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勝手に生きてます  作者: ねこまんまときみどりのことり


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第一皇子ビヨンドと妻カルナの話

 「なあ、カルナ。私は側妃を迎えたいのだが、許して貰えないだろうか?」


申し訳なさの微塵もないビヨンドは、妻のカルナに告げた。


カルナは扇を口元に当て、ビヨンドを悲しげに見つめていた。


政略結婚だが娘も2人生まれ、回りの家臣達と共に政務に取り組んでいた彼女(カルナ)。彼女に瑕疵は何もない。

ただこの国の為に尽くして来たのだから。



ビヨンドは第一皇子で、順当ならば彼が次期皇帝となるはずだ。


ただ常に、焦りを感じることはあった。

それは、何事も自分より優秀である弟に対して。



優秀で体術も剣技も強い弟ユガットは、多くの騎士からも一目置かれる存在だ。まだ独身であるが、それは皇子のいないビヨンドを慮ってのことだった。それはビヨンドにも解っていた。


だからこそ国内で王族派筆頭の公爵令嬢を娶り、子を成し政務に励んできた。懸命に生きてきた。


けれど蜜のような誘惑が彼に囁かれる。


「陛下の言うように、いくら優秀であっても平民などに重役を担わせることは感心しません。遠く綿々と続く、尊き貴族の純然たる血が途絶えるかもしれません。ここはビヨンド様のお力で貴族優勢の国に。栄光を我らの手にお戻し下さい」


それが出来るのは、次期皇太子と成られるビヨンド様だけですと持ち上げられた。



そう懇願され、それを望む貴族に称賛や優遇を受け、ビヨンドは初めての優越感を得たのだ。


貴族優勢に戻す案など、今さら皇帝もユガットも認めるつもりはない。けれどビヨンドが貴族の意見を聞いている分には、観察しながら自由にさせていた。


それは妻であるカルナも同様であった。



貴族達の声に耳を傾けるのは、為政者として必要なことであったから。

ただビヨンドは貴族達の話を聞くことで、自分はこれ以上ないほど国に尽力していると疑わなかった。



普通ならば皇太子と認められても良い年齢だが、皇帝はビヨンドにそれを与えなかった。彼の性格上、権力を持てば増長すると解っていた。自分(皇帝)が彼を教育し導き、経験を重ねて貰い、何れ成長した際に皇位を渡そうとしたからだ。


第二皇子であるユガットは、全くと言うほど皇位には関心がなく、兄であるビヨンドが次期皇帝になることを望んでいた。


そうなる予定に、変更はないはずだった。




◇◇◇

公務である教会の慰問だった。

そこで偶然目に止まった、黄色の明るく艶やかな髪とエメラルドグリーンの煌めく瞳を持つ美しい少女。


上質な服が汚れるのも厭わず、子供達と遊んだり本を読み慈しむ姿に目を奪われた。



「綺麗で心優しき娘だ。身元を調べて来るのだ」


側近はすぐに、神父やシスターに聞き取りして報告する。


「隣国タルーシアラ王国の侯爵令嬢リオルナリー・アラキュリ様で御座いました。既にタルーシアラ王国の学園では卒業相当の単位を取得し、この国の学園へ留学中だそうです」


それを聞き、ビヨンドは喜色めいた。

美しいだけでなく、優秀でもあるのかと。


そしてアラキュリ侯爵家は、代々貿易で潤う筆頭侯爵家だと知っている。


(隣国で力ある令嬢の家が味方につけば、次期皇太子は確実になる。………何よりあの少女が傍にいれば、もっと幸福になれるはずだ)


