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本代は家賃まで

 ここは『ブルーム探偵事務所』

 家事手伝いやペット探しに始まり、冒険者ギルドから不人気なクエストを押し付け――もとい依頼を受けてこなすこともある。

 さらには転生者退治といった裏の仕事まで、犯罪以外ならなんでもござれな事務所である。

 そしてツバキは、請求書や領収書と睨めっこしながら崖っぷち宣言をしたのであった。


「崖っぷちって……いきなりどうしたのツバキ。この街は平野に作られたということは前に教えたでしょう?」


 椅子に座りながら本を読んでいたシルヴィアは、使い魔の崖っぷち宣言に目を瞬かせていた。


「地理的な問題じゃねーよ。経済的な問題だ。今月の金も全然少ないって話だよ。ギリギリもギリギリだ」

「全然少ないって……そんなの、いつも通りでしょ?」

「いつも通りだから問題なんだろ」


 当のご主人様はツバキから我が事務所の窮状を聞かされても、特に動揺すること無く椅子の上でふんぞり返っている。


「でもおかしいわね。この前タメシ・ギリ男爵の転生者を倒したでしょう? あの分の報酬はどうしたの?」


 異界転生によって召喚された転生者の退治、及び召喚者の捕縛は国からかなりの額の報酬が支払われるのだ。

 が、それをもってしても赤字ギリギリなのだから困ったものだ。


「あいつブッ倒したのはもう1月も前だぞ。報酬なんて残ってるはずないだろ」

「あら、そうだった? でも今月も割と依頼を受けたと思うのだけど」

「あんなの殆ど雀の涙だ。前々から思ってたけど、もっと金払いのいい仕事しようぜ……いや違うな。金にならない依頼を受けなきゃいいんだ」


 よっぽどのことがない限り、シルヴィアは仕事を選ばない。

 子供がなくしてしまった玩具を探しに1日中駆けずり回ったり、遊園地の依頼を受けてこれまた1日中ウサギなのかリスなのか判断に困る着ぐるみを着て来場者に風船を渡したりと例を挙げればキリがない。(当然使い魔たるツバキもセットだ)

 そしてその手の依頼は大変なクセして報酬がしょっぱい。

 だったらその分の体力を大きな依頼に注力した方がいい。


 それだけならまだいい――いや厳密にはよくないが――最悪の場合、働いても報酬がないと言うこともザラにある。

 相手が報酬の支払いを渋ることはまだマシで(その時はツバキが交渉・・を行う)、酷い場合はシルヴィアが報酬を断ってしまうことがもる。

 依頼人が経済的に困窮していたり、子供が依頼人の場合はそれが顕著である。


『私の依頼料は高いの。ちゃんと払えるようになったらいただくわ』


 とか言っているが、その「ちゃんと払えるようになった」ときにこの事務所がまだ潰れていないかは甚だ疑問だ。


「前にも言ったでしょうツバキ。高貴な人間は施しを与える義務がある――それがノブレスオブリージュよ。そんな私が子供からお金を巻き上げてみなさいな。きっと天国の父様と母様と兄様達と姉様達と使用人達が泣いてしまうわ」

「別にノブレスなんちゃらはどうだっていいんだって。問題はとっくにあんたはその高貴な人間じゃなくなってるってことだよ。社会的にな」


 栄華を極めていたブルーム家は、2年前に何者かの襲撃を受け、門外不出の異界転生の術式を強奪された挙げ句、末っ子のシルヴィアを除いた全員が殺害されるという悲劇に見舞われた。

 さらに転生者の力を悪用する者達が水面下で増え、その責任を取らされると言う中々に理不尽な理由でブルーム家は没落したのである。

 なのでシルヴィアの身分は貴族ではなく平民なのだが、


「まったく、この私の使い魔なのだからもっとどっしり構えていなさいな。母様は言っていたわ。貴族とは家柄にあらず、土地にあらず、その旨に宿る心こそ貴族を貴族たらしめるのだと!」


