その後の話 その2
続々と婚約や結婚する者が多い中、リオとナジェールは、婚約者がいなかった。
と言うか、2人とも両思いだが、諸々のことがあり前に進めなかったのだ。
リオは世間的に、リオルナリーとして行動している。
ナジェールはアルオの実子だが、元庶子である。
今はジローラムの養子となってはいるナジェールだが、ニクスは祖父が男爵家の三男であるだけで平民である。
ナジェールは自由に活動できるように、ランドバーグがグルーニーの息子として作った、リオの戸籍も持っている。実際に国外では、リオとして羽を伸ばすことも出来た。
だが、ナジェールは一人であり、今後どう生きるかを決めなければならない。けれど、なかなか踏ん切りがつかなかった。
ジローラムが当主のままだと、年齢的に今後数年以内でナジェールは侯爵位を継がなければならない。
だがナジェールは、ジローラムの血を濃く継ぐリオこそ当主に相応しいと思うのだ。
そして誰かが一度爵位を継げば、もう責任を持って生きていくしかない。
本来の希望としては、リオがリオルナリーとして、ナジェールがリオとして結婚すれば収まりがつくのだが、本来あるナジェールの存在をどうするかと言う問題になる。
ナジェールが侯爵位を継ぐ前提で、ジローラムの養子にされていることは既に公にされており、それが覆れば多少の論議に上がるだろう。
「やはり庶子だから、後継ぎになれなかった」と。
そんな悩みの中、ジローラムはアルオに提案した。
「アルオ。お前が中継ぎで侯爵家を継いで、時間を持たせろ。その間に子供達は将来を考えられるだろう」
「俺はニクスと結婚しています。無理です」
臨時とは言え、平民の妻がいる者の爵位の復帰は難しいだろう。それくらい、ジローラムだって知っているはずなのに。
「ルメンドを忘れてはいないな。あいつは前バルカーニ侯爵の三男で、長男が侯爵位を継ぎ、次男はデバルムの子爵令嬢の婿に入った。残る伯爵位をルメンドが保有していたが、既にあいつの長男が継いでおる。その長男の義妹として養子に入れることになった」
「まさか、ルメンドが。どうして彼が、そんなことを? 彼はイッミリーやリオルナリーを虐げた、俺達を憎んでいるはずなのに」
アルオは、驚愕の表情に変わる。
己のことを把握出来ているなと、ジローラムは一つ頷き続けた。
「だからだよ、アルオ。子供達が奪われた悲しい時間を、楽しいものに変えてやる機会を作るんだ。お前が滅して仕事をし、彼らに自由を与えるんだ。もしリオ達が爵位を継ぐのが嫌なら、お前が継いでも良いのじゃないかと認めさせるくらいにな。勿論、お前とニクスの仕事が落ち着けば社交に出て貰う。ニクスを養子にするのはそう言う意味もある。今さら逃げるなよ、アルオ。救って貰った命は、子供の為に使え」
ああ、そうか。
そう言うことならもう、やるしかないな。
でも…………
「ニクスは、知っているんですか?」
彼女が嫌なら、俺一人で頑張ろう。
そう思っていると、
「職場でルメンドから告げている。罪滅ぼしが出来るならと承諾したそうだ」
そう、なんだ。
ああ、ニクス。
君もずっと、償いたいと思っていたんだね。
「それでしたら、よろしくお願いします」
「うむ。俺もすぐクタバル気はないが、グルーニーに会って見たくてな。ついでにアメリアにも。今回が最後の旅になるかもしれんしな。腰が痛そうじゃわい」
ジローラムは笑って、アルオの肩を叩いた。
頼んだぞと言って。
ジローラムは、その後のアラキュリ侯爵家の補佐をランドバーグに頼んだ。近いうちに、彼らの住むレイザヴァニーに旅に出る。住みやすければ、戻らないかも知れないとランドバーグに告げていた。
◇◇◇
ルメンドは、自分がこんなことをする未来が来るとは思っていなかった。
憎きニクスを養子に迎えることを、自分の長男アーチスに願い出るなんて。
ニクスがジローラムに連れられて、レストラン『オルヴォワール』に来た時は、何の冗談かと思った。俺達に虐めろとでも言うのか?
