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人斬りにスカートは割と似合う

 ブルーム探偵事務所は食堂兼居酒屋『灰色の帽子亭』の2階にある。

 安さとボリュームをウリにしており、味もしっかり美味いのだからたまらない(まあツバキの味覚なら大概のものは美味いと感じてしまうのだが)。

 家族連れから冒険者まで、幅広い客層に愛される街の名物食堂だ。

 ちなみに半年前に事務所を借りる際に決め手となったのもこの食堂の存在がある。

 親愛なるご主人様曰く、


「探偵の事務所っていうのはね。1階に喫茶店とかそーゆーお店が入っているものなのよ」


 とのことだ。

 何でも形から入るタイプのシルヴィアなのでそれについては別に良いのだが、喫茶店とこの手の食堂では同じ飲食店と言えど趣向が違うような気がする。

 まあそれはさておき、遠出しない限りは1日に複数回お世話になる店なので、ツバキ達もすっかり常連だ。

 が、今回2人は客では無い。


「……どーして、こうなっちゃったのかねまったく」


 ウェイトレスの姿で皿を運びながら、ツバキは本日何度目かの溜息を付いた。

 家賃分の労働――それはいい。正直良くはないがまあよしとしよう。


「けど何でこの格好なんだよ!? 俺男だって何度も言ったよな!?」

「仕事中よツバキ。突然叫んじゃ駄目じゃない」


 などとほざくのは同じウェイトレス姿になった全ての元凶(シルヴィア)

 ツバキとは違ってノリノリで働いている。

 テキパキと注文を取って慣れたものだ。


「世の中何をかを守るためには別の何かを犠牲にしなくてはならないこともある……あの本を守るためならば、お給仕の仕事だろうがドラゴン退治だろうがなんだってやってやるわ」