 当人は万事この調子なのであった。


「へいへい、分かりましたよまったく……」

 この「分かりましたよ」というのは、「貴女様の考えを理解いたしましたすばらしい」ではなく「アンタにゃまるで危機感がないことが分かったよ」という意味である。


 別にツバキは金持ちになりたい訳ではない。

 三度の飯にありつけ、ぐっすり眠ることができてついでに昼寝もできれば言うこと無しだ。

 が、さすがにある程度お金が無ければそれも危ういということは理解している。

 そしてご主人様の金銭感覚が、今の身の丈にまるで合っちゃいないことも理解しつつあった。


「でもま、今月もなんとか持ちこたえられそうだな……ん?」


 ふと、シルヴィアの机に紙袋が乗っていることに気付いた。

 古本屋の袋だ。

 幼い頃から人斬りとして修羅場をくぐり抜けてきたツバキの勘が警告を発する。

 シルヴィアの本好きは今に始まったものではない。

 事務所の内装をぐるりと本棚が囲んでいるし、シルヴィアの自室も同様だ。

 最近では収納場所がなくなってきたのか、本の侵攻はツバキの部屋にまで及んでいる。


 ここから追い出されるとしたら、家賃の滞納が続きすぎた時か、部屋を覆い尽くさんばかりの本が床をブチ抜くかのどちらかであろうとツバキは睨んでいる訳だが、


「なあシルヴィア、それは何だ?」


 シルヴィア、硬直。

 嫌の予感は確信に変わった。


「……ナンデモナイワヨ?」

「その口調で何でもない奴ってのはそうそういないと思うけどな」


 シルヴィアは早撃ちの如き素早さで紙袋を掴もうとするが、身体能力ではツバキには叶わない。

 取り換えそうともがくシルヴィアを脚で押さえつつ中身を確認する。


『仮面の騎士 古代編 ~新たなる英雄 新たなる伝説~』


 少しばかり古い本だが、立派な装丁だ。


「なんだこりゃ、古本か……? つーか仮面の騎士ってウチの沢山あるだろ」


 言った瞬間、くわっとシルヴィアが目を見開いた。


「何を言ってるのツバキ。古代編は25年前に出版された仮面の騎士シリーズよ。今まで仮面の騎士と言えば無理矢理悪魔の眷族にされかけた主人公が仮面を被って悪魔の力を正義のために使うとういうのが定番の流れだったけど、古代編は太古の昔に作られた神秘の鎧と仮面を纏い戦うと言うスタイルになっているの。他にも状況に応じて鎧が変化したりと今の仮面の騎士シリーズでは定番になった要素が沢山あるの! ストーリーも秀逸で今までのシリーズに比べよりリアリティのある描写が魅力だわ」

「うんうん」

「仮面の騎士シリーズは漆黒の太陽編以来10年も展開が途絶えていて過去のものになりつつあったわ。けど古代編の大成功で今も定期的に新作が刊行されるようになったの! ちなみに古代編以降の作品は新世代英雄譚と言われているわ!」

「……それだけ説明できるってことは読んだことあるってことじゃないか? なんでわざわざ買ってるんだよ」

「これは初版限定の特装版なの! 原作者の直筆サインに加えて前日譚に当たる短編も付いてるんだけど、この短編はこの初回特装版以外何処も収録されてないのよ!? しかも中古で出回っている数も少ないからとんでもないプレミアが付いてたんだけど、昨日遂に古本屋で見つけたの! ああ、なんて私は幸運なのかしら。きっと神様のお導きに違いないってことで買うことにしたわけよ」

