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潜入捜査

 シスターの名前はリドー。

 歳は20。

 教会に隣接している孤児院で働いている。

 クスリの取引現場で複数回の目撃情報に加えて売人と接触していたという情報もある。

 よって、何かしら関わりを持っていると警察は判断しマークをしていた。


 下手に事情聴取を行おうとすると、マフィアがケンカを売っているのかと凄んでくるらしい。

 なので、直接的な行動は確実に証拠を押さえてからではないと厳しいのだ。

 タングステン警部は警察に内通者がいることを推測していた。

 そうでなければ、警察にマークされている者だけピンポイントで殺されるようなことはあるまい。


 そう考えると、リドーは既に命を狙われている状態にあるという事だ。

 作戦としては彼女の側に張り付いて、転生者に襲われそうになったところを護り転生者を撃退するというものだ。

 そしてリドーにはあくまで『転生者に襲われた被害者』として事情聴取を受けてもらう、という寸法である。


 リドーを囮にするという方法にシルヴィアは難色を示したが、それ以外で有効な作戦は考えにくかったこともあり、これを実行することになった。

 さて、リドーを護衛するということは常に彼女の側にいる必要がある。

 具体的にどうするかというと――


「……なーんで、こうなるかね」


 孤児院の庭で、ツバキはゲンナリと呟いた。

 どうやってリドーに接近するか、という課題に対してシルヴィアはあっさりと言ってのけた。


「簡単じゃない。私達もここで働けばいいのよ」


 てなわけで、2人は孤児院の臨時ボランティアとして雇われていることになった。

 ボランティア。

 つまるところタダ働きであり、ツバキが嫌いなものの1つである。


「これも警部の依頼のうちに入ってるんだから。報酬を二重取りするのは不誠実でしょう」


 なんとも律儀というか融通が聞かないご主人サマである。

 そんなご主人サマは、木陰に座って子ども達に絵本の読み聞かせをしていた。


「お姫様は言いました。『妾の顔を見忘れたか……?』悪徳貴族はびっくり仰天。貧乏貴族の三女と思ったら、その正体はこの国のお姫様だったのです。しかし悪徳貴族は開き直って言いました。『えぇ~い姫様だろうが構わぬ! 者ども、出会え出会え~!』……」


 登場人物ごとに声音をしっかり使い分け、無駄に情感が籠もっていて子ども達も大興奮である。


「シルヴィアせんせー! 次はこの本読んで~」

「違うよ。この本だってば!」

「はいはい。順番に読んであげるから喧嘩しないの」


 シルヴィアはあっと言う間に孤児院に馴染んでいた。

 ある意味探偵としては優れた資質と言えるだろう。

 で、一方自分の方はというと、


「ツバキー!」

「鬼ごっこしようぜ」

「ドッジボールしようぜ」

「何でそんなに髪長いの?」

「目赤っ! かっけー」

「ねー、それって剣?」

「触らせて~」

「ツバキってシルヴィアせんせーと付き合ってんのかー?」

 ワイワイガヤガヤ


 こんな調子である。


「俺はここの用心棒として来てんだ。鬼ごっこもドッチボールもしねぇよ」


 一応ツバキはボランティアというよりは、シルヴィアの用心棒としてここにいる。

 なので子ども達の相手をする義理は本来ないのだが、エネルギーで体がパンパンになった子ども達にとってはそんな論理は通用しない。


「ケチー!」

「ビビってんのか~?」


 このクソガキめ、という言葉をぐっと飲み込む。

 あっちに手を引かれこっちに手を引かれ、ほぼ成すがままにされている。

 こちらの体をよじ登ろうとする者までいる。

 振りほどくのは容易だが、万が一怪我をさせたらマズいので非常に面倒臭い。

 親が死んだり、捨てられた子供を引き取る場所と聞いてたからてっきり辛気くさい場所なのかと思ったら、全然そんなことはなかった。


 しかし何故シルヴィアは「せんせー」呼びでツバキは呼び捨てなのだろう。

 いやまあ、ツバキは用心棒なので確かに先生ではないのだが、その説明をする前からツバキは呼び捨てであった。

 ナメられているのだろうか。


 なんて思ったら、ばちこんと後頭部にボールが当たった。

 見ればいつのまにかドッジボールのコートの線が引かれていて、他の子ども達もいつの間にやら二つの陣営に分かれている。

 まるで時間をすっ飛ばしたかのような切り替えの速さである。


「ツバキー、ボール当たるのに用心棒とか無理じゃねー?」


 プッツンと、何かが切れた。

 この世界に来てから、ツバキは子供は庇護されるべき存在であるということを知った。

 が、だからと言って何の断りもなくボールをぶつけられたままヘラヘラしてやる義理もあるまい。


「いいぜ……本当のドッジボールを見せてやるよ……!」


 そう言って、先程投げた子供目掛けてボールを放った。

 気持ち的にはこのボールを悪ガキの新しい顔にしてやる勢いで投げつけたかったが、実際には少しばかり勢いを落として投げた。


「あ」


 しまった、少し強すぎたか?