「俺ガッツリ巻きこまれてることに関しては?」

「似合ってるわよツバキ」


 頬をつねってやった。


「ひゃへふぁふぁいふぇいほほ~!」


 涙目になったところで解放して仕事に戻る。

 やっぱりこの服を何とかして欲しい。


「……こうなったのも、全部シルヴィアのせいだ」


 と言うのも、ツバキが召喚されたときに着ていた服が余りにもみすぼらしかっためか、しばらくはシルヴィアのお下がりをよく着ていた。(今思えば最大の黒歴史である)。


 当時この世界の文化をよく知らないツバキは、スカートを袴みたいなものかと思い、シルヴィアに言われるまま着ていたのである。

 が、周囲を見渡すとスカートを履いている男なんて皆無であった。

 しかもツバキを女として接してくる人間が余りにも多いので、シルヴィアを問い詰めたところあっさりと白状した。


「ツバキが可愛いからいけないのよ。私と同じくらい似合っちゃうんだもの」


 とかなんとか言っていたがともかく、その日以来スカート履かないようにしている……のだが、たまに抵抗できない事情でこうなってしまうことがある。


「ツバキー、今日も可愛いなオイ。やっぱそっちの方が似合ってるぜ! スーツはどうもコスプレっぽくていけねえや」

「どう考えてもコスプレはこっちだろうが!」


 冒険者ってのはなんだってこうデリカシーというものが欠けているのか。

 デリカシーがないから冒険者という職に就くのか、はたまた冒険者になるとデリカシーを失うのか。

 中々に難問である。

 礼儀知らずと言う点ではツバキもおあいこなのだが、互いに常連だしそんなもの考えてやる必要もあるまい。


「ほらよ、オムライスおまち」

「ツバキ氏。ここに拙者の名前を書いて萌え萌えキュンと……」

「メイド喫茶じゃねーんだぞ。1人で書いてろ」

「塩対応! そういうのもあるのか」

「こいつ無敵か」


 ちょっかいをかけてくる常連達をさばきながらも、注文を取ったり料理を運んだりと忙しいことこの上ない。

 戦いとはまた違う神経を使っている気がする。

 それに、今日は一段と客が多い。

 女将はこれを見越してツバキ達を駆り出したとみえる。

 そんなことを思っていると、シルヴィアが店の隅でぽけーとしているのを見つけた。


「……おい、何やってんだよシルヴィア」

「シッ、静かにしてツバキ。私は今『やる気無くサボってる店員』を演じてるんだから」

「中々サマになってるよ。本物かと思った」


 問題はなんでそんなことをしているか、だ。

 シルヴィアはなんだかんだ頼まれた仕事は真面目にこなすタイプなので、何かしら理由があるのだろう。


「あそこのテーブルを見て。首は出来るだけそのままで、目だけを移動させて」


 言われるままに見ると、男2人が食事をしているテーブルが目に入る。


「別に怪しそうではないけどな。少なくとも人殺しって感じではないぜ」


 人を殺したことがある人間は、纏っているものがが、普通の人間とは決定的に違う。

 そう言う意味ではあの2人はまだ未経験だろう。


「いつもの探偵の勘って奴か?」

「ええ、まさにね。しばらく観察していると、あの2人は妙なところが多いわ」

「例えば?」 

「あの2人、同じテーブルを囲んでいるけど一緒に食事をしていないわ」

「……は? 今は混んでるけど、相席させる程じゃないだろ?」

「そう言う意味じゃ無いわ。例えば、ツバキの使いたい調味料が私の近くにある場合どうする?」

「そりゃ、取ってくれって頼むだろ。無言で手を伸ばすってのは少し……あ。もしかしてそうしたのか?」

「ええ。そして目線も殆ど合わせて無いし会話も無いわ。じゃあケンカ中と仮定すると、その可能性も低い。そもそもケンカをしているならばよっぽどの事が無い限り一緒に食事をするということも無いでしょう? 家の中でもあるまいし」

「つまり、あの2人は知り合いじゃないってことか」

「そうね。じゃあ仕事関係の接待かと言うと、それもあり得ないわね。『灰色の帽子亭』はいい店だけど初対面の相手に、それも仕事の接待として連れて行くにはハードルが高いわ」

「そんなもんかね」

「おまけにどちらも一見さんである可能性が高い。この時間帯の常連さんの顔は全員覚えているけど、あの2人は見覚えがないもの。それに片方の若い男の人は、キョロキョロ忙しないでしょ?」

「そりゃ一見だからだろ。初めて来る店なんだし。アンタもそうだろ」

「えっ……ま、まあそれはそれとして。でもそう言うときに見るのって内装とか、お客さんとか、働いている人達でしょう? でも彼は……」

「ずっと出入り口ばかり見てるな。誰かが来ることを警戒してるのか?」


 例えば、警察とか。


「もう一方の男の人もさりげないけど、出入り口には定期的に視線を寄越しているわ。それだけじゃなくて、満遍なく周囲も見ている。おまけに出入り口が見やすいテーブルを確保しているわ」

「若い方は素人で、もう片方はプロってことか」

「そうね、例えば……クスリの売人、というのはどうかしら」


 勿論風邪薬とかそんな気の利いた物では無い。

 100%アウトな違法薬物だ。


「けど、こんな人の多いところでやるか? 普通もっと人通りの少ないところで……あ」


 そうか、それが盲点という訳か。


「本来取引に向かないところで取引をする、というのも周囲の目を欺く1つの方法ね」


 シルヴィアの推理だと落ち着いてる油断の無い方が売人(仮)で落ち着いてないのがクスリの客(仮)ということになる。


「確かに言われてみりゃそれっぽく感じるな」


 が、そうでなかったからちょっと変わった客くらいにしか思わなかっただろう。

 無駄にその手の勘が鋭いシルヴィアに見られてしまったのが運の尽きと言うべきか。


「で、どうするつもりだ?」

「勿論捕まえるわ」

「それは賛成」


 何せ犯罪者を捕まえると警察から報酬が支払われる。


「いつ仕掛ける?」

「今すぐだと惚けられる可能性があるわ。恐らく取引は別れ際になる筈だから、成立する前になんとかしないと」

「別に成立した後でもよくないか」

「ダメよ。そうしたら客の方まで逮捕されちゃうでしょう? 彼が今日初めてクスリに手を出すとしたら、お説教だけでで済むわ。クスリを所持するのは犯罪だけど、買いたいと思うところまでは――つまり取引が成立するまでは犯罪じゃないんだから」