理屈をつけてはいるが、ただただリオルナリー(本当はリオ)に一目惚れしただけだった。



いつも父親の顔色を窺い、弟に劣等感を持ち、正論をぶつける優秀な妻に、不満も言わずに生きてきた。敵を作らずにいつも気を抜けずに、やっとここまで来た。


貴族の支持も受けている今、少しだけ我が儘を言っても良いはず。



だから父親である帝王には告げず、タルーシアラ国王に親書を送った。皇帝からではなく、皇子である身分として偽らずに。だが反面、誰にも相談することもしなかった。


帝国のような大国の皇子に望まれるのに、拒否はしないだろう。ただ年若いことと婚約者などがいれば、断るかもしれない。


断るならそれも致し方ない。

そんな認識だった。


だから知らなかった。

帝国からの親書がどんなに脅威になるのか。

相手がどんな反応を取るかを。


妻カルナに側室を迎えたいと告げたのは、丁度親書を送った頃だった。



カルナは思った。

ああ、タルーシアラ国王とて、力を付けつつある大陸2位の面積を持つ国。その筆頭侯爵家の長女を娶りたいなどと。それにアラキュリ侯爵家の正当な血筋は、ビヨンドの望むリオルナリーだけのはずだ。


(きっと調査する前に、いろいろと動いてしまったのだろう)


頭痛を抑えきれず、額に手を当てるカルナ。

この言葉しか、彼女に言えることはなかった。



(わたくし)は陛下の指示に従います、ビヨンド様」

「うむ。ありがとう、カルナ」



満足げなビヨンドだが、カルナはビヨンドに従うとは言っていない。あくまでも陛下にと呟いたのだ。


最後まで彼が、それに気づくことはなかった。





◇◇◇

私はデバルム帝国筆頭公爵家、アバンダーレの次女カルナ。

幼い時にビヨンド様と婚約し、皇子妃教育を受けてきた。幼い時のビヨンド様は気が弱く、何度も劣等感により泣きそうな顔を(カルナ)に見せた。


弟のユガット様が優秀で、話術も巧みであり人脈を作ることも上手かったから、引っ込み思案なビヨンド様は悔しかったのだろう。


私はそれを見て、不敬ながらも“愛おしい ”と思ってしまったのだ。


その後も大国である、デバルム帝国の皇子妃教育は苛烈を極めたが、ビヨンド様を守りたいと思えば頑張ることが出来た。


年を重ねビヨンド様は精神面も成長され、顔色を迂闊に晒すこともなくなり、皇子然として振る舞えるようになった。


彼の性格を知る皇帝陛下とユガット様は、常にビヨンド様を陰日向に支えていた。勿論、私もだ。


ビヨンド様の元に嫁ぎ10年が経ち、政略結婚だが子供も2人生まれ、回りの家臣達と共に、政務に社交に子育てにと忙しくも幸せに過ごしていた。

ビヨンド様は感情の起伏が時々激しい時があるも、家族には優しい面も見せる夫であり、良き父親でもあった。(カルナ)との激しい愛はなくとも、長く暮らすことで家族としての情は生まれていた。


ビヨンド様はもう31才で、可も不可もないというのが周囲の評価だ。このままなら、順当に第一皇子である彼(ビヨンド様)が皇帝になると思っていた。



未だ将来の皇帝となる皇太子は決まっていないけれど。




そんなある日、ビヨンド様は誰にも相談せずにタルーシアラ国王に親書を送ったと言う。


アラキュリ侯爵令嬢を第二夫人へ迎える打診の為に。


現在タルーシアラ王国には、公爵家に女児が少ない。まだ2才と3才の者が2人いるだけだ。それ故にリオルナリーは、侯爵家と言えども王国における未婚の高位貴族の上位に位置していた。


それに才女でまだ14才の美しい娘だ。


その彼女を第二夫人とは、王国に対する挑発とも取られる行為だ。


(せめて私と離縁し、第一夫人として迎える話ならば波風も立たなかったのに)



だから(カルナ)は、皇帝陛下に望んだのだ。


生家アバンダーレ公爵家では、自分(カルナ)以外に子がいない。優秀だからとビヨンド様を補佐する為に、特例で嫡子である自分が皇子妃になったのだ。


自分の生んだ子の中から、次期公爵を継ぐ者を選んでも良いと言う条件と共に。彼女の子は2人。8才と6才の女児だ。


ビヨンドと2才下の彼女(カルナ)なら、まだ男児も産むことも可能だったが、今後それは叶わないだろう。


「帝国に忠誠を誓います。ですから離縁を認めて頂き、私が女公爵となるのをお許し下さい。お願い致します」


カルナは深く頭をたれた。


未だ熱に浮かれ、リオルナリーの詳細を調査しないビヨンドには状況が把握出来ていない。今回ばかりは皇帝もユガットも擁護できない。勝手な行動がビヨンドの首を絞めることは分かりきっていた。