 まあせいぜい気絶するくらいだろうし死にはすまい。

 ボールは唸りを上げて悪ガキの方へ飛んで行く。

 そのままヒットか、と思ったら、ぽすっと間に入ってきたリドーによって受け止められた。


「こら、リュート。ツバキさんがやると言う前に投げましたね? しかもわざと頭を狙ったでしょう」

「えー、だってよぉ……」

「だって、じゃありません」


 普段は朗らかに振る舞っているが、怒るときはしっかり怒るタイプらしい。


「さあ、こう言うときは何というのですか?」

「チッ、ゴメンナサイ」

 ギギギギ、と油が切れた人形のような謝り方だった。

「リュート?」

「……ごめんなさい」


 いかにも不満らしかったが、リドーに諭され少し油を差した程度には態度が改まっていた。



 その後は、なし崩し的にドッジボールやら鬼ごっこやらかくれんぼやらに付き合わされ、ツバキは疲労困憊だった。


「あー……戦いとはまた違った筋肉使ってるわコレ」


 長時間戦い続けることはある程度耐えられるが、今の疲労はそれとは別物のように感じられた。


「つーか、なんであんだけ元気なんだ……人間相手にしている気がしねえ」


 部屋の隅で本を読んでいるような大人しい子供もいるにはいるが(そういう子ども達はシルヴィアに懐いている)、大半の子供は騒がしいし無駄に活発である。

 彼らは人間ではなく、ツバキの体力を奪って自分のものにするモンスターと説明されても今なら信じられる気がした。

 そんな子ども達は、今は昼寝の時間ということもあってグースカと夢の世界に旅立っている。


 ついでにシルヴィアも子ども達に混ざって寝ていた。

 羨ましいと思わなくも無いが、今の自分は用心棒という扱いなので昼寝をするワケにもいかないのが辛いところだ。

 ひとまず庭のベンチに体を預けていると、視界の外から紙袋を持った白い手がにゅっと生えてきた。


「食べます?」


 もう一方の手にも同じ紙袋を持ったリドーは、にこりと微笑んだ。


「……貰う」


 ツバキは紙袋を受け取った。

 中に入っているのは、揚げ芋だった。

 この世界に来てからツバキがよく食べるものの1つで、ほのかな塩気が後を引いて止まらなくなる。

 が、渡された芋は黄色く、皮は赤い。

 ジャガイモではなく、この季節になるとよく出回るサツマイモだ。


「これ、あんたが作ったのか?」

「はい。沢山作るとなると、自分で作った方が安く済むんです」

「へぇ」


 生返事と共に揚げ芋を口に放り込む。

 ふむ、なるほど。


「……うまい」

「それはよかったです」


 サツマイモをこのように食べるのは初めてだったが、これがまた美味しい。

 ジャガイモで作るものより塩が控えめになっているが、それがかえって甘さを引き立てている。

 前の世界でも食べたことはあるが、根っこのように細く味もスカスカだった。

 目の前の揚げ芋と同じ食材と言われてもにわかには信じられない。 

 ひょいひょいと続けて口に放り込み、ほこほこした甘味を堪能する。 


「子ども達も大好物なんです。おやつに出すといつも取り合いになるんですよ」


 なるほど、確かに人が争うに値する味だとツバキも納得した。

 多少のリスクを負ってでも食べる価値はある。


「昼間はごめんなさい。リュートが失礼なことをして」

「別にいい。今は気にしてない」


 目の前の揚げ芋に比べれば些細なものだ。


「ありがとうございます。リュートはとてもやんちゃなんですけど、年下の子への面倒見は凄く良いんです。お兄ちゃんって感じで。だから、年上の人に甘えたくなるんでしょうね」

「そんなもんか」


 ツバキにとってはただの小生意気なガキンチョにしか見えない。

 まあツバキはここに来て1日も経っていない身の上ということもあるが。

 長いこと生活を共にすることで見えてくるものもあるということだろう。

 子供の事を語るリドーの表情は、すごく活き活きしていて心から楽しいのだと伝わってくる。


「あいつらのこと、好きなんだな」

「ええ、大好きです」


 リドーは、どこか遠くを見るようにして言った。


「あの子達を守るためなら、なんでもしようと思うくらいに」


 静かに、だが決然とした意思の表明だった。


「……そうかい」


 風が吹いた。

 2人の周囲を沈黙が支配する。

 その時だった。


「あー! ツバキがイモ食ってる!」


 昼寝から目覚めたリュートが、こちらを指さして言った。


「ズルいー」

「私達にもちょうだい!」


 わーわーとこちらに殺到する子ども達。

 ツバキは子ども達の手が届く高さまで紙袋を下げるように差し出す。


「大丈夫ですよ。みんなの分はちゃんとありますから」


 どわーっと押し寄せる子ども達にリドーが慌てて割って入る。


「いただき!」


 リドーをすり抜けたリュートの手が紙袋に到達するというタイミングで、ツバキはひょいと紙袋を持ち上げた。


「あーっ、何すんだよ!」

「こうするんだよ」 


 見せびらかすように、残った揚げ芋をザラザラと口に流し込んだ

 少しずつ味わうのもいいが、口いっぱいに頬張るのも格別だ。

 子ども達から落胆と怒りの声があがる。


「んぐんぐ、コレは俺のモンだ。誰があげるかバーカ」

「ふざけんなー!」


 そして始まる醜い争い。

 シルヴィアも呆れ顔である。


「ツバキ……大人げないわよ」


 そうは言うが、ツバキとて負けられないものがあるのだ。

 それがどれだけくだらないものであろうと。




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