 神様とやらもこんなところで責任転嫁されてはたまったものではないだろう。

「分かった分かった、よく分かったよ……で、いくらしたんだコレ」


 シルヴィア、再び硬直。


「とんでもないプレミアって言ってたよな」

「いいこと、ツバキ? 大切なのは値段じゃないわ」

「そうかそうか。で、いくらだ」

「……」


 シルヴィアはスッと指を1本立てた。


「1万か……まあギリギリ許容範囲――」

「あ、一桁少ないわ」

「ぶっちぎりで許容範囲超えだ馬鹿!」


 たかだが本に10万も払ったというのか、このお嬢様は。


「家賃どうするんだよ! 本当に払えんのか!?」

「魔法と同じよ。無から何かを作ることは出来ないわ」


 ツバキは頭を抱えた。


「本当に家賃分を本1冊に積み込みやがった……!」

「昔から言うでしょう? 人はパンのみに生きるものに非ず、と。本という潤いがあってこそ、人生は花開くの」

「そのパンすら買えなかったら、花開く前に枯れちまうだろうが」

「安心なさいな。私だって家賃以外で必要なお金は残すように心がけているわ」


 念のため有り金が入っている金庫を確認すると、なるほど食費を含んだ生活費分の金が残っている。

 しかし出てくる感想はすごい、ではなく小賢しい、だ。


「それに家賃はいくらでも踏み倒せるけど、この手の本は一期一会よ。迷って迷って買おうと思った瞬間買われてしまうなんてことはザラにあるんだから」


 本当に口が減らないご主人様であるが、良く考えてみれば今、本はツバキの手元にある。


「今の時間なら、質屋空いてるよな?」


 シルヴィアの顔色の変わり様は、それはそれは見事なものだった。

 人間プラスの状態から一気にマイナスに叩き込まれると、表情が一瞬無茶苦茶になるらしい。


「なんてことを言うの……! まるでその子を売り飛ばすみたいじゃない!」

「まるで、じゃなくて正に、だよ。せめてその短い話を読み終わるまでは待ってやるからさっさと読め」

「あんまりだわ! 1回読んで終わりなんて本に対する冒涜よ!」

 ツバキにつかみかからんとするシルヴィアだが、本を高々と上げ(身長差はあまりないがそれはそれだ)、もう一方の手でシルヴィアの顔面を押さえる。


「生身で転生者に勝てるかよ」

「『引き寄せられよ!』」


 左手の人差し指にはまっている指輪が輝いた瞬間、本はツバキの手を離れてシルヴィアの手に収まった。


「残念だったわねツバキ。その身体能力の差を知恵や魔法で覆したからこそ、人類は魔獣や魔族が蔓延るこの世界で繁栄したのよ」


 ドヤ顔で語るシルヴィアは中々にムカつく。

 が、魔法の腕がいいのは確かだ。

 家が取り潰されるまで通っていた学校では常に成績上位だったというのは誇大広告ではあるまい。


「世界には、全てを敵に回してでも守らなくてはいけないものがあるの。いくらツバキが相手でも、容赦はしないわ」


 家賃を本に注ぎ込んでいなければ格好良い台詞であった。

 シルヴィアは完全に臨戦態勢。

 単純な身体能力ではツバキの圧勝だが、魔法や銃が絡むとなると話は別だ。

 しかも質に入れるなら本の状態を良好に保っておく必要がある。

 思ったほど楽なことではない。


 まさしく一触即発となっていたその時、事務所のドアが開いた。

 すらりとした長身に、エプロンとフライパンを装備したこの御仁は、事務所の1階にある食堂の主にして、この事務所の大家である。


 名前は――ツバキは知らない。

 みんな女将と呼んでいるのでツバキもそう呼んでいるのであまり困らない。

 年齢も不明。

 赤ら顔で聞いた一見の客は、食堂の天井に顔面から突き刺さり1時間ほど不格好なシャンデリアのアルバイトをすることになった。(当然無報酬である)


「家賃の徴収に来たよ、お嬢さん方」


 シルヴィアの顔面が蒼白になる。

 彼女からしてみれば地獄に仏ではなく地獄に閻魔大王と言ったところか。

 なんかそのまんまな気がしないでもない。

 ともあれ、何者にも不遜な態度をとり続けるシルヴィアだが、女将相手には頭が上がらない。


「そ、そんな……! 家賃の支払日は明後日の筈。何故今なの!?」

「1年以上部屋貸してりゃ分かるんだよ。あんたは金を使うことじゃなくて余ることをもったいないと思うクチだ。ご丁寧に待ってたら本だかなんだかに使っちまうのが目に見えてるじゃないか」

「あと一歩遅かったぜ。家賃はとっくにあの本に変わっちまったよ」

「なんてことだい……ま、仕方ないさね。その本を質に入れりゃなんとかなるだろ」


 女将もツバキと同じ結論に達していた。


「くっ……誰も彼も質屋質屋と! 金に魂を引かれて……それが人間の行き着く果てだとでも言うの!?」


 なんか無駄にスケールのでかい話を始めた。


「まったく、小説ばかり読んでいるからそんなバカことを考えるんだよ!」

「それはあんまりだわ! 偏見よ!」

「その通りだぜ、女将」

「ツバキ……」

「こいつは小説関係無しに大バカだ」

「ツバキ!?」


 家賃分の金を本に使ってしまうことが非常にアレな行為であることはツバキでも分かる。


「くっ、こうなったら……!」


 キッと無駄に凜々しい表情でシルヴィアは女将を睨み据えた。

 まさしく窮鼠猫を噛む一歩手前。

 さて、どんな抵抗を見せるのか――と思った瞬間。


「家賃は払えませんが本を質に入れるのだけは勘弁してちょうだい!」


 それはそれは、見事な土下座だった。

 窮鼠猫を噛むどころか、猫に命乞いをするときたものだ。

 本を諦める気が無いのがなんとも往生際が悪い。

 ご丁寧に自分を亀の甲羅のようにして本を守っていた。


「ツバキなら分かる筈よ。私が頭を下げるというのが、どれだけの重みを伴っているかッ……!」

「あんたは普段から頭を下げなさすぎんだよ」


 大体それでホイホイ許してしまう奴がこの世にいるかどうか。

 いるんだったら是非お目にかかりたいものである。


「よし分かった。そこまで言うんだったら今月だけは見逃してやるよ」


 ここにいた。


「そりゃマズいぞ女将。そんなことしたらシルヴィアはますますつけあがって――」

「大丈夫さ。こっちにもとっておきの策ってモンがある」


 にぃっと笑う女将。

 それならそれで構わないのだが……何故か、ツバキは寒気を感じた。

 すぐに逃げようとするが、ガシッと肩を掴まれる。


「ツバキにも手伝って貰うよ。ウチは何かと人手不足なもんでね……」


 やはりツバキの勘は間違い無かったらしい。

 確かなことは1つ。

 それは、ツバキがスカートを履くハメになるであろうということだ。


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