表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

答え合わせ

 そんなこんなありつつ、3日目の夜。

 孤児院は事務所の徒歩圏内にあるのだが、リドーの護衛のためにツバキとシルヴィアはスタッフ用の一室を借りて寝泊まりしている。

 男女同部屋というのは問題がありそうなものだが、どうもシスターの1人が例によってツバキの性別を見誤ったことが原因らしい。

 真実を知ったシスターは2部屋にしようかと提案したが、結局1部屋を2人で使っている。

 別によこしまな目的があるわけではない。

 今のように相談事をする際に同部屋の方が都合が良いのだ。


「リドーのことだけど、彼女はその――」

「クロ、なんだろ?」

「別に決まった訳じゃないわ。けれど、調べれば調べるほど、彼女が怪しく見えてしまうの」


 この3日でシルヴィアは爆速で孤児院に馴染んだ。

 3日どころか3年働いていると言っても納得できるくらいに。

 が、彼女はその間にも探偵としてリドーの身辺を洗っていた。

 その結果、リドーが他にも仕事をしているということが他のシスター達からの証言で明らかになった。


 その副業については誰も知らないが、かなり稼いでいるらしい。

 かつては孤児院の運営は常にギリギリだったが、リドーが支援してくれるお陰で大分ゆとりができたらしい。。

 ここまで情報を引き出したのはさすがシルヴィアと言うべきだろう。

 警察相手であれば、ここまで話してくれるか怪しいものだ。


「その副業ってのが、クスリってことか?」

「まだ分からないわ……けど、副業で孤児院を開ける日と取引現場近くで目撃された日は一致しているの」

「それ、ほぼ答え出てんだろ」


 シルヴィアは探偵として優れた能力を持っている。

 だからこそリドーを信じたくても、それを否定するものばかり見つけてしまう。


「あんないい人があんなマフィアに協力しているなんて……信じたくないわ」

「いい奴でも犯罪はできるぜ」


 いい人か否かというのは案外基準にならないものだ。

 虐殺に加担した兵士が、真面目な仕事人間だった(仕事として真面目に虐殺した、と言う訳だ)と言う話はツバキも知っている。


「むしろ、リドーがあんな性格だからこそしっくり来るけどな。あいつはガキ共が大好きで、孤児院の経営は厳しい。必要なのは金だ。あの手の仕事は金払いはいいからな。副業としてはうってつけだろうよ」

「そんなの、状況証拠と憶測だけ継ぎ合わせた妄想よ。推理とは言えないわ」


 シルヴィアは反論するが、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 ツバキだって分かるのだ。

 シルヴィアが分からないはずがない。

 だが、ツバキも言っておかなくてはいけないことがある。


「俺達の仕事はアイツで転生者誘き出してぶっ殺すことだろ? リドーがシロかクロかを調べるのはまた違う話だ」


 リドーをどうするかは警察の仕事だ。

 ツバキ達はあくまでその障害を取り除くだけである。


「それでも考えちゃうのよ。リドーがいなくなったら、この孤児院はどうなるんだろうって」

「懐寂しいっつったって、すぐに潰れるって訳じゃないだろ。案外乗り切るかもしれないぜ?」


 頭が良いのも考え物だ、とツバキは思う。


「それで、どうする。降りるか? この仕事」


 土壇場でのキャンセルはあまり良い影響は与えないだろうが、今回の依頼相手は馴染みのタングステン警部なので多少の融通は効くはずだ。


「……いいえ。それだけはできないわ」

「言うと思ったぜ」


 何度も迷って葛藤して、それでもシルヴィアは進もうとする。

 もっと楽な生き方もあるだろうにと何度思ったことか。


「仮にリドーがクスリの流通に協力していたとしたら、やっぱり見逃すことはできない。アレは、多くの人を不幸にする代物よ。長期的に見れば、彼女の行動は自分の首を絞めることになってしまう」

