グルーニーは、ナジェールの幸せを願う
「俺はずっと後悔していたんだ。自分の責任を果たせない子を作ったことを。………言い訳になるかもしれないが、そうしなければ殺されていただろうな。それ程に俺には選択肢はなかった」
「そんなこと! ………ありえたのですね。公爵、なんて酷いんだ!!!」
夕食後、ナジェールの泊まる部屋にグルーニーが訪れて、二人は話をしていた。
それは観光等の話ではなく、グルーニーの懺悔だった。
◇◇◇
アメリア宅に宿泊して数日。
リオとナジェールは、日中を護衛達と街へ散策してまわった。街並みを眺めたり、湖や市場に寄ったり、リオの関心のある服飾や刺繍のある場所を訪れたり。
アメリアとグルーニーは、月から木曜日の4日を仕事に当てていたので、仕事上がりと金曜日からをリオ達と過ごしていた。
さすがに外食ばかりは飽きるので、ロザンナやガルードが昼食を作り出した。コーマだけは無理だと辞退していたが、普通に美味しい料理だった。
雇い主には作らせられないと言っていた護衛達も、暢気な時間に流され、共に台所に立つことを受け入れていく。
幼い時は家事を手伝っていた2人なので、基礎は出来ていた。今日の昼は照り焼きチキンとレタス、玉子、レタスとトマトとチーズを挟んだサンドイッチをたくさん作り、飲み物はアメリアから貰ったオレンジを搾って、ジュースを容器に入れた。アメリアのアイスケースと一緒に冷蔵魔法を容器にかけて貰ったので、いつでも冷たいままだ。代わりにサンドイッチをアメリアとグルーニー、マーディにも渡し喜んで貰えた。
アメリアとグルーニーが仕事に行った後は、湖までピクニックに出発だ。
衣装は男性陣は、薄着の半袖と半ズボン。女性陣は半袖と軽い布地のジャンバースカートだ。長さも膝までの短めの物だが、この街の女性陣はもっと短いスカートや半ズボンを履いていたので、目立つことはなかった。
水温も高いので水に足をつけたり、砂浜を歩いたり、ビーチボールで遊んだりしていた。
ビーチパラソルと椅子を海辺の店で借りて、休みながら遊んでいると、あっという間に夕方になった。
今日の夜は庭でバーベキューをすると言っていたので、ビーチパラソルを店に返したついでに、水槽で泳ぐ魚やイカ、海老を捌いて貰いお土産にした。家につけばすぐに焼けるので便利だ。
孤児院でアイスを配った後、アメリアは家に戻り馬のいる物置の掃除をしていた。朝もロザンナ達がしていたが、馬に触るついでにと言いながら。水も勿論取り替え済みだ。
「どうせなら綺麗な場所で、ブラッシングしてあげたいからね」
既に馬もアメリアに慣れ、目を閉じて身を任せている。
それを見て彼女も頬を緩ませる。
「可愛いねえ。貴族の時は乗るだけで、こんな風に触れなかったからね。うーん、可愛子ちゃん。ツヤツヤじゃあ」
なんてやってるうちに、リオ達が戻って来た。
「おかえりなさい。あらっ、捌いた魚がたくさんね。ありがとう。じゃあ、お肉と野菜を買ってくれば良いのね」
満面の笑みで喜ぶアメリアに、みんなも笑顔になった。
「よいっしょ。バーベキューのコンロを庭に出すわね。炭に火を入れておくから、様子見てて。試しにお魚焼いてても良いわよ。今、いろいろ買ってくるわ」
サンダルで商店に駆け出していくアメリア。
網を上げて、炭に火をつける。
その間にフランスパンを切り分けて、庭に出ているテーブルのお皿に乗せていく。
お皿も人数分出し、フォークもセットした。
お酒とコップも並べて準備万端だ。
半日湖に居ただけで、ロザンナとリオ、ガルードは日に焼け、コーマとナジェールは赤くなってヒリつくと言う。意外と陽射しはきついようだが、女性陣は化粧をしているので予防になったのだろう。ルナから貰った日焼け止めもしていたし。
コーマとナジェールは、火傷用の薬を薄く塗っていた。それほど酷くはないので、明日には回復しているだろう。
そうこうしているうちに、グルーニーも帰ってきた。
「おおっ、準備御苦労さん。冷たいビール買ってきたから、飲もうぜ!」
「おおっ、ありがたい! おかえり、グルーニー」
「「「「おかえりなさい!」」」」
そして、アメリアが戻る前に魚を焼き始めた。
ビールを継がれ、みんなで乾杯だ。
そこにアメリアが戻り、「私にも頂戴! っぷはぁ」と、グルーニーのを横取りしていた。
飲みながらお肉を網に広げ、野菜も囲うように置いていく。
「焼けたらどんどん食べてよ。どんどん乗せるからね!」
「はい」
「食べます」
「どんどん食べちゃうわ」
「お肉、お肉、ウェルダンで頂こう」
「網で魚を焼くのは、旨いぞ」
「遠慮すんなよ。俺も遠慮なしでいくから」
「私だって、焼きながら食べるわ。特権で一番乗りよ」
最早、遠慮なしである。
トングで次々に焼かれる肉達は、香ばしい匂いを漂わせる。
コリー犬のジルも、舌を出してヨダレが出ている。
優先的に骨付きの部分と肉部分を焼いて、魚介も入れてお皿に盛って置く。酔った後は収集がつかないのを知るアメリアだから先出しだ。
ジルも、まっしぐらである。
今宵も満点の星空の下、とりとめのない話をして笑いながら夜が更けていく。
ただ今日のグルーニーはあまり酔っていないようで、アルコール度が少ない果実酒を飲んでいるナジェールは、酔っているリオを心配していた。
そんなナジェールに、グルーニーは声をかけた。
