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休日のリオルナリー

 「いつもありがとうね、ルナ」とリンダが話しかけると、

「いえいえ、大したことはしていないですよ」と答えるリオルナリー。


 「いやー。助かったよ、実際。ニクス奥さまが、あんなに苛烈だと思わなかったし。絶対に「はい、その通りです」で肯定し続けてと、ルナに言われた通りにしたから私は叱責されなかったわ。けどね、怒られている他のメイドがあんまり可哀想だったから、このことを教えてあげたら、感謝されたのよ」とバネットが言う。


なんて言われたから、

「私も前にちょっと怒られて、メイド長に教えて貰ったのよ。人が足りなくて駆り出された時が、最近あってね。奥さまの侍女やメイドがすぐ辞めるみたいで。あははっ」


リオルナリーはこの2(リンダとバネット)より後輩なので、2人がいない時にやむを得ずに、臨時で手伝ったことにしたのだ。


特に深くも突っ込まれず、その話は終了した。


今日の二人は、いつも一括りにしてる髪を下ろして、可愛いドレスに身を包んでいる。

リオルナリーと言えば、さすがにツギハギだらけの服を着ることを憚られ、物置部屋から亡き母親の部屋着をこっそり3着手に入れ、前日は徹夜でそれを組み合わせたワンピースを仕上げて着ることが出来た。それは生成りと白の涼しげ半袖ドレスで、なんとかよそ行きに見えるみばえだった。


「新品には見えなくても、今までの服に比べたら上等だわ。うふふっ」


よっぽどお仕着せで行こうかと思ったが、初めての母親以外との外出にテンションが上がってしまい、素敵な服をと思い、頑張ってしまったのだ。


「私って、お母様が心配でずっと邸にいたから、友人一人いないのよ」


なんて独り言をしながら数日間、夕食を食べると部屋に籠りチクチクと服を縫い合わせる。服に残る母親との思い出は、楽しかった日々だけではない。後半は辛いことの方が多かった。けれど大好きで、自分を大切に愛してくれた母親との日々は、色褪せないのだ。


「今は何とか働いているよ。貴族令嬢としては微妙だけど、忍者ごっこの延長と思えばやれそうなの。私は今、若いけど有能なルナを演じているわ」



そうリオルナリーは、幼い時から別人を演じる訓練を母親(イッミリー)と行ってきた。本人は遊びだと思っていたけれど。ちなみに彼女が前髪で顔を隠していたのも、素顔を晒さない訓練である。




◇◇◇

母親のイッミリーは幼い時に両親を亡くして、ランドバーグ・ホッテムズ伯爵に拾われて育った孤児。それを巧みに偽装し、血筋は彼の遠縁だと偽装していた。


ただランドバーグの家は、国王の諜報を請け負う裏の顔を持っている。諜報員が入り込めないアラキュリ侯爵家調査の為に、イッミリーをキルスタン伯爵の養女にして、アルオの妻にしたのだ。

危険かつ女性の尊厳にも関わる妻と言う役目。

既に愛人がいるアルオには、きっと愛されることはないだろう。


「私がやります。ランドバーグ様」


アルオの妻となるような年齢の女性諜報員には、既に恋人がいた。だから彼女は自ら志願したのだ。他の者のように後ろ盾のないぶん、ランドバーグが実の娘のように育てたイッミリーが。


「………辛いぞ。良いのか?」

「お役に立てるのならば、是非に」

「解った。頼むぞ!」

「お心に添えるよう、頑張りますわ。……お父様」

「っ、ああ………」


私情を挟んではならない立場のランドバーグも顔が歪み、泣きそうな思いを無理やり押し込めていた。


そう覚悟を決めて、嫁いだイッミリー。

侯爵家を継ぐ為に息女ももうけたのに、アルオは変わらなかった。ニクスへの愛を貫く姿は、ある意味潔さを感じる程だ。だがニクスの邪悪さは、アルオが知らない部分にも及んでいた。諜報員が排除される要因が、彼女だと言うことまでは突き詰めたから。