「ま、そんなもんだろ。ヤバいときに先のことなんて考えられないしな」


 ツバキとて1年先の事なんてまるで考えていない。

 今……というか今日の食にありつけるかどうかが最優先という、里にいた頃の習性が未だに染みついている。

 コンコン、と窓を叩く音がした。

 シルヴィアが窓を開けると、入ってきたのは鳥型のゴーレム。

 リドーの監視するために放たれた使い魔だ。立ち位置的にはツバキの後輩のようなものである。

 使い魔は目を一定のリズムで発光させ、得た情報をシルヴィアに伝える。


「……リドーが孤児院を出たそうよ」

「やっと動いたか」


 ならばやることは1つだ。

 ツバキとシルヴィアは窓から抜け出し、追跡を始める。

 リドーの姿はすぐに見つかった。

 冒険者達で賑わう大通りではなく、薄暗い裏路地へと入っていく。

 気付かれないように一定の距離を保って追跡したツバキ達は、最終的に地下通路の中に入っていくことになった。


「ここが取引場所ということかしら……確かに、うってつけではあるけど」


 かつてはモンスターや敵国からの襲撃の際、安全に逃げられるようにと設計された場所とシルヴィアから教えられていたが、それが今やクスリの取引場所とはなんとも世知辛い。


「ダンジョンに比べりゃマシだけど、あんまいい場所は言えないな」


 空気が淀んでいて、かび臭い。

 どこにモンスターが潜んでいるか分からないダンジョンよりは安全だろうが、長居はしたくないことには共通している。

 地下通路は光源に乏しく、松明やランプを持つ必要があるが、追跡の関係上それは出来ない。

 ツバキは元々夜目が利くし、シルヴィアは魔術でそれを補っているので問題は無い。


「少なくとも、ここでゆっくりお茶をしたくはないわね」

「まったくだ……ん」


 リドーの歩く先には、目立たない格好をした男がいた。


「あいつが取引の相手か?」

「目が穏やかじゃないわね」

「ああ。近くにもう1人いる。ナイフ持ってるな」


 もう1人は完全に闇に溶け込む格好で、音を一切出さずにリドーに近づいていく。


「ッ……!」


 シルヴィアがブラックスターを引き抜こうとした手をツバキは抑えた。


「何するの!」


 小声でシルヴィアは抗議する。


「もう少し様子を見る」

「もう少しって……」

「アイツがナイフで刺されるところまでかな」

「ちょ、ツバキ――」


 シルヴィアの口をもう片方の手で塞いだ。

 暴れても転生者の腕力には敵わない。

 そんなことよりも、今はリドーの方に着目すべきだ。

 リドーと売人と覚しき男は何やら話しているが、男の視線は定期的に背後に迫る男に向けられている。


 やはり2人はぐるのようだ。

 ナイフ男がリドーへと得物を振り上げる

 シルヴィアが一際激しく暴れるが、ツバキは動かない。

 そしてナイフが振り下ろされる――その時。


 ブゥン――と、無機質な嘶きが響いた。

 バラバラになった2つの肉体のパーツが宙を舞い、落ちる。

 一瞬で、人間が2人解体された。、

 誰の仕業か、なんて問うまでもない。

 返り血をまるで浴びていないシスターの手には、彼女の身長を優に超える凶器が握られていた。

 巨大な十字架の側面に、刃が生えたような、どこか冒涜的とも思わなくもないデザインの大鎌だ。


「やっぱり、そういうことか」


 確認したかったことが確認出来たため、シルヴィアを解放する。

 シルヴィアは解放されたことに気付かないかのように、呆然とリドーを見ていた。

 無理もない。

 目の前の光景は彼女の想定を余りに越えたものだっただろうから。

 一方ツバキの動揺はそこまでではない。

 ああやっぱりな、くらいなものだ

 そう思っていると、リドーがくるりとこちらを振り返った。


「隠れんぼはもうおしまいにしませんか? シルヴィアさん、ツバキさん」


 気付かれていたか。

 ならば遠慮は無用と、リドー前にその姿をさらす。


「……信じたくないけれど、本当にあなたなのね。リドー」

「ええ、そうですよ」


 にこやかにリドーは笑っている。


「ツバキさんはあまり驚いてないみたいですね」

「まあな。最初に会ったときから、あんたからは血の臭いがしてた」


 この臭いというのは実際に嗅覚を刺激するものではない。

 身に纏う雰囲気のようなものだが、ツバキには不思議と血の臭いに感じるのだ。


「まさか、あの時人質にされてもためらわなかったのって……」

「そういうことだ」


 もっとも、そうでなくても動いてただろうということは内緒だ。


「ああ、やはりあなたは分かる人でしたか。それにしては、シルヴィアさんには言ってなかったみたいですが」

「別に、血の臭いがするからってクロって訳じゃないだろ。いちいち『あいつは人殺しだぜ』っていう必要もなさそうだし。臭いがしても、今は普通に暮らしてるヤツも割といるしな」


 生きていると色々なことがある。人を殺すこともあるだろう。

 だからこそ、いちいち指摘するのは野暮というものだし、ツバキだって人のことをとやかく言える人間ではない。


「だから、そっちが何もしない間は放っておこうと思ったんだよ。転生者に襲われたくらいじゃ死ぬタマにも見えなかったし……けどまさか、揚げ芋に毒入れてくるとは思わなかったぜ」

