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潔癖令嬢の断捨離婚 汚れた英雄を丸洗いしたら溺愛されました  作者: 月雅


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第6話 お邪魔虫たちの来訪と玄関払い



ドンドンドン! と、平和な午後の静寂を切り裂くような音が響きました。


「……何でしょう、今の音は」


私はティーカップをソーサーに置き、眉をひそめました。

磨き上げられたリビングの窓からは、柔らかな日差しが差し込んでいます。

テーブルには焼きたてのクッキーと、湯気を立てるハーブティー。


私の向かいでは、シリス様が優雅に読書をしていました。

以前リメイクした紺色のシャツを着こなし、サラサラの銀髪を耳にかけた姿は、絵画のように美しいです。


「……客だ」


シリス様が本を閉じ、不愉快そうに呟きました。

その紫色の瞳が、すっと細められます。


「客? こんな森の奥地にですか?」

「人間だ。五人……いや、六人。殺気立っている」


彼の言葉が終わらないうちに、再び激しい音が響きました。

今度は扉を蹴るような音です。


『おい! いるのは分かっているぞ! 王太子殿下の命により調査に来た! 開けろ!』


野太い怒声。

私は背筋が冷たくなるのを感じました。

その声には聞き覚えがあります。

王城で警備を担当していた、近衛騎士隊長のバリトンボイスです。


「……見つかってしまいましたか」


私は立ち上がりました。

ここ数日、シリス様の精神が安定して嵐が晴れていたのが裏目に出たのでしょう。

結界が緩み、外部からの侵入を許してしまったのです。


「シリス様、あなたは部屋にいてください。私が話を――」

「駄目だ」


私が玄関へ向かおうとすると、シリス様が音もなく立ち上がり、私の前に立ち塞がりました。


「君はここにいて。……僕が出る」

「ですが、彼らは私に用があるのです。それに、あなたは人前に出るのが苦手でしょう?」

「嫌いだけど、君を奪われるよりはマシだ」


彼は短くそう言うと、私の手首を掴んで自分の背中側に引き寄せました。

その手は少し震えていましたが、力強かったです。


「ついてきて。……僕から離れないで」


          ◇


玄関ホールへ出ると、扉がガタガタと揺れていました。

鍵はかけていますが、このままでは破壊されるのも時間の問題です。


シリス様は無言で指を鳴らしました。

カチャリ、と解錠の音が響き、重厚な扉がひとりでに開きます。


『やっと開いたか! 手間をかけさせやがって!』


雪崩れ込んできたのは、鎧を着た騎士たちと、文官風の男でした。

やはり、エドワード様の側近たちです。

彼らは土足で、私がピカピカに磨き上げた大理石の床を踏み荒らしました。


(……あ)


私のこめかみに、青筋が浮かぶ音がしました。

そこ、昨日ワックスがけしたばかりなのですが。


『おい、罪人ヴィクトリアはどこだ! ……ん?』


先頭にいた隊長が、目の前に立つシリス様を見て足を止めました。

後ろに続く男たちも、ポカンと口を開けています。


「だ、誰だ貴様は……?」


隊長が警戒心を露わにしました。

無理もありません。

彼らが知っている「北の離宮の主」は、泥と髭にまみれたボロ雑巾のような怪物だったはずです。

目の前にいる、発光するほど美しい青年と同一人物だとは夢にも思わないでしょう。


シリス様は冷ややかな目で見下ろしました。


「……僕の家で騒ぐな。靴が汚い」

「はっ、何を生意気な! 我々は王太子殿下の代理人だぞ!」


文官の男が進み出て、尊大な態度で宣言しました。


「ここにかくまわれている女、ヴィクトリアを引き渡せ! 彼女には城の備品を破壊した『呪い』の容疑がかかっている!」


(呪い? 何を言っているのでしょう?)