「別に良いと思うけどな。そしたら報酬も2倍に……ああはい分かったよ、分かりましたよ。とっ捕まえるのは売人だけでいいんだろ」


 作戦の方針は決まった。

 サボっているふり(あくまでふりだ)を切り上げ、仕事をしつつも例の2人から視線を離さないよう心がける。

 2人の食事が終わった。

 別れ際、売人(仮)は何気ない動作で客(仮)に握手を求めた。

 客(仮)は慌てて手を伸ばす。

 握手が交わされるその時――


「――『引き寄せられよ』」


 鈴を転がすような声と共に、売人(仮)の手の平から小袋が浮かび上がり、シルヴィアの手の中に収まった。

 それに気付いたのは当事者のみ。

 シルヴィアは袋の中を手早く確認し、眉を潜める。

 どうやら当たりを引いたらしい。

 それで残念そうな顔をするのがいかにもシルヴィアらしい。


「――ひとつ忠告しておくわ。クスリなんて百害あって一利なし。利があるのは売りさばく側だけよ。こんな刹那の快楽にお金を払うよりも、本を買った方がよっぽど有意義な時間を過ごせるわ。そう、例えば『仮面の騎士』シリーズなんて如何でかしら? 現在展開中の神菓子編はシリーズ初のお菓子がアイテムになっていてとてもポップな世界観と思いきや、ストーリーは濃密でダーク。しかし読んだ後はしみじみと心が温かくなるような味わいで――」


 話がそれ始めたので、肘で小突く。


「――おほん。それはそうと売人さん。警察までご同行いただけるかしら。安心して、支払いはこちらで済ませておくから」

「えっ」


 それはバイト代から差し引かれるってことではなかろうか。

 絶対に嫌だぞと思いつつも、ツバキは売人(確定)の方を見る。

 30代半ばと覚しき売人は、シルヴィアをちらと見ただけで何も言わない。

 観念したのか――否。

 売人はシルヴィア目掛けてテーブルを蹴り上げた。


「テメェ――!」


 刀を抜き、テーブルの天板と皿を一刀の下に斬り捨てる。

 同時に、白い煙が視界を覆った。


「煙玉かよ……!」


 突然の事態に、店内はパニックになる。


「ツバキ! 真っ直ぐ走れば出口よ! 追いかけて!」


 シルヴィアの声に従い一気に駆け抜ける。

 外に出ると、煙が晴れて夜の町が視界に飛び込んでくる。

 悲鳴が聞こえた。

 見れば、売人が金髪の修道女シスターにナイフを突きつけていた。


「動くんじゃねえ! コイツを殺すぞ!」


 店内ではだんまりだったので冷静かと思いきやそうでもないらしい。

 目は血走っていて、まともな交渉はできそうにない。

 追いついてきたシルヴィアも現状を理解し歯噛みしている。


「なんてこと……! 人質を取るなんて。ツバキここは慎重に……」

「必要ない」

「え?」


 スコーンと気持ちのいい音が町に響く。

 額に鞘の一撃を食らった売人は白目を剥いて気絶した。

 ヒューッという口笛や、拍手が周囲から巻き起こる。


「あー……ツバキ、何をしてるの?」

「鞘を投げたんだよ。近づくよりこっちの方が手っ取り早く無力化できる」

「そーゆー意味じゃないわよ! なんで人質がいる状態でそんなことしたんだってことを言ってんのよ!」

「だってほら、なんか大丈夫かなって。実際大丈夫だったろ」


 目を瞬かせているシスターには傷ひとつついていない。

 人質という単純かつ胸糞がわるくなる方法が古来から有効なのは、相手の動揺を誘えるからだ。

 が、人質が人質として機能しないと判断された場合は、特に意味が無い。

 あのシスターがシルヴィアやもしくは知り合いとかだったら効果はあったかもしれないが、彼女とツバキは初対面だ。


「大丈夫? 怪我はない?」

「え、ええ。大丈夫です。その……助けていただいて、ありがとうございます」

「そんな、お礼なんてとんでもないわ。私達のせいで巻きこんでしまって……」


 ペコペコ謝っているシルヴィアを尻目に、ツバキは売人を縄で縛る。


「ま、ともあれ一件落着――」

「――仕事サボッて何が落着って言うんだい、ええ?」


 ギリギリと音を立てて振り向くと、そこには女将の怖い顔。


「あー、なんて言うかアレだよ。今は別口の仕事っていうか、その」

「店ン中煙だらけにして、テーブル1つダメにしたのが仕事だってのかい?」


 バイト代が50%オフになった。


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