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スキル『絶対防御』

 ――厄介なヤツだな。

 戦闘が始まってから数分が経過した後、ツバキは思った。

 もっとも、今まで転生者と戦ってきてコイツは楽だと思ったことは1度とてない。

 どいつもこいつも何かしら面倒な力を持っていたが、現在戦っているゴリアテもまた例外ではない。

 耳を覆いたくなる咆哮と共に、棍棒が振り下ろされる。


 ツバキは跳躍して回避し、散弾の如く飛び散る床の破片を全て刀で弾いた。

 常人ならば咆哮に身がすくんだところを棍棒に叩き潰されるという最期を迎えるだろうが、生憎ツバキは普通では無い。

 その程度ではまだ死なない――が、決して侮っていいわけでも無い。

 戦闘前に受けた一撃も、後方に跳躍してダメージを最小限に減らしていた。

 それにも関わらず、今も体に痺れが残っている。

 シルヴィア曰く、まずは自分がただ者ではないことを敵にアピールすることが重要とのことだったのでやってみたが、やっぱりやらない方が正解だったような気がする。


 ともあれ、ゴリアテの戦闘スタイルは大体掴めた。

 防御を捨て、攻撃に特化させたスタイル。

 刃が眼前に迫ろうと、攻撃の手を一切緩めない。

 元よりそれを補って余りある攻撃力。

 何せ避けても発生した衝撃波で体が持って行かれそうになる。

 そのせいで戦場と化した廃墟はそろそろ崩壊寸前だった。

 だがそれ故に――


「隙だらけなんだよ――!」   


 確かにゴリアテの怪力は脅威だ。

 が、それ故に武器の軌道は大ぶりで、単純極まりない。

 棍棒を掻い潜り、胸当ての隙間に刃を突き立てる――!


「――な!?」


 だが、その一撃はあっけなく阻まれた。

 間違いなくツバキの一撃はゴリアテの胸に達した。

 が、肌を裂き、血に浸り、肉を抉る感覚が伝わってこない。

 巨大な壁に阻まれたような――

 瞬間、ゴリアテのカウンターがツバキの体を打ち据えた。

 爆ぜるような衝撃と共に、肉体が悲鳴を上げる。

 骨の1本1本が、芯から痺れた。

 屋敷の柱に叩き付けられたツバキの口から血が伝うが、それに構わず、追いついてきたシルヴィアに視線を向けた。


「今の、見たか?」

「えぇ。どうやらアレが彼のスキルみたいね。って、それよりツバキは大丈夫なの!?」

「死んでは、いないな」


 それにまだ動ける。

 動けるということは戦えるということだ。問題無い。


「フハハハハ! 見たか小娘共! これがゴリアテのスキル『絶対防御』! ありとあらゆる攻撃を拒絶する無敵の力よッ!」


 勝ち誇るタメシ男爵を睨みながら、ツバキは立ち上がる。

 転生者が転生者たる由縁。

 それは本人が持つ武術だではなく、転生者となることで付与されるスキルの存在だ。

 現代の魔法であれば再現不可能、もしくは膨大な時間が必要となるものだとしても、そのスキルさえ有していれば、行使することはあまりにも容易い。

 頑強な肉体に反則級のスキル。

 この2つの要素こそが、裏の世界で転生者の力が求められる理由だ。


「シルヴィア。アイツの話、マジか?」

「マジでしょうね。世の中には2タイプの悪役がいるの。自分の能力をペラペラ喋るタイプと黙ってるタイプ。彼は典型的な前者ね。嘘を付いている可能性もなくはないけど、彼は今自分が圧倒的有利になっていると思っているだろうから嘘っていうのは、少し考えにくいわ」

「なるほど……な!」


 追撃を回避しながら再び攻撃を試みるが、結果は同じだ。

 刃が肉体に沈み込むあの感覚がまるで味わえない。

 先程ツバキは隙だらけだと評したが、その認識は間違いだった。

 隙が隙として機能していない。

 絶対防御というスキルがある以上、ゴリアテは防御に肉体と思考にリソースを割く必要はないのだ。

 ならば全てのリソースを相手を蹂躙することのみに割く――単純だが、極めて合理的な戦略だ。


「クソッ、転生者ってのはどいつもこいつも――!」

「あなたも転生者でしょうに」

「そーゆーことを言ってんじゃない!」


 ツバキは相手が強いヤツほど燃える性分ではない。

楽に終わるのならばそれに越したことはない。

 が、得てしてツバキの前に立ち塞がる敵というのは、一事が万事こんな感じなのであった。


「ツバキ、相手のスキルは絶対防御って言っていたけれど、どんな感じなの? あなたの所見を聞かせてちょうだい」

「なんて言うか――拒絶されてる感じだ。競り合ってるんじゃなくて、一方的に無効化されてるって言うか」

「ふぅん……」


 光を帯びたシルヴィアの右眼がゴリアテを捉える。


「魔力の波動からして、肉体を強化するタイプのスキルではないわね。ツバキの言葉も合わせて考えるのなら――硬い障壁じゃなくて『あらゆる攻撃が通用しない』という概念を纏っていると言ったところかしら」


