとか、なんでもいいんだけど


それって役割の名前、だったり、記号、でしかなかったり、


つまり、取り替え可能だったりするから。


そういうのって、寂しくないですか、って思って」


取り替える、という言葉ができて高雄はドキッとする。心拍数が一気に三十くらい上がる。


しかしそれだけではないだろう。瞳見のメッセージが胸に響いて、動悸がおさまらないのだ。


こういう時、均は、どうしただろうか。照れくさいし、もうその話をやめたいと思っていたかもしれない。何も言わず、車のカーステレオでも着けたかもしれない。


高雄は勇気を出して妻の名前を口にしてみる、なるべく自然になるだろうか。「瞳見、」


「高雄、」瞳見も、答える。


「あらためて、名前を言うと、ドキッとするね」高雄はさらっと今思っていることを口にしながら、


渋滞の信号待ちの中で、瞳見をしっかりと、はじめて見つめた。


目が大きくて、目力がある、魅力的で、素敵な女性だなと思った。ずっと前から知っている人のような気さえした。


「もう少ししたらお店が開くから」


と、車を停めるところを探していた。


都内の車移動は、駐車場探しの旅でもある。


大きな商業施設の地下駐車場へ。


はじめて停めるけれど、こんなに大きな駐車場があるのだな、と思いながら進むと、10分300円の文字。これも、都内の車移動の必要経費なのか、と驚きながら、車を進めた。


お店が開くまでの間、二人はコーヒーショップに入り、他愛もない会話を楽しんでいた。


最近見た動画の話、今朝のニュースやゴシップの話、今日も暑いね、と言う話。


誰だかわからなくても、はじめて会った人でも、


高雄ならきっとこんな風に話しているのだろうと思って続けたら、均にも意外に話せるものだった。


「今日は二人とも休みだから、平日にデートしよう、とは聞いてたけど、プールに行くとは思ってなかったよ」


「すいてそうだし、暑かったから」


急に言われて他に思いつかなかったからが一番の理由ではあったが。


「どんな水着を買おうかな」


これから寄りたいと話していたイタリアブランドの水着のお店をスマホで瞳見が見ている。


指でなぞると次々に流れるのは、鮮やかなカラーで、均には眩しかった。


お店がオープンし、二人は早速見にきたが平日の昼間で他にはお客さんは誰もいない。


均は水着のお店だと思っていたけれど、下着店だったので、入るのに躊躇した。入っても、ドギマギしていた。海外ブランドの商品達はみなカラフルで、これどうやって着るんだろうという物ばかりだった。


「人気のお店でも、平日の昼間ならこんなに誰もいないんだね」瞳見が言う。


「誰もいなくてよかったよ、恥ずかしいよ」


「ご夫婦でいらっしゃる方も多いですよ」お店のスタッフににこやかに声をかけられた。


均はその時、ふと思い出していた。


グラビアアイドルに憧れて育った世代の均は、高校生の時のお正月に書いた将来の夢リストにすごいセクシーな水着を、いつか彼女や奥さんと買いに行ってみたい、と書いていたことを思い出した。


なんてアホな目標だろう、と思ったけれど。今、そんなことが現実になろうとしているかもしれない。


明るい水色の布は小さめだけれど、上品なデザインの水着を瞳見が選んでいる。


「それを着こなしたら素敵だろうね」と高雄は言う。「でも、男性はギョッとするかも」と均が言う。


「モテたいとか、男が喜ぶと思って水着を選ぶわけじゃないのよ」


瞳見は水着を選びながら答える。


「その水着がシンプルに可愛いとかかっこいいとか着たら気分が上がるかな、みたいなことで」


振り返って、高雄を見る。


「そういうの、男性はみんな勘違いしているよね」


高雄は苦笑いをして「失礼しました」と答えた。


お店の人と相談しながら瞳見は水着を選んでいる。その様子をぼおっと眺めていた。


均は、はじめて女性と水着を買いに来たけれど、それがはじめてあった女性とになるとは思ってもみなかった。そんな状況に、心躍っていたのだが、


自分の男性的なファンタジーを見透かされ一喝されたので、静かにしていた。


男性用の水着売り場も申し訳程度に用意されており、自分も水着が必要なことを思い出し、選びはじめた。


際どいビキニタイプのパンツを手に取りながら、これを履くには、腹筋がしっかり割れていないとかっこ悪くてはけないだろうと思った。


均はあまり自分の体型について考えたことはなかったかもしれない。


体型、スタイルが良くないと水着が似合わないのは、男女ともに同じである。


しかし男性が自身のスタイルについてあれこれ言われることは確かに少ない。


また世の中の四十代の男性とは大体そんなものであり、中年太りしている、と思い込んでいたかもしれない。


四十代で緩んでいる男性もいれば同じように緩んでいる女性もいて当たり前だし、引き締まっている男性も女性もいる。千差万別であろう。


二人とも水着を選び終えて、高雄が支払いを済ませる。


「僕の思いつきで、急にプールに行くことになったから。プレゼントするよ」


「ありがとう。それに平日だったからすいてる中で買い物ができてよかったわ」


普段は人でごった返している商業施設であり、ショップだっとしても、平日であればこんなにゆっくりしているなんて、ただ、平日休みをとるだけで都内の見え方も全然違うのものになるんだなと、均は考えていた。