だから、イッミリーは愁いた。

「自分に何かあれば、リオルナリーは生き残れないわ。何とか自衛の手段を仕込んであげなければ」


そんな訳で遊びと言う名の訓練が、幼い時から行われていたのだ。


イッミリーが義父母のキルスタン伯爵ではなく、ランドバーグに最期の願いを託したのは、そう言う事情があった。



◇◇◇

茶髪眼鏡、前髪長めの新人メイドルナは、リンダ、バネットと喫茶店で甘味を注文していた。


「ここのパフェは甘さ控えめなのよ。普段節約して、果物全部乗せパフェを食べるのが、私のストレス解消法なのよ。一口食べる?」


「私は秘密プリンを食べるからいらないわ。旬のフルーツやアイスがプリンの底に隠れているの。美味しいわよ」


「私も自分のが来るまで我慢します。アップルパイ好きなんです。昔母が作ってくれたのを思い出しました。懐かしくて」 


なんて言いながら、職場のことや趣味のことを話していくうちに次第に打ち解けていった。


その後は平民や下位貴族向けのブティックを数軒回り、2着のドレスと一足の靴を手に入れ、念願であったインナーの上着と下着(パンツ)も2枚ずつ購入した。


その後街歩きで、広場にたくさんの女性が集まっているのが目に入った。

なんでも荷台の上に複数に飾り付けたコンテナを置き、その中に安くて可愛いパンツや寝巻きや下着などが、安く大量に売られているらしいのだ。


「安いパンツ!!!!!!」

「ちょっと、ルナ。もう買ったでしょ」

「でも、可愛いです」

「あ、本当ね。私も欲しいかも」

「ええっ、ちょっと。あらでも、わりと手触りは良いわね」


パンツを売っているのは、恰幅の良いオバチャンだった。

「ここにあるのは、家族の介護や子供の育児で外に働きに出られない女性達が縫ったものなのさ。店舗がない分安いと思っておくれ。

買ってくれると、作ってくれた女達が喜ぶよ。

売れ行きが良かったらまた来るからね」

がははっと、陽気に笑う女性に安堵してしまう。


そう言われると、ますます買いたくなるリオルナリー。

「私、買います」

「ええ、じゃあ私も」

「私も買う。田舎のお母さんがいつも内職していたから、気持ちはわかるわ。貴族だってそうなのに、平民ならもっと大変よね」


なんて言いながら、彼女達はパンツやタンクトップ、胸当てなどを複数枚購入した。それも市販の半値で手に入れることが出来た。とても質が良い品物で、大満足の3人だった。


「こんなパンツ売り初めて見ました。都会ってすごいですね」

リオルナリーが興奮して言うと、バネットもリンダもパンツ売りは初めてだと言う。


「まあさ。店じゃないとこだと、取り締まりが入るんでしょ、きっと」

「今日の憲兵は、平民の味方みたいね。貴族のボンボンだと生意気な平民だと言って、点数稼ぎに捕まえたり、賄賂を要求するからさ。酷いもんよ」


「…………そうなんですね。勉強になります」

暗い顔で世知辛いと漏らせば、露店はだいたいそうよと笑われた。どうやらそんなことは常識のようだ。


(私はやはり、一般常識が全然足りていないみたい)


ああ、でも楽しかった。

美味しい物も食べられたし、お喋りも出来たし。


「あー、幸せ」

「私も満腹で、満足よ」

「本当にお手軽な2人ね。でも私も楽しかったわ。また来ましょう」


「「賛成でーす!!!」」


うふふ、はははっと、賑やかな娘達は使用人棟に帰って行くのだった。




◇◇◇

私はロザンナ・クリケット。


ケイシーと同じように、ランドバーグ・ホッテムズ伯爵に雇われている諜報員よ。


ケイシーが煩いのよ。

「リオルナリーに、パンツを買わせてやってくれ」って。


最初聞いた時は、何この変態と思ったわ。

でもさあ、よくよく聞いてみると、私も泣けてきちゃった。


イッミリーの実の娘なのに酷い仕打ちをされて、パンツが欲しいと声に出しているなんて。でも勝手に連れて来ても不味いことになるって言うじゃない。


宛名不明でパンツや下着贈っても、気味が悪いし。

ランドバーグ様から贈るのも変でしょ。

ドレスならまだしもパンツなんて。



そう言うことで、プロポーション抜群の私が、ブクブクのオバチャンに変装して下着屋に扮装した訳よ。


本来なら超高級品を、捨て値価格で売ってあげたのよ。

いかにも安げな感じにしてさ。

最初の客は同じ諜報員のサクラだったのに、リオルナリー以外もたくさんお客さんが来ちゃったわ。


見る人が見れば、超高級品とばれたはず。

もう売れ過ぎて赤字になったから、ランドバーグ様に赤字補填して貰わないとね。



「まあ今日は、イッミリーの娘が幸せそうで良かったわ。休日出勤の甲斐もあったもんよ」

微笑むロザンナは、リオルナリーとその友人にも好感を持った。



リオルナリーはベッドにおパンツを並べ、明日どれを履こうかなと言いながら、パンツを掴んで眠りに就いていた。徹夜で歩き回って、眠気の限界だったようだ。


「布団に入らないと疲れが取れないぜ」と、彼女を抱えてベッドに横たえるケイシー。

気分は既に保護者なのだった。


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