「毒!? ちょっと待って、私聞いてないわ」

「言ってなかったからな」


 その情報があれば、シルヴィアも違った真相に辿り着いただろうが、ツバキはあえて黙っていた。


「最初から尻尾を掴む必要なんてなかったのさ。何せ向こうから、ご丁寧に尻尾握らせてくれたんだからな」


 もっとも尻尾は尻尾でもサソリの尻尾ではあったが。


「最初食ったときは俺も分からなかったけどな。けど、ちょいと何か入ってる感じがあったから、あいつらに食わせようとしたらどんな反応するかなと思ってやってみたら案の定って訳だ」

「やはり、わざとでしたか」


 リドーが僅かに表情を歪める。

 あの時彼女が慌てていたのは、ツバキを殺すための毒入りのサツマイモを子ども達が食べてしまうと恐れたからに他ならない。

 毒が入っているか確信は持てなかったが、リドーの反応で確信した。


「つまり、あの時ツバキがポテトフライを全部食べたのは子ども達に毒を食べさせないようにするためだったのね」

「いや、食いたかっただけだけど」

「台無しよ!」


 あの揚げ芋は美味しかった。

 毒入りでも食べる価値がある。

 ついでに小生意気なガキンチョ共の仕返しも兼ねているが。


「毒が効かない……ですか。あまりにも反応がなかったので、毒を入れ忘れてたのかと思ってましたよ」

「いや、割と効いてたぜ。食ってから寝るまで小指が少し痺れてた」

「ツバキって、毒にめっぽう強いものね」


 あー、とシルヴィアが納得するように頷いた。

 転生者は元々毒等が効きにくいようになっているが、ツバキはそれに加えて生前から里の方針として結構な頻度で毒入りの食事を食べていた。

 死なないギリギリの量ではなく、普通に死にかねない量の毒が入っており、実際それで死んだ子供も多かった。


 が、食べなければ食べなければで待っているのは飢え死にだ。

 食って死ぬか食わずに死ぬか。

 そんなロクでもない二者択一で、ツバキは前者を選び生き残った。

 里の方針に理解を示すつもりは毛頭無いが、ツバキが毒を盛られても特に問題が無い体質になったのはあの毒飯の影響が大きい。


「小指が痺れた……ですか。残念です。あなたのような化け物にも効くように調合した特注品だったのですけどね」


 化け物という言葉に、ツバキの眉が動いた。


「……ん? ちょっと待って? その情報があったら話が全然変わってくるんだけど」

「話、ですか。面白そうですね。是非聞かせてください。探偵さん」


 リドーの体は弛緩していて、臨戦態勢と言ったようではない。


「私はてっきり、あなたがペルペトーファミリーの協力者だと思っていた。クスリに携わった人間が次々に殺されていて、あなたは次の標的だって――でも実際は違った。あなたが関係者を殺害していた張本人だったのね。動機は……おそらく、子ども達を守るため、というところかしら」


 そう言えば、シルヴィアが読んでいた報告書の中に子供が依存するケースも増加しているとか書いてあったことを思いだした。


「ああ、そういうことだったのか」

「え、あなた気付いてなかったの?」

「いや、全然。分かってたのは俺を殺そうとしてるなってことくらいだし」


 それも毒入り揚げ芋がなければ分からなかっただろう。

 気付いたのも推理でも何でもない。

 推理小説で1番先に犯人の正体に気付くのは探偵じゃない。

 殺される寸前の被害者だ。


 そしてツバキは死なずに済み、リドーが完全にまともじゃないことを、過程すっ飛ばして確信した。

 が、リドーが黒であるという答えは出てもそれ以外はまるで分からない。

 興味も無かったのでこれ以上考えるのを止めていた。


「ねえツバキ。今まで黙ってたのって、放っておいたらまたあの揚げ芋が食べられるかもとか思ったんじゃないでしょうね」

「……知ったあんたの態度が少しでも変わったら、コイツに怪しまれるだろ。事が起きるまで張り付いてる必要がある訳だし」

「目を逸らさずに言ってくれたら私も納得したのだけれど……」


 シルヴィアがはあと嘆息する。


「それで、どうかしらリドー。私の推理が間違っているならば、誠心誠意謝罪するわ。今回の仕事の報酬を全て孤児院に寄付してもいい」


 オイ待てそこまでする必要はないだろと文句を言う使い魔を無視して、シルヴィアはリドーの目を真っ直ぐ見据えた。

 そこに少し前の葛藤はない――いや、それを表に出していなかった。

 リドーはシルヴィアの視線を受け止め、


「ハッ――」


 嗤った。

 目を見開き、口元を吊り上げ、楚々とした立ち振る舞いは一転して乱雑なものに変わる。


「……まさか、ウチがあんなクサレ外道とお仲間だと思われとったとはな。ストレートに言われてたら、うっかり殺してたかもなぁ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