時間もいい頃合いであり、プールへ向かうことにしたが、


その前に、他に必要なものがないかなどプールの情報を調べようと均は思った。平日の空いてる買い物しかり、事前の情報収集と、余裕が大事なんだよね、と高雄の声が頭の中に響いた。


ホテルのプールなのでプールだけ利用するよりも平日ということもあり、デイユースで部屋付きの割安なプランもあった。


もちろん都内のホテルの豪華なプールは元々の値段設定は高い。それが、平日の昼間というだけで、随分とお得なんだな、と均は思った。


ホテル側の都合を考えれば、部屋をただあけておいても勿体無いのだろう。


荷物を置いたり部屋で着替えられるし、休むのも便利だろう。


高雄と瞳見、夫婦にとって豪華な平日の、いい夏休みになりそうだなと均は思った。


旅行先で、豪華なホテルの部屋を利用することはあっても、


東京近郊で暮らしていて、都内のホテルを利用することはほとんどない。すごく贅沢な感じがする。


均は一度も行ったことがないかもしれないと思っていた。


そして、そもそも、誰か女性をホテルに誘ったことがこれまであっただろうか、と考えていた。


さらっと提案すればいいのだけれど、なかなか言い出せない。そういうことがこれまでもたくさんあった。


断られたらどうしよう、と思うのである。


高雄は言う、断られたどうなるんだ?断られたら、誰か困るのか?


均は答える、断られたら、そうですね、自分が悲しいだけですね。相手は特に困らないですね。


高雄は続ける、それだったら、自分が考えてることを伝えみることはとりあえず、いいんじゃないかな?


そうかもしれない、と均は決意する。


「デイユースのプール付きプランでも値段が変わらないみたいだから、そっちの方が得かもしれないって」


「そうなんだ、それで?」瞳見が答える。


「いや、それだけだけど」


高雄は言う、最後の一言を相手に委ねちゃダメだよね。


均は、そうですねと苦笑いした。


夫婦はプールへと向かった。


プールのあるホテルに向けて走っていくと、車は都内とは思えない緑豊かなエリアに入る。


車の窓に葉の影が落ちる、森のような気持ちのいい道である。道をぬけ開けると、古いけれど、雰囲気のある大きな建物が現れる。


駐車場に車を回す。ホテルやレストランの利用者は使用した金額に応じて、無料である。都内の駐車場の高さに驚いた均は良心的だなと思った。


日本庭園をぬける。もちろん暑いのだけれど、真夏の日差しが緑に遮られ、また地面も土や草があるのでひんやりとした風を、木々の間から感じて涼しい。


こんな素敵なところがあるんだなと思った。


その先に、木々が茂って長いトンネルになっているところが見えてきた。


瞳見が言う。「あのトンネルの向こうに、ガーデンプールがあるみたいね」


キラキラと輝く水面がトンネルの先の、木々の合間にゆらめいていた。


木々の生い茂る道にアーチ型の支柱が組まれバラの蔓がびっしりと巻き付いている。かなり長い距離の生きたバラのトンネルだ。


美しいバラと鋭い棘、それなりに長く、そして狭いトンネル。


バラの棘にぶつからないように均はヒヤリとして進む。


後ろからついてくる瞳見にも「引っかかると危なそうだから気をつけて」


と注意を促したが特に返事はなかった。後ろからついてきているかどうか不安になるほどだった。


生きたバラのトンネルを抜けると芝生と、バラなどの花壇、落葉樹が植えられた明るい庭に出る、その庭の奥に、低い柵に囲われたプールが現れた。


水面がキラキラと夏の日差しに煌めいている。


「綺麗だね」瞳見は喜んでいるようだった。


プールを囲む低い鉄製の柵は古びていてところどころバラが巻き付いている。時代がいつか止まってしまったような不思議な雰囲気のある庭である。


庭の片隅に白いコンクリートで作られた小屋がありシャワーや更衣室になっているようだった。ドリンクを注文できるバーカウンターにもなっているようだ。カウンターにスタッフの影は見えない。


庭のプールにもまだ誰もいない、と思っていたが、どうやらすでに先客がいたようで、反対岸の白いパラソルの下、ビーチチェアに、夫婦と思しきカップルが寝そべっていた。顔はよくわからないが同い年くらいか。


「着替えよっか」瞳見と高雄は、小屋の更衣室へと向かった。


関根るりです。良ければAmazonフォローよろしくお願いします。

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