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転生者を討て

「遂に手に入れたぞ……!」


 男は笑った。

 脂肪ではち切れんばかりになっている体を一目で高級品だと分かる服に押し込んだ男である。


 男は貴族だ。

 しかし彼と彼がいる場所はあまりにも不釣り合いで、広さはあるが、逆にそれ以外に取り柄が無い廃墟だった。


「手に入れたはいいが……果たして本物かどうか」


 男の手に握られているのは、手の平に収まる透明な球状の魔道具。

 世界を問わず類似品をあげるとするならば、スマートフォンに酷似したものであった。


「いやいや、高い金をかけて買ったのだ。本物に決まっている」


 そうでなければ、この魔道具――確かレコードと言われていた――を売りつけたあの胡散臭い商人を見つけ出し縛り首にしてやろう。

 少なくとも、それだけのことが出来る権力を男は持っていた。

 だがそれだけでは男は満足できなかった。


 もっと直接的な力が欲しい。

 誰にも負けない、単純で圧倒的な力を。

 このレコードは、彼の願いを叶えるに値するものだった。


「さあ、ワシの元に傅くがいい、転生者――!」


 商人に説明されたとおり端末を操作すると、目の前に巨大な魔方陣が出現。

 発せられる光に、男は思わず目を覆った。


「お、おお――!」


 地面に焦げ付いた魔方陣の上に立っていたのは、2メートルを優に超えるであろう巨大な戦士。

 浅黒い肌、巌のような肉体。

 身につけている鎧は致命傷を避ける程度にとどめられ、なにより己が肉体こそが最高の鎧であると誇っているようでもあった。


 右手に握られた棍棒は木製と思われるが、どれだけ多くの血を吸ってきたのか赤黒く変色している。


 正に歴戦の戦士と言ったような面持ちだが、本来その双眸に宿っているはずの闘気や理性と言ったような輝きはない。

 屈強な肉体に反比例するかのように、虚ろな瞳だった。

 しかし男は気にしなかった


「やった――本当にやってのけだぞ! 成功した!」


 と言うより、儀式に成功したたという喜びを爆発させまくっててまるで気にしちゃいなかったのである。


「これでワシを止められる者はいなくなった! 無敵! そう、ワシは無敵の力を手にしたのだ! 転生者と言う名の力を!」


 レコードに表示された転生者のパラメーターと召喚した転生者を見比べながら、男はこれから待っているだろうバラ色の未来に思いを馳せた。


 繰り返すが、男は貴族である。

 平民をへーこらさせることなど造作もない。

 が、貴族のコミュニティの中では右を見ても左を見ても同じ貴族。

 しかも男の地位はあまり高いとは言えない。


 となると立場が上の貴族にへーこらする羽目になる。

 これは大変に屈辱である。

 が、転生者がいれば話は別だ。


 権力もあるに越したことはないが、いくらそれを主張したとて土壇場で強いのはストレートな暴力である。

 そして目の前の転生者は今や男の傀儡だ。


 思うように使えば、最早敵などいないも同然。

 王族ですら自分の足下にひれ伏させることができるだろう。

 想像しただけでウットリしてしまう。


「ふぅむ、強いて言うなら、ワシに似てもっとハンサムな転生者がよかったが、まあゼータクは言ってられん。大枚をはたいた甲斐があったというものだ。何と言ったか、この術式の名前は――」

異界転生いかいてんしょうよ」

「うむ、それだそれ――って何やつ!?」


 入り口には見張りを付けていたはずだ。

 が、聞こえてきた声はまるで聞き覚えの無いものだ。


「無数に存在する異世界から魂をこちらの世界に呼びだし使役する召喚魔法。召喚された転生者はまさしく一騎当千。使い魔としての力はトップレベルよ。かつて世界を支配せんとした魔王に対抗するため勇者ヤマダを召喚したのが始まりと言われているわ。そして、異界転生の術式を開発したのが、我等ブルームの一族と言う訳なの。お分かり?」


 鈴を転がすような声と共に現れたのは2人。

 声の主である1人目は透き通るような銀髪を持つ少女だったが、格好があまりにも特徴的だった。


 青を基調とした格好だ。

 鹿撃ち帽にインバネスコート。

 青系ではあるものの、左右の瞳の色が微妙に違う。

 何というか、探偵小説から飛び出してきたというか、扮装というかコスプレじみた格好である。が、どこか様になっているのも事実だった。


 もう1人は、探偵少女より少しばかり背が高いスーツ姿の人物だった。

 長い髪を赤いリボンで1つに纏め、腰に差しているのは東洋の剣――刀である。

 何より目を引くのが血を固めたように赤い双眸。

 赤い目の持ち主は男の周辺にもいないことはないが、夜の闇に微かに光るその目は、どこか不吉だった。

 どちらも見目麗しい――が、このような場所には不釣り合いだし、この光景を見られたのはあまりにも不都合だ。

 それに、ブルームという家名はどこかで聞いたことがある。


「おいシルヴィア。そんなことベラベラと喋ってやる必要なんてないだろ。さっさと片を付けちまおうぜ」


 気だるげな相方に探偵少女――シルヴィアはやれやれと首を振った。


「もう分かってないわねツバキ。いいこと? こう言うのは段取りが大事なの。小説でもあるでしょう? 英雄ヒーローはいきなり悪党をバッサリやるんじゃなくて、色々やりとりを重ねてからいざ勝負ってなって最終的にバッサリとやるものなの」