私はシリス様の背中越しに首を傾げました。

私はただ掃除をしていただけです。

備品を壊すどころか、むしろ修理して回っていたのですが。


「聞こえんのか! さっさと女を出せ! さもなくば、公務執行妨害で貴様も逮捕するぞ!」


隊長が剣の柄に手をかけ、威圧的に詰め寄ります。

シリス様は微動だにしません。

ただ、その周囲の空気が、急激に冷えていくのが分かりました。


「……逮捕?」


シリス様が低く呟きました。

その声には、絶対零度の冷気が宿っています。


「君たちが? 僕を?」


「そうだ! 我々は近衛騎士団だぞ! 貴様のような軟弱な男など、一捻りだ!」


隊長がシリス様の胸倉を掴もうと手を伸ばしました。

その瞬間です。


バチィッ!!


「ぐあぁっ!?」


隊長の手が弾かれました。

目に見えない壁に触れたかのように、彼は悲鳴を上げて後ろへ吹き飛びます。

転がった拍子に、仲間の騎士たちを巻き込んでドミノ倒しになりました。


「ひっ、魔法か!?」

「貴様、何者だ!」


男たちが慌てて武器を構えます。

シリス様は冷たい瞳のまま、ゆっくりと右手を掲げました。


「僕の視界に入らないでくれ。……君たちは、汚すぎる」


その言葉は、物理的な汚れを指しているのか、彼らの精神性を指しているのか。

おそらく両方でしょう。


シリス様の指先に、どす黒い光が集束します。

それは攻撃魔法ではありません。

空間そのものを捻じ曲げる、高位の転移魔法の予兆です。


「ま、待て! 話し合おう! 我々は王命を帯びて……」

「王命? 知らないな」


シリス様は無慈悲に言い放ちました。


「ここは僕の城だ。ルールは僕が決める」


そして、彼は私の方を振り返り、優しく微笑みました。

先ほどの冷徹さが嘘のような、甘い笑顔です。


「ヴィクトリア。ゴミの分別は得意だったよね?」

「え? はい、まあ」

「生ゴミは、どこに捨てればいい?」


私は少し考えて、にっこりと答えました。

彼らが土足で汚した床を見つめながら。


「そうですね。水に流してしまうのが一番衛生的かと」


「了解」


シリス様が指をパチンと鳴らしました。


シュンッ!!


風を斬る音と共に、玄関ホールから男たちの姿が消滅しました。

悲鳴を上げる間もありませんでした。

後に残されたのは、彼らが持ち込んだ泥汚れだけです。


「……どこへ送ったのですか?」


私が恐る恐る尋ねると、シリス様は悪戯っ子のような顔で答えました。


「王都の下水処理場。……一番深いプールの上空へ」


「あら」


私は口元を手で覆いました。

あそこは確か、王都中の汚水が集まる巨大な溜池です。

鎧を着たまま落ちれば、泳ぐのは困難でしょう。

まあ、命までは取らないあたり、シリス様も慈悲深いものです。


「……すっきりした」


シリス様はふぅと息を吐き、私の肩に頭を預けてきました。

甘えるような仕草です。


「怖かった?」

「いいえ。あなたが守ってくれましたから」


私は彼の銀髪を撫でてあげました。

彼は目を細め、喉を鳴らす猫のように擦り寄ってきます。


「もう誰も入れない。結界を強化する。……君は、僕だけのものだ」


その言葉に、胸がトクリと跳ねました。

独占欲。

それは普通なら重苦しいものかもしれません。

ですが、世間から見捨てられた私にとって、それは何よりも温かい「必要とされている証」でした。


「ええ。どこにも行きませんよ」


私は汚れた床を見下ろしました。


「ですがその前に、また掃除をしなくてはいけませんね。……泥だらけです」

「僕がやる。魔法で消す」

「駄目です。床ごと消し飛ばす気でしょう? 雑巾がけしますよ、手伝ってください」


「……うん」


世界最強の魔導師様は、王命よりも私の言葉に従順でした。

私たちは二人で並んで、玄関の掃除を始めました。

外の世界では、汚水まみれになった騎士たちが大騒ぎになっているとも知らずに。


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