表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潔癖令嬢の断捨離婚 汚れた英雄を丸洗いしたら溺愛されました  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第4話 パンツ一丁の英雄と洗濯日和



「……ねえ、僕のパンツ、どこ?」


朝の光が差し込む廊下で、寝ぼけ眼のシリス様が私に問いかけました。

その姿を見て、私は思わず目頭を押さえました。


彼は現在、腰にバスタオルを一・枚・巻いただけの、極めて前衛的なスタイルです。

上半身は裸。

鍛え上げられた腹筋と、白磁のように滑らかな肌が惜しげもなく晒されています。

濡れた銀髪が鎖骨に張り付き、色気の暴力と言っても過言ではありません。


ですが、ここは健全な生活の場です。

露出狂の館ではありません。


「おはようございます、シリス様。パンツなら、庭に干してありますよ」

「庭?」

「ええ。あなたが着ていたものは、全て洗濯機(手動)行きです。汚れがひどいものは焼却処分しました」


私は爽やかな笑顔で告げました。

昨晩、彼が寝た後に確認したのですが、彼のワードローブは壊滅的でした。

カビが生えたローブ、穴だらけのシャツ、そして元の色が判別できない下着類。


潔癖症の私としては、半径五メートル以内に置くことも許せませんでした。

よって、夜通し洗い、煮沸消毒し、今は朝の陽光の下で天日干しにされています。


「じゃあ、僕は何を着ればいいんだ?」

「それを今から調達しに行くのです。布一枚でウロウロしないで、部屋で待っていてください」

「……寒い」

「心頭滅却すれば火もまた涼し、です。あとで温かいハーブティーを淹れますから」


私は彼を強引に自室(綺麗にした寝室)へ押し込み、扉を閉めました。

さて、ミッション開始です。


          ◇


私は埃っぽい螺旋階段を登り、塔の最上階にある「衣装保管室」を目指しました。


前世の知識ですが、こういう古い屋敷には必ず「捨てられない遺産」が眠っているものです。

かつてここを使っていた王族たちの古着。

流行遅れでも、素材は一級品のはず。


「……ビンゴです」


重い扉を開けると、そこには防虫香の匂いと共に、大量の衣装箱が積まれていました。


「虫食いは……なし。保存状態は良好ですね」


私は手当たり次第に箱を開けました。

出てきたのは、金糸の刺繍が入ったベルベットのコートや、フリルのついたシルクのシャツ。

どれも五十年くらい前のデザインで、少し過剰装飾気味です。


「これをそのまま着たら、ただの舞台役者ですね」


私は腕組みをして考えました。

シリス様の素材(顔と体)は最高です。

余計な装飾は、彼の美貌を殺してしまいます。


「リメイクしましょう」


私は裁縫箱を取り出しました。

幸い、私の花嫁修業スキルと、前世で培った「業務用の補修技術」があります。


男性用のロングコートを広げ、ハサミを入れます。

派手な肩パッドを除去。

金色のフリルを切り取り、シンプルな立ち襟に変更。

ウエストを少し絞って、彼のスタイルの良さを強調するラインに。


チョキチョキ、チクチク。

無心で針を動かす時間は、掃除と同じくらい心が落ち着きます。

整っていく過程に、カタルシスを感じるのです。


しかし、その静寂を破るものがありました。


ゴロゴロゴロ……!


