もう一人のリオ
「何てことでしょう! 字もまともに書けないなんて。お母様に習わなかったのですか?」
家庭教師が来たと言われ、母がいる洗濯場から連れて来られたリオ。
彼女の髪は黄色でリオルナリーと同じだが、瞳の色は緑だった。きちんとリオルナリーを見ていれば、間違いようもなかったのに。
洗濯場には彼女の母親のナミビアもいたのだが、次期当主のアルオに連れていかれては何も言えなかった。
娘が否定しても聞き届けなかったのを見て、ただただ混乱していた。
アルオは侍女に指示する。
「こんな汚い格好じゃだめだ。部屋にあるまともな服を着せろ」
リオなりに洗濯していた服なのにと悔しく思うが、着替えた服がとても素敵で嬉しくなった。
黄色い髪に良く似合う、薄ピンクでレースをふんだんに使った可愛いデザインだったからだ。靴もそれに合わせたピンクのローヒールだった。
良く解らないけど、何だか夢みたいなんて思ってたのに、中年の三角眼鏡で、後ろに全ての髪を撫で付けてアップにした女性が、かなきり声をあげたので閉口した。
字が書けないと言われても、お母さんはずっと働いているし、お休みの日はお料理を一緒に作って1日が終わるのに、時間なんてないでしょ?
そんなやるせなさが、顔に出ていたようだ。
「お母様が亡くなって悲しいのは解りますよ。でも残った貴女が愚かでは、心配して天に上がれないでしょう。これから頑張ってお勉強しましょうね。………驚いてごめんなさい。お母様は闘病していたのですものね。余裕なんてなかったわよね」
辛い顔で真摯に謝罪してくれたのは良いが、お母さんは生きているし、闘病もしていない。
完全に別人と間違えていると気づいた。
「先生、わたしは」
別人だと言おうとしたのに、被せて発言してくる先生。
「良いのよ、リオルナリー。最初は誰でも文字から学ぶのだから。恥ずかしいことじゃないわ。それから次期当主様から、貴女はずっとリオと呼ばれていたと聞いたわ。その呼び方が良いなら、暫くはそう呼ぶけど。どうしたい?」
微笑んでいるが圧が強い。
余計なことは言えない、これがベテラン教師の圧なのか?
「リオと呼んでください」
「わかったわ、リオ。私のことはアンナ先生と呼んでね」
輝く笑顔に、魂がすり減っていくようだった。
「よろしくお願いします。アンナ先生」
カーテシーなど出来ないので、ペコリと頭を下げるリオ。
「ええ、ええ。一緒に頑張りましょう」
こうして流されるままに、授業を受けることになったリオ。
彼女にとっては、けっしてマイナスだけではない筈だ。
家庭教師の教育には結構なお金がかかるから、使用人の子が受けられるものではないのだ。
だが、罪悪感が強い。
私がここにいることで、本当のリオルナリーは困るのではないの?と。
しかしリオルナリーは、ノーダメージである。
イッミリーはわりと幼い時から、リオルナリーに教育を施していたので、10才程度までの基礎は終了していたのだ。それにリオがここにいることで、自由に動ける時間が増えているのである。
ただ特異な黄色の髪は、この侯爵家の血縁であることを示す。リオは、アルオではなく彼の父ジローラムの子なのだ。
リオの母親ナミビアは、当主であるジローラムがまだここにいた時に働いていたメイドである。もうじき当主の座を息子に渡すからと、タウンハウスに移り住んでいるが、7年前はバリバリ仕事をしていた。酒に酔った時、つい可愛らしいナミビアに手を出してしまった。その後も何度か関係は続いたが、祖母のアメリアにバレて追い出されてしまった彼女。
そのことを知らないアルオが、ナミビアをメイドの紹介所で選んだのである。彼女はアメリアには追い出されていたが、後にジローラムが紹介状を書いて渡していたので、問題にはならなかったのだ。
ジローラムはリオが産まれたことを知らないが、知れば擁護することだろう。そして認知されるとアルオの妹となるかもしれない。アメリアは今、愛人と南の島でバカンスをしている。本人は女友達と行くと行っていたが、彼はとっくに調査済みなのだ。口の悪い彼女に付き合う女友達がいないことで、さらにバレやすかった。
なので全く無関係ではないのだ。
ナミビアは、本当にジローラムが好きだった。
所謂ジジ専、超年上好きである。
なんと言っても、ロマンスグレーで顔が良かったので、愛する彼に似たリオを懸命に育てていたのだ。
ただ彼女の両親は不貞の上に身籠ったと聞いて、出産後に彼女と縁を切ってしまった。
元子爵令嬢の彼女は、今は平民となっている。
ダークホースの誕生かもしれない。
ちなみにジローラムの瞳は、リオと同じ緑色である。