だからこそカルナは、処分が出る前に皇帝に望んだのだ。離縁することを。



「ビヨンド様には家族的な愛を持って来ました。しかし今さら、愛欲で失脚するなら詮ないこと。他のミスならば庇えても、もう無理で御座います。尽くして来たことが、無に帰す思いで一杯ですから」


そう言われて、皇帝には止められなかった。

先を読むことが出来る有能な彼女を、今後も敵には回したくない。


だからこそ、離縁を許した。




これでビヨンドの味方する貴族は、大幅に減少するだろう。

そしてビヨンドの不用意な行動後に、いつも後始末に回ってくれた(カルナ)は居なくなった。


逃げることも出来なくなるビヨンド。




◇◇◇

全てが終わり、皇太子はユガットに決まった。

タルーシアラ国王へ約束した通り、ビヨンドは表舞台から姿を消した。


城から遥か北方の端に位置する、高い鉄塔のてっぺんの部屋に、ビヨンドはいた。


「俺が何をしたと言うんだ。ただリオルナリーを望んだだけだろう! ここから出せ!」


血が滲むほど鉄のドアを叩いても、誰も従う者はいない。食事を差し入れる細い隙間が、ドア下にあるだけだ。

その部屋にはデバルム帝国の歴史書があるだけで、何一つ娯楽はない。


今まで掴んでいた幸福は、全て指の隙間から溢れ落ちていた。


「な、なんで……………。俺はそんなに酷い罪を犯したと言うのか? うわあぁぁぁぁぁーーー!!!」



給仕係にしか聞こえない絶叫は、今日も鉄塔に鳴り響いていた。




◇◇◇

カルナの子供達デュナンザとヨーランゼは、悲しみの淵にいた。


アバンダーレ公爵家に戻り、カルナから微笑みが消えたからだ。


「私達に心配をかけないように、お母様は頑張っておられるわ」

「ええ、そうね。夜も眠れないみたいなのに、それを隠して働いております」

「お父様の事など、早く忘れれば良いのに」

「本当におぞましいことです。私達と年齢も変わらない令嬢を妻に欲する男なのですから」

「まだ高級娼館に通うならば、容認できましたのに。あの年で本気の恋など、気持ち悪いですわ」

「全くですわ。婚姻で10年、婚約者になり16年も尽くしたお母様を、何だと思っていたのでしょう」

「とんだクズですわ。能力もない癖に、腹立たしい」


実父に憤り悪態をつく娘達は、幼いながらも世論を見通すことが出来た。母親に付き従い背中を見て来たからだろう。


「お母様は愛していたのよ。お父様を」

「ええ、そうね。だからこそ、今までお父様が皇子でいられたのよ。あんな愚者が」

「早く立ち直り、新しい恋をして欲しいわ」

「きっと、大丈夫。女は強いのよ。これからは王家から距離を取っても許される立場だから、自由を満喫できるし」

「勿論、私達が審査はするけど」

「ええ、勿論。手っ取り早く、良い感じの者を連れて来ても良いかしら」

「お見合い? 良いかも」

「お母様には、幸せになって欲しいですから」

「同感ですわ」




一人静かに暗い部屋の窓辺から、流れる雲に隠される月を眺めるカルナ。


「他の女を愛すなら、毒でも盛って殺してくれれば良かったのに。別の人を好きになったビヨンド様を見たくなかった」


最早、元には戻れない家族。

本当はビヨンドと離れたくなかった。



「でも私には、子供達がいるから。これからも生きていくわ」


声を出さずに涙を流す彼女を見るのは、流れた雲で露になった満月だけだった。




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