 前者であれば、防御を上回るダメージを与えれば突破できる。

 が、シルヴィアの推測ではそもそも力と力の鍔迫り合いそのものが発生しない。

 あらゆるダメージを通さないということは、競り合いの土俵に最初から立っていないということなのだから。


「しかもこのスキルは常時発動している……つまり、ツバキとの相性は最悪ってことね」

「ああそうかい……!」


 ツバキは吐き捨ているように言いながら跳躍。

 擦れ違い様、ゴリアテの首に刀を走らせた。

 当然、スキルによってそれは阻まれる。

 着地したツバキは、ゴリアテの攻撃を掻い潜りながら再び跳躍。

 首筋目掛けて刀を振るうも、結果は同じだ。

 それだけでは終わらない。

 ツバキは何度も、首筋への攻撃を続けた。

 スキルに阻まれることを承知しながらも、だ。


「何度やっても同じ事よ! 絶対防御は絶対なのだ!」

「本当にそうかしら?」

「何……?」


 シルヴィアは淡々と言葉を紡ぐ。


「確かにあの転生者のスキルは強力ね。けど、いくら絶対を喧伝したとしても、世の中には反例と例外は山のようにあるものよ」

「……何が言いたい?」

「絶対と言う言葉ほど脆いものはないということ。覆されれば、為す術がないんだもの――ほら」


 一閃。

 ゴリアテの首が宙を舞い、墜ちた。


「は?」


 呆然とするタメシ男爵を尻目に、首を失ったゴリアテの肉体は青い炎に包まれ消滅していく。


「おい、どうなっている! 消えとる場合かゴリアテ! あの刀使いを殺せ!」


 倒壊寸前の廃墟に、男の声が響く。

 だが、答えるものはどこにもいない。

 首のみの存在となったゴリアテの目に、理性の輝きが灯る。

 禿頭の戦士は何を言う訳でもなく、ツバキに向かって微笑み、消滅した。


「何故だ……! アレのスキルは絶対防御の筈だ! 貴様、何をした!」


 唾を飛ばすタメシ男爵に、ツバキは肩をすくめた。


「斬った、それだけだ」


 無論、ただ斬った訳ではない。

 ツバキも転生者である以上、スキルは持っている。

 『切断』――それがツバキの持つスキルだ

 効果は単純。

 ありとあらゆるモノに干渉し切断する。

 このスキルで切れないものは――厳密には、干渉できないものは殆ど無い。

 転生者のスキルもまた例外ではない。

 ツバキが連続して首を狙ったのはそれが理由だ。


 あの時ツバキが狙っていたのはゴリアテの首ではなく、それを覆っていたスキルの方だ。

 確かに『絶対防御』はあらゆる攻撃を拒絶する。

 だが、『斬撃』でスキル本体を斬られてしまった場合は為す術がない。

 腕の感覚が怪しくなるくらいには骨が折れたが、それでも切れた。

 それと同時に首を刎ね、決着を付けたのである。

 スキルを使う際は自分が何を斬るのか認識する必要があるが、シルヴィアのアシストもあるのでその部分は心配ない――

 ――もっとも、このようなことを敵にベラベラと話してやる義理はないが。 


「嘘だ、こんな筈は……もう一度召喚してやる!」

「使用済みのレコードで再び異界転生を再び行うことは不可能よ。この戦いはあなたの負け」

「黙れぇ! ええぃ、こうなったら――!」 


 タメシ男爵は懐から杖を取り出し、シルヴィアに標準を合わせた。


「『炎よ――」


 呪文が紡がれんとしたその時、銃声が響いた。


「ぐああああああああああああ!?」


 杖を握っていた手が、赤く腫れ上がっていた。

 それを見ながら、シルヴィアはリボルバー――〈ブラックスター〉から立ちのぼる硝煙をフッと吹いた。

 早撃ち《クイックドロウ》。

 トリガーを引いた状態で銃を抜くことで、撃鉄を起こすアクションがそのまま弾丸を撃ち出す動作になるテクニックだ。

 魔法が隆盛を極めるこの世界でも、銃は存在しない訳ではない。

 が、そもそも作ったところで魔法で事足りるし、なんなら銃って撃つこと以外なにもできないじゃん、ということで銃の出番など小説等のフィクションの中に留まっているのが実情である。

