気になるあの子
「なんで平民の僕が、侯爵家の跡取りになれると思うんだろう? 馬鹿げてるよな」
僕がこの侯爵家に来たのは、母の愛人であり侯爵家次期嫡男であるアルオ様の奥様が亡くなられてからだ。
以前からアルオ様は、僕が12才になったらお祝いに子馬を贈ると提案してくれて、家の庭には小さな厩舎が建てられていた。買い付けに行ったのは、偶然にも奥様が亡くなられた日だった。
母さんは僕の幼い時から、アルオ様の跡取りになるのは僕なのだと言い続けていた。僕はアルオ様が何者か知らなかったから、 “母さんと再婚して一緒にいてくれるのかな” 程度に喜んでいたんだ。
だけど、成長する毎に状況を理解できるようになった。
アルオ様は貴族。それも国王様の内政をサポートする大臣職を、代々されている家なのだそう。そんな家の跡取りなんて、庶子の僕がなれる訳がないのに。
だけど侯爵家の本邸に来ると、母さんとアルオ様 は本当のこの家の娘、 “リオルナリー” を使用人棟に入れてしまった。まだ6才だと聞いていたのに、何て酷いことだろう。
でも何の権限もない僕には何も出来ないんだ。
下町の生活は家は狭いし、食事だって質素なものだったけど、僕の友人達はそれが普通だった。母さんの恋人がお金持ちだから、今だけ特別なのだと思って育って来た。
アルオ様と住むタウンハウスは、とても大きくて立派だったけど、いつかは出ていく場所だと解っていた。
ある時大人に誘拐されそうになって、僕の友人達の助けで何とか逃げ出した。母さんは泣いて僕を抱き締めて、アルオ様はその大人を護衛に指示し、手荒に掴んで騎士用の馬車に乗せた。
「あの男はもう居なくなるから、大丈夫だからね」と、僕を母さんごと抱き締めてくれた。
その後あの大人が、拷問後に殺されたことを母さんから聞かされた。
「高貴な貴方に無礼を働いたのだもの、当然よ」
何を言っているのだろう? 僕は認知されただけの侯爵家の庶子だから、侯爵家の私刑を受けさせる身分なんかじゃないのに。
母さんはさも当然のように、アルオ様も平然として笑っている。
「これで安全だな」と言って。
僕はこの2人が理解できず、怖いと思った。
助けてくれた友人達には、侯爵家から謝礼を渡したらすごく喜んでいて、友人もその家族も、何かあればまた守りますと言っていたそうだ。
アルオ様から何を言われたのか解らないが、明らかに僕に対する態度が丁寧になり、今までの友人関係は崩れていった。僕はみんなと同じ平民なのに、まるで主従関係みたいだ。そうしていつの間にか、護衛が周囲にいる生活になったのだ。
◇◇◇
「わたしはリオよ。リオルナリーじゃないわ」
「ああ。名前なんてどうでも良いから、さっさと来い!」
アルオ様に腕を引かれ、家庭教師の元に連れて行かれる彼女。
黄色い髪の僕の義妹は侯爵家で冷遇されていたのか、礼儀作法の一つも出来ないようだった。字さえ書けないと聞いた。
こんなに立派な侯爵家なのに、家庭教師さえ居なかったと言う。彼女の亡くなった母さんも病気だったと言うし、2人で迫害されていたのだろうか? だとしたらアルオ様と僕達母子のせいだ。次期嫡男から冷遇されれば、人は従わない。僕の友人達と逆のように。
彼女の服は質素で、家庭教師が来る時だけ令嬢用の物に着替えさせられている。そして学習後は、使用人棟に戻されているようだ。
「リオ、勉強頑張ったの!」
「偉かったね。お疲れさま」
「うん! これね、令嬢のごあいさつなんだって、
見て!」
拙いカーテシーを女性に披露するリオは、幸せそうに笑っている。女性も笑って彼女を抱き締めた。
「お母さん、私お勉強好きよ。お母さんみたいに字を書けるようになって、お手伝いするからね」
「無理しないでね。私が教えてあげられなくて、ごめんね」
「良いのよ。お母さんはお仕事頑張ってるもの。私は勉強を頑張るわ。そして立派なメイドになるから!」
「まあ。可愛いメイドさんね。ふふっ」
「えへへっ」
あんなに仲が良い女性が、彼女には傍にいるのだなと、安心した僕。病気だった母親から離されて、乳母が母親がわりに育てたせいで、彼女のことを “お母さん” と呼んでいるのだろうか?
「まあ、まだ幼いからな………」
その幼児の住みかを奪ったのが、僕達か?
同じように此処に連れて来られた僕も、後継者教育を受けさせられていた。幸い下町の学校で苦もなく学べていたから、多少の勉強量は増えても出来ない程ではない。
身の回りのことは、全て使用人が行ってくれているから、僕はひたすら勉強をするだけ。
もう下町の友人にも会いに行けないだろうし、彼らも変わってしまったから、行っても気まずいだけかもしれない。
僕には何も出来ないけれど、いつかこの場所を君に返せるようにするからね。それまではごめんね。
泣きそうな顔で心に誓い、そっと頭を下げてから自室に帰ったのだった。
◇◇◇
「なんだ、あの子。とっても良さそうな子じゃないか?」
俺はケイシー。
ランドバーグ・ホッテムズ伯爵に雇われている諜報員だ。
いろいろ調査をしているのだが、この子はとても真面目だ。自分が庶子だと弁えている。
そしてリオルナリーに対しての罪悪感も強いようだ。
ニクスの子に見えないくらい善良だ。
でも人は変わるから、これからも気は抜けないな。
でもあの子はリオで、リオルナリーじゃないだけどね。
ああ、ややこやしい。
この後はリオルナリーがやらかしていないか、見に行かないとな。ああ、忙しいぜ!