「どっちみちバッサリやることに変わりはないだろ。いつも細かいことにこだわりすぎなんだよアンタは」

「あら、それを言うのならツバキが大雑把すぎるのよ」


 何やら口喧嘩を始めた二人だが、ここで男はピンときた。

 ブルーム家と言えば、かつて召喚術を中心とした魔法で栄華を極めた(・・・)華麗なる一族。

 過去形なのは一年程前に没落したからである。

 名門貴族の没落は、多くの貴族の嘲笑を買い、男も酒の肴にしたものだ。

 つまり目の前の娘は、貴族でも何でもない。


「フンッ、没落貴族の小娘が、ワシに何の用だ?」

「別に大した用はないの、タメシ・ギリ男爵。我が一族の誇りであり、同時に汚点でもある魔道具を回収しようと思って」


 シルヴィアはタメシ男爵の手に握られたレコードを指さした。


「今すぐその転生者の魂を解放し、レコードをこちらに渡しなさい。そうすれば、警察に突き出すことは勘弁してあげるわ。まだ召喚しただけで何もしていないでしょうしね」

「何っ」


 気に入らない。

 転生者を前にしても恐れようともしない尊大な態度。

 そして自分から転生者の力を取り上げようとする傲慢。


「えぇい、小娘共が! 没落貴族の分際で調子にのりおって! 棍棒のサビにしてくれるわ! やれい、ゴリアテ!」


 石造りの床が爆ぜた。

 転生者――ゴリアテが地面を蹴ったのだ。

 タメシ男爵がそう認識したときには、既にゴリアテは2人の眼前に迫り、棍棒を横薙ぎに払っていた。


「あ、やべ」


 ツバキは隣にいたシルヴィアを無造作に蹴り飛ばした。


「あびゃっ」


 珍妙な悲鳴と共に、シルヴィアは棍棒の間合いの外にまで逃れた。

 が、ツバキはその場から動いていない。

 轟音。


 ツバキは壁を巻きこみ、遥か後方へと吹っ飛ばされる。

 それによって発生した突風に、タメシ男爵は思わず尻餅をつく。

 戦慄と共に、歓喜が湧き上がる。

 これが転生者の力なのだ。


「ふ……ふははは! 存外呆気ない。所詮は小娘か!」


 残るはシルヴィアだけだ。

 余りにも強大な力を目の当たりにした銀髪の少女は、ゴリアテを前に恐怖の感情を露わに――


「ちょっとツバキ! いきなり蹴るなんてひどいじゃない! こういうときは、私をお姫様抱っこして跳ぶのが常道でしょ!?」


 していなかった。

 それどころか、身を挺して庇ったツバキに文句を言う有様である。

 その口ぶりはまるでツバキが死んでいないような口ぶりだったが、頭がおかしくなったのか。

 そう思ったその時、大穴が空いた壁の向こうから声が響く。


「……ゼータク言うな。俺だったらまだしも、一歩間違えたらミンチ確定だったんだぜ。抱えて飛ぶより、フッ飛ばした方が確実だろ」


 埃を払いながら出て来たのは、紛れもなくツバキだった。

 ミンチどころか、スーツが土埃に紛れたくらいでダメージを負っているようにはまるで見えない。

 普通の人間だったらあり得ないことだ――つまり、ツバキは普通ではない。


「貴様も転生者か――!」

「まあな」


 あまりにも呆気なく、ツバキは肯定した。


「いいわよツバキ! ナメていた相手が実はとんでもない奴だった展開! なんか英雄譚っぽくてすごくいいわ!」


 ずっこけた体勢のまま興奮しているシルヴィアに肩をすくめつつ、ツバキはタメシ男爵に刃の如き視線を向けた。


「おい、貴族サマよ。1つだけ言っとくが――俺は男だ。小娘じゃねえ」

「うそぉ!?」


 衝撃の真実であった。


「分かる。分かるわよその衝撃。こんなに可愛い子って女の子でもそうそういないものね」


 うんうん、と何故か訳知り顔で頷くシルヴィア。


「ぬぅう、女だろーが男だろーが関係無いわ! 転生者というのならば尚更遠慮は無用!」


 主の声に答えるように、ゴリアテが棍棒を構えた。


「シルヴィア、分析頼んだ。俺はコイツを――ぶった斬る」


 ツバキは腰に差していた刀を抜き、無造作に構える。

 可憐な剣士と巌の如き戦士。

 転生者の戦いが今、始まる。


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