それがだ。
「ニクスは反省しているようだ。彼女が礼儀作法を学ぶ為にも、ここで鍛えてやってくないか?」
ジローラムが頭を下げて頼むのだ。
いつもワンマンで、俺の言うことにも突っかかってきた男がだ。
いくら嫌でも、侯爵家当主に復帰して目茶苦茶頑張っている男に、拒否は突きつけられなかった。
そんなだから、イビることはしなかった。
口調は多少キツかったかもしれないが、適正には指導した。ついでにマリー、アカザ、テレーゼ、アイルアン、ナジェルダにも、ジローラムが頭を下げたことを告げて、虐めるようなことをしないように言った。
嫌そうな顔を隠していなかったが、他の職員指導もあるので、必要以上の叱責はしていないつもりだ。
いつものニクスなら、すぐに逃げ出すだろうと思っていた。
けれどあいつは、意外に頑張っていた。
娘時代に少し働いただけで、アルオに縋って生きてきた癖に。
注意されてはメモをして、汗をかいて食器を洗ったり配膳したり、トイレの掃除も丁寧にし、時に若い者にも指摘をされても謙虚に受け取めて。
客の理不尽な言い分にも言い返したりせず、「上の者を呼びますので、少々お待ち下さい」とマニュアル通りに行動していた。
時々店の裏で泣いても、サボることはなかった。
そしてどんどんと、礼儀作法を身に付けていった。
何故そこまで頑張るのかと、聞いたことがある。
するとニクスは、少し躊躇って言うのだ。
「アルオ様にこれ以上迷惑をかけたくない。出来るなら、力になりたい。頼れる者になりたい」
そう真剣に語った。
今では、新人を指導するくらいのスキルを身に付けたニクス。そこまでに2年はかかった。
彼女はもう食品くらいしか買うことはなく、服などは古いものを修正して使っている。若い時には、いつもそうして過ごしていたそうだ。アルオに会うまでは、食事も満足に出来なかったと。
そしてお金は貯金し、何かあった時に備えるのだと言う。
(ああ。確かに変わったな。罪は罪だが、悔いることは何歳になろうと出来るのだ)
それは俺以外の者にも伝わっていた。
もう、昔のニクスではなかった。
リオもナジェールも、貴族は肌に合わないだろう。
ずっと辛い思いをして、侯爵家にいたから。
ならばもう、親の責任を取らせても良いだろう。
今のアルオとニクスなら、その任を果たせるはずだから。
社交に出る際はアカザとテレーゼが、アルオとニクスに付き添う。俺の息子夫婦、アーチスとその妻ジャスミンもだ。
彼らの生き方を知り、その佇まいを見て判断したと言う。
ニクスは働いて倹しく生きることで、服のサイズがずいぶんと小さくなった。それはアルオもだ。
だからアーチスが服をプレゼントすると言った時、彼らは固辞した。昔の物を直して着るのでと。
当主代理としてはせめてサイズの合うものを着なさいと、無理にサイズを図りプレゼントしたアーチスに、彼らは感謝した。
「ありがとうございます。こんなに素敵なものを。今後は気を配ります」
「本当にありがとうございます。今後は見合う服を身に着けます」
2人は本心から感謝して頭を下げていた。
昔の意識からずいぶんと謙虚になった2人だが、これでは他貴族に舐められてしまう。
「謙虚なのは素晴らしいが、アラキュリ侯爵家を残す選択肢を子に残したいなら、もっと堂々としろ。昔のように傲慢ではなくても常に前を向け。貴族とはそう言うものだろう?」
2人は言葉を噛み締めて頷き、顔を上げた。
「そうですね。改めてありがとうございます」
「私もです。皆さんに学んだことを活かしていきます」
そう言って、社交に向かっていく2人だ。
立ち居振舞いは洗練され、貴族の後ろ盾の出来た2人に正面から突っかかる者はいない。けれどオブラートに包んで、チクチクとイビる者は後をたたない。瑕疵がなくてもそうなのだ。多くの汚名のある2人には辛いことだろう。
それでも2人は贖罪のように、可憐に言葉をかわし時に傷つきながら生きていくことを選んだ。子供達に少しでも償いたいと思いながら。
それを知った貴族達は、彼らを認め始めた。
元より侯爵家。
真実の愛を掴んだ2人。
勿論、イッミリーやリオルナリーの仕打ちも知っている人は多い。
それでもまず、最初の第一歩を歩み始めたのだ。
◇◇◇
アルオとニクスの中継ぎ状態が公になったことで、リオとナジェールは考える猶予期間が作られたのだ。