低い地鳴りのような音が、窓の外から聞こえてきました。


「雷?」


顔を上げると、さっきまで快晴だった空が、嘘のように暗くなっていました。

ドス黒い雲が渦を巻き、窓ガラスを叩く風が強まっています。

まるで台風の直撃コースに入ったような急変ぶりです。


「あら、困りましたね。洗濯物が濡れてしまいます」


私は慌てて作業の手を早めました。

山の天気は変わりやすいと言いますが、これでは乾くものも乾きません。

生乾きの臭いだけは、絶対に阻止しなければ。


          ◇


「できました!」


一時間後。

私はリメイクした衣装を抱え、シリス様の部屋へ駆け込みました。


「シリス様、着替えをお持ちしまし……た?」


部屋に入った瞬間、私は立ち尽くしました。


部屋の中が、暗いのです。

照明が消えているわけではありません。

部屋の隅で膝を抱えているシリス様を中心に、どす黒い霧のようなものが渦巻いているのです。

空気はピリピリと帯電し、肌を刺すような威圧感が充満しています。


「シリス様?」


「……ヴィクトリア」


彼が顔を上げました。

その瞳は不安に揺れ、紫色の光が明滅しています。


「遅い。……いなくなったのかと思った」


「え?」


「服がない。寒い。誰もいない。……また、一人かと思って」


彼の呟きに合わせて、窓の外でドーン!と雷が落ちました。

部屋の中の黒い霧も、より一層濃くなります。


ここでようやく、私は理解しました。

この異常気象。

これは自然現象ではありません。

世界最強の魔術師である彼自身の、「不安」が具現化したものです。


服がないという無防備さと、私が姿を消した(作業していただけですが)ことへの心細さ。

それが魔力の暴走を引き起こし、嵐を呼んでいるのです。


(なんて手のかかる、最強生物でしょう)


呆れると同時に、少しだけ愛おしさを感じてしまいました。

彼は見た目は大人ですが、中身はずっと孤独な子供のままなのです。


私は恐れずに黒い霧の中へ踏み込みました。

私の体質(魔力不感症)のおかげで、彼が放つ重圧も、ただのそよ風です。


「お待たせしました。逃げたりしませんよ」


私は彼の前に跪き、持ってきたシャツを広げました。


「ほら、見てください。あなたのために仕立て直した特注品です」


深いミッドナイトブルーのシャツ。

素材は最高級のシルクで、肌触りは抜群です。


彼は涙目になりながら、そのシャツに触れました。


「……僕の?」

「ええ。さあ、バンザイしてください」


言われるがままに両手を上げる彼に、私はシャツを被せました。

頭がポンと出て、銀髪がさらりと流れます。

袖を通し、ボタンを一つずつ留めていく。

最後に、襟元を整えて完成です。


「うん、ぴったりです。私の採寸に狂いはありません」


鏡を見せると、彼は瞬きをしました。

ダボダボだったボロ布とは違い、体にフィットした清潔な服。

鏡の中の彼は、どこぞの貴公子にしか見えません。


「……暖かい」


彼が袖口を握りしめ、ほぅ、と息を吐きました。

その瞬間です。


サーッ……。


部屋の中に充満していた黒い霧が、嘘のように消え失せました。

同時に、窓の外の轟音も止みます。

分厚い雲が割れ、そこから眩しい太陽の光が差し込んできました。


「……晴れましたね」


あまりに現金な反応に、私は苦笑しました。

彼は気まずそうに視線を逸らします。


「……ごめん。ちょっと、取り乱した」

「いいえ。でも、次は言葉で言ってくださいね。天気を変えられると、洗濯の段取りが狂いますから」


私は窓を開け放ちました。

湿った風が吹き抜け、庭からはハーブの香りが漂ってきます。

どうやら、洗濯物は雨に打たれずに済んだようです。


「あ、そうだ。パンツも乾いている頃ですね」


私が庭を指差すと、シリス様は耳まで真っ赤にして俯きました。


「……取ってくる。自分で」


彼は新しい服の裾を翻し、脱兎のごとく庭へ駆けていきました。

その背中は、最初に出会った時の「死にかけの英雄」とは程遠い、元気な青年のものでした。


「ふふっ」


私は窓辺で頬杖をつき、その光景を眺めました。

衣食住、これで一通り整いました。


さて、そろそろ次の段階――「住環境のグレードアップ」に取り掛かりましょうか。

まだまだ、掃除したい場所は山ほどあるのですから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