 確かに汎用性という点では銃は魔法に大きく劣るが、魔力も詠唱も不要という部分にシルヴィアは目を付け、自らの手でリボルバーを製作した。

 そして今、シルヴィアは銃の持つ速射性を充分に活かし、ゴム弾を用いてタメシ男爵を戦闘不能に追い込んだ。


「うーん。やっぱりもう少し反動を抑えたいわね。でも、火薬を減らすと転生者に通じなくなっちゃうし……」

「そろそろ帰ろうぜ。あとは警察に任せればいいんだろ? 風呂入ってメシ食って寝たい」

「その微妙に俗っぽいところがあなたの欠点よツバキ。私の使い魔なんだから、もうちょっとエレガントにしてもらわないと」

「ただの人斬りにそこまで求めるなよ。それに、浮かれポンチのご主人サマに比べりゃ地に足がついてるってことで」


 まったくもう、と言いながらもシルヴィアはタメシ男爵の手から取り落ちたレコードを回収した。

 1度使われたレコードを再利用することはできない。

 が、悪意のある者に拾われ、復元される可能性が完全には否定できない以上、回収しておくのが無難だ。


 この後のことは簡単だ。

 手を押さえ喚き立てるタメシ男爵をツバキが気絶させ、シルヴィアが魔法で最低限の治療をしつつ縛り上げる。

 あとは身柄に警察に引き渡すだけ。

 王都に救う転生者使いを撃破し、レコードを回収する。

 それがシルヴィアと、彼女の使い魔である転生者、ツバキ・ツルクの仕事だ。




 しばらくして、ツバキ達の通報によって現場に駆け付けた警察の面々は事態の後始末に終われていた。


「そう言えば警部。あの女の子達って誰なんスか? 警部の知り合いみたいでしたけど」


 先日赴任してきたばかりの若い刑事の言葉に、タングステン警部はしばし目を瞬かせた。


「まあ知り合いと言えば知り合いだね」

「肝が据わってるっスよね。これって転生者絡みの事件でしょ? あんなの見たのにすごい冷静っていうか」


 ツバキ達はタングステンへの報告を終え、現場を後にしている。

 タングステンはここで新入りが1つ勘違いしていることに気づき、苦笑した。


「そーかそーか。おまえ会うのは初めてか。シルヴィア・ブルームとツバキ・ツルク……あの2人が『転生者狩り』だよ」

「え、マジッすか!? 自分はてっきり目撃者か何かと」


 まあ無理もない。

 中年真っ盛りのタングステンはまだしも、新入りのアルマイトから見てもあの2人は若すぎる――というか、子供だ。

 せいぜい10代半ばがいいところだろう。


「でも、転生者狩りってことは転生者を倒したんスよね。あの見た目でやっぱり信じられないっス」

「ナリで人を判断するのは危険だよアルマイト。特にツバキの坊主は転生者だ。あいつがその気になれば俺達は一瞬でお陀仏って訳だな」

「なっ――」


 明かされた衝撃の事実に、アルマイトは目を剥く。


「自分はてっきり2人とも女の子なのかと」

「そっち? 本人の前では言うなよ。拗ねるから」


 かく言うタングステンも初対面の時思いっ切り「嬢ちゃん」と呼んでしまい拗ねられたことがある。


「でも大丈夫なんスか? あの術式って禁術じゃないですか。それを使う連中と協力してるってなったら色々面倒なんじゃ……」

「ま、それはケースバイケースってヤツだね。現状転生者に対抗できる手段は限られてるからな。使えるものは何でも使ってけというのが上の方針なのよ」

「はぁ。なんつーか、都合がいい話っスね」

「まったくだ。けど、あの2人ならヘタなことはせんでしょ」

「あ、また刑事のカンってヤツですか」

「うんにゃ、話せば分かるってヤツだ。それにあいつらの腕は確かだ。アルマイト、叛逆事件って覚えてるか?」

「あー、なんかどっかの貴族が転生者を何人も召喚して国を乗っ取ろうとしたヤツっすよね。早々に鎮圧されたって聞いたっスけど……あ。もしかしてそれを鎮圧したのって」

「あの2人だ。こっちもそれなりの犠牲を払わにゃと覚悟した時にはもう終わってるときたもんだから、訳わかんなくなったよ。ま、そう言うこともあったから、あの2人は黙認されてるってこったな」


 異界転生によって召喚された転生者の存在は表沙汰にはならない。

 叛逆事件に転生者が関係していたという情報も、警察の内部の人間くらいしか知らない情報なのだ。

 だからこそ、ツバキ達の存在は公にはなっていない。


「でも分かんないっス。異界転生ってよーするに勇者召喚っスよね。隠す必要あるとは思えないですけど」

「バカヤロー。かつて世界を救った術式を悪用してる連中がいますなんてなったら、イメージダウンでしょうが。上の連中は、あの術式を昔話の中だけに留めておきたいのさ」


 タングステンも気持ちは分かる。

 転生者の力は余りにも強力だ。

 以前ツバキと他の転生者の戦いを目にしたが、思い出しただけで背中に冷や汗が伝いそうになる。

 あんなものを好き勝手使われれば、秩序なんてあっと言う間にフッ飛び、かつての戦乱の時代に逆戻りになることは想像に難くない。

 それに、かつて世界を救った術式が、今では悪徳貴族や裏社会の住人共の玩具へと成り下がるというのは世知辛いにも程がある。

 かく言うタングステンも、少年時代には勇者ヤマダの物語を読んで大いに心をときめかせたものだ。


「つまりアレッすね。ツバキちゃんは1人だけマトモな勇者ってことっスか」

「勇者ねぇ……そう言うには、ちょいと物騒すぎる気もしないでもないかな」


 はぁ、と首を傾げるアルマイトを他所に、タングステンは2人が去って行った方角を見て笑った。


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