「少し話せるかい」と言って。
ナジェールも話す機会が欲しかったので、素直に応じる。2人はナジェールの泊まる部屋に向かった。
アメリアは少し心配そうに2人を見たが、酔って眠そうなリオに目を細める。安心しきったその様子に。
護衛達は護衛達で、すごい勢いで飲み食いして笑っている。警戒心皆無である。
護衛としては不合格であるが、信頼されていることが素直に嬉しく、ニンマリとしてしまうアメリア。
(大勢で騒いで、笑って。楽しいね。
生きていれば、いろんなことがあるもんだ)
◇◇◇
「アルオのせいで苦労をかけたね。ずっと頑張ってきたと聞いたよ。…………すまないね。こんなことも言えた義理じゃないけど、本当にごめんな」
悲しげな顔のグルーニーを見て、ナジェールは左右に首を振った。
「お祖父様、もう謝らないで下さい。僕は今、とっても幸せですよ。お父様を誕生させてくれて、ありがとうございます。お祖父様がいなければ、僕はここで楽しく過ごせませんでしたよ。
だから、僕は大丈夫ですよ。生まれてきて良かったと思っていますから」
その言葉に、グルーニーはまた泣いた。
「アルオが生まれた時、不覚にも泣いたんだ。嬉しくて。肉親なんていない俺に、家族ができたみたいで。でも、隣にいなければ、傍にいなければ意味は薄れていくんだと解った。………何もしてあげられないから。褒めることも叱ることもね。
それでもね、構わないと思ったんだ。悩みながらも生きてくれれば良いと思った。けどね、君のお母さんと恋に堕ちて結婚もせずに君が生まれて、彼女と結婚する為に貴族の養女に出来るような教育も施さず、かと言って自分が平民になることもしない。その上、体面の為だけにルナの母親と結婚して、結局その母子も不幸にして。
選択肢がたくさんあったのに、我が儘に好きなようにしか行動せずに、たくさんの人を踏みにじった。
俺はね、貴族でも平民でも良いから、好きな人を幸せにして、アルオに生きて欲しいと思ったんだ。自分はアメリアを幸せに出来なかったから。だから、そこはずっと辛かったんだ。
だからナジェール。君にはどうか、愛する人は幸せにして欲しいと思っているんだ。勝手な言い分だと思ってはいるんだけどね」
今まで思っていたことを、多少の酔いに任せて話すグルーニー。何度謝っても、辛い目にあって来た孫には、負い目を感じてしまう。
でも、伝えたかった言葉だ。
たとえ自分よがりになっても。
もう二度と、会えないかもしれないから。
そう言われても、ナジェールの心はグルーニーを責める言葉はない。改心して頑張っている、父親さえ許しているのだから。
「お祖父様、お父様は今の方が幸せそうですよ。ルナにもリオにも謝罪しましたし、イッミリーさんにも悪かったと悔やんでいました。それに侯爵家の籍からも外れ、僕の母と結婚したんです。僕の母も改心して、働いているんですよ。贅沢なんかしなくても、今の方が楽しそうですから。
お祖父様にも、一度会って欲しいです」
グルーニーはナジェールからいろんなことを聞き、「そうか、そうか」と、頷きながら聞いていた。
だけどグルーニーは、もうこの地から動く気はない。きっとアルオが来なければ、一生会えないだろう。
それでも、良いと思えた。
今の様子をナジェールから聞けたことで。
「ありがとう、ナジェール。俺は幸せだね。傍に居なかった孫に、許しを得ることが出来たのだから。………ナジェールは、幸せを掴むんだよ。みんなを見て分かっただろうけど、地位やお金じゃないんだよ。確かにお金はいるだろうけど、それほど多くはいらない。俺達はここに来て、家だけはアメリアの指輪を売って買ったけど、他は働いた収入で十分暮らせるんだ。
貴族でいるなら、それなりのお金は勿論必要だけど、それだって普通に暮らせば余るくらいだろう。それをどう使って行くかが、義務になるんだろうけどね。責任が伴う大切な地位だ。
もっとも貴族で生まれて諜報員になった俺には、ジローラムの様子を見て思った感想しか言えんけどね。
後悔をしないように、責任を自覚して生きなさい。
それがナジェールよりたくさん生きた、大人からのアドバイスだよ」
グルーニーは、もう泣いていなかった。
そのスッキリとした様子に、ナジェールも微笑みを浮かべる。
「解りましたよ、お祖父様。僕は好きな人には、誠実に生きると誓います。地位とかは、どうなるかは自分で決められませんが。ですがお祖父様、お祖父様はお若いし、父も若いです。きっと会えると思いますよ。
僕だって、また来るつもりです。きっと次はお嫁さんもいるでしょう。なんて」
そうかと頷くグルーニーは、嬉しそうに笑った。
「お嫁さんに会うまで、長生きしないとな。ところで、もう好きな子はいるのか?」
突っ込まれて焦るナジェール。
「いるような、いないような………です」
「そうか。これから楽しみだな」
顔を赤らめるナジェールに、深く踏み込まないグルーニーは、アメリアとの出会いを初恋だと言いながら惚気た。
「あとな、お祖父様は止めてくれ。柄じゃないから、爺ちゃんで良いぞ」
「え、ええと。じゃあ、お爺ちゃんと呼んで良いですか?」
「ああ、助かるよ」
「ふふふっ」
その後も年代を越えた男同士の恋ばなは、以外にもナジェールの興味深げな食いつきで、深夜まで続くのであった。




