忍者ごっこ
「ふー、どれどれ。今日は何処を探りますかな?」
リオルナリーは、暇を持て余していた。
料理人ケイシーのお陰で、あれから空腹にはなっていない。
けれど、この部屋には服以外何もないのだ。
母から貰った大事な本も、台所の荷物庫の中である。
なので時々小屋裏に上がって、新しくなった使用人を観察することにしたのだ。
この使用人棟は、侯爵邸の後ろに立つ1階建ての建物である。
先先代が、本邸に住んでいた頃。
泥棒が潜入した際に、陽動の為に3階建ての使用人棟に火を放ったことで、逃げ遅れて数人が死んでしまったらしい。
深夜だったこともあり、被害が大きかった。
主従の関係が良好だったこともあり、それを悔やんだ先先代が平屋の棟に建て直したのだ。
その為小屋裏を使えば、ほぼ全ての場所を観察出来る訳である。
実はこの “忍者ごっこ” 、始めてではない。
前任のメイド長が “忍者ごっこ” の概念を知っていたのは(小屋裏のことは別として)、イッミリーとリオルナリーの遊びを知っていたからである。
・木登り
・小鳥取り(大きめのザルを裏にして、片側を木の棒で浮かせる。この時の棒は、軽く地面に差し込んでおく。その棒を荒縄で縛りつけ、ザル下に撒いた粟や麦を啄みに来た小鳥を、棒を引いて捕まえる技である)
・忍者走り(音を出さずに走る)
・かくれんぼ(指定した場所内で気配を絶ち隠れる)
等など、普通の遊びではないことをしていたのは、公然の事実だったのだ。
ただ使用人達は、変わっている遊びですねと流していた。これが本当に忍者訓練の一環なのには気づいていない。
そんな風に逞しく育ったリオルナリーは、母と共に他者の生活を覗いたり訓練をしていくことで、大人みたいな子供(耳年増)になっていく。
何となく社会の仕組みを理解したのだ。
勿論それをネタに、叱責や恐喝なんてしていない。
お互いに極秘だと頷いていた。
まあそんな感じで、少々のことではへこたれない “おばさんっぽく” 育ったリオルナリー。
「お母様は、義母が上がり込んで来ることを想定して、私に忍者ごっこをさせていたのかしら?」
本人が時々言う勘は、見聞きした体験から基づくデータであり、解析度が高いのだ。
母がいた時は、本邸の小屋裏も覗いていたリオルナリーなので、時々訪れた敵(父と義母)の性格も何となく察していたのである。
それでも斜め上だったが。
と言うことで、今日は隣人リンダ・アンクルの観察に赴くと、友人のバネット・ミルトンが遊びに来ていたようだ(もう回数を重ね、姓名・年齢などは調査済みである)。
「ほうほう、以前の勤め先はセクハラで辞めていると。なるほど。ここはご主人様が奥様と仲が良くて安心。尻に敷かれていると。マジか、お父様」
お母様が生きている時は、あれでも義母は猫を被っていたのかしら? まあ、葬儀後すぐに私も追い出されたしね。
「え、まだ正式には入籍してないの? 祖父が反対してる? なるほど、じゃあもう義母じゃなくニクス呼びにしよう!」
「え、バネットさんも正妻を狙う? 嘘でしょ?」
なんと意外にも、お父様はメイドに人気がある様子。
銀髪で透き通るような緑の瞳のイケメンで、知性派ではあるし、次期侯爵家当主なら、まあそうか。
でも彼女が子爵家なら難しいかもね。
そもそもニクスは、何処の家門か聞いたことがない。
「いくらなんでも、貴族よねえ?」
何だか一波乱ありそうな予感。
でも今は、本邸には行けないリオルナリー。
詳細は曖昧なままだ。
◇◇◇
その時のケイシー。
ああ、やっぱりだ。あの子供はこの家の嫡女リオルナリーだ。アルオの息子が嫡男じゃないのかって?
平民との子じゃ無理だろう。
アルオがもうすぐ侯爵になるから、そうしたら寄子を脅して彼女を養女にさせて入籍する予定らしい。
だからまだ、アルオは未婚なままだ。
あるのはアルオの愛だけと言う、不安定。
ニクスはイライラしているだろうな。
いくら後妻でも、身分的な限度がある。
どのみち今のままじゃ、舞踏会にも夜会にも行けないしな。
それを広く知られれば、アルオに女が群がるだろう。
彼女はリオルナリーを亡き者にして、息子を唯一の後継者にしたいだろうし、結婚に反対の侯爵も邪魔に思っている。
イッミリーの死因は不明だが、キナ臭いぞ。
アルオが王太子と仲が良いのも怪しい。
下手に手出し出来ないぞ、これ?
ケイシーが誰に指示を受けているのか解らないが、リオルナリーは危険な運命に巻き込まれているようだ。