ナジェールの涙
「ナジェール。悪いんだけど、今日から貴方にはナジェールの他に、別の名前で活動して貰うわね。
その名はなんと、『リオ・マンダリン』。
マンダリン男爵の養子であるグリーニーとナミビアとの間に生まれた子供と言う設定よ。冒険者であるグリーニーが亡くなり、ナミビアと一緒に暮らして来たリオ。ナミビアが侯爵家で働いていた時には父親と同じ冒険者をしていたけど、父親が侯爵家当主の生まれた時に迷信で養子に出された双子の弟と解り、最近養子にされたことにしたの。本来リオは女だけど、戸籍を男に改竄したから平気よ。リオはリオルナリーの護衛兼執事の設定だから、明日から訓練開始するからね」
ルナは祝福を受けたポーションでアルオを治す代償に、ナジェールを部下にすることにして、デバルム帝国に連れて来た。
「僕がリオ? 改竄? 護衛? 訓練?」と、混乱するナジェールにたたみかける。
「あ、あとね。設定上はグリーニーと私ルナは、年の離れた義兄妹になるので、リオは私の伯父さんになるので、よろしく。って言う訳で、私とリオとリオルナリーは、親戚になるからね」
「………はい。よろしくお願いします。ルナさん」
困惑気味だが慣れる方が早いからと、詳細を省くルナ。
取りあえずは何でもやると言ったのだから、訓練に慣れて貰うとしよう。
彼にはトレシに頼み、グンジョー公爵家の新米騎士と同じメニューを熟して頂く。全てはそこからだ。
本当は、全部説明するのが面倒になったルナ。
ルナもリオも、生い立ちからの名前や身分が変わってしまっている。
まあ、元はと言えば、アルオがリオルナリー(今はルナ)とリオの区別が出来なかったことが発端だ。どこまでも同じ父親に翻弄される2人。
特にルナとナジェールは紛う方なく異母兄妹だが、今まで関わることなく生きてきた。ルナは気にする程がないくらい必死で働き、ナジェールは妹ではないリオにすまない気持ちを持っていた。すれ違いも大概である。
多少は感情も入る気がしたから、説明は自分ではない方が良い気もしたので、後日きちんとした時間を持とうと考えていた。
◇◇◇
「はぁ、はぁ、スミマセン、遅くて、はぁ」
「気にするな。今まで騎士ではなかったのに、いきなり公爵家の訓練に参加したのだから、最初はこんなものだろう」
「そうだぞ。事務仕事をしていたわりには、基本は身についているからな。まあ、頑張ろうぜ!」
ナジェールはルナから、『リオ』と名乗るように言われ、公爵家の訓練の時はその名で通していた。
訓練はきついが、余計なことを考えずに同年代と過ごせる時間は楽しく、誰も自分の身分なんて気にしてもいない。休日はルナから貰ったお小遣いで、他の騎士と外食したり買い物をして過ごした。お小遣いについては恐縮したが、「これも仕事の一環だから、みんなと仲良くなってきなさい」と言われれば拒否も出来ない。と言うか、楽しい思いしかしていなかった。
生まれて初めての自由かもしれない。
そうして訓練に慣れて、『リオ』と言う名に慣れた時に、再びルナ達に話があると言われたのだ。
◇◇◇
「…………と、まあ、そう言うことで、おまえの異母妹リオルナリーは、今はルナだ。アルオの所にも行ったから、ちょっとだけ性格もわかっているだろ?
そして今、リオルナリーなのが元リオだ。
全てはおまえの親父が、彼女を間違えたのが悪い。リオはちゃんと否定したらしいからな」
ケイシーから聞かされる話は、小説のような内容だった。でもナジェールも、リオが「リオルナリーじゃない」と言うのを聞いていたから、あの時からもう拗れていたのだ。
(きちんと話をしてみれば良かったな)
あの時はナジェール自身も余裕なんてなかったから、本当に今さらなのだけど。
「そしておまえの手紙からは、おまえが精神的に追い詰められている気がしたんだ。ナジェール、おまえは庶子だからどうこうと悩んでいただろ? でも2人を見てみろ、家柄なんて気にしてないぞ。
リオルナリーもリオも、既にランドバーク様が戸籍から変えている。リオルナリーは侯爵令嬢の身分に未練なんてないし、侯爵家ではメイドとしておまえのパンツも洗ってたぞ。リオはリオで、正体がばれたら殺されると思ってたから、 “じゃあリオルナリーになれば良い” と言う提案に乗ってからは、懸命に令嬢として振る舞っていたぞ。
だからもう、おまえも侯爵家を支えようとしなくても良いんだ。さすがにそのままだと不味いから、俺達や公爵家の外で活動する時は、髪は黒く染めて貰うかウイッグでも被って『リオ』でいて貰うが、侯爵家に行けば今まで通りナジェールとして行動も出来るんだ。
その為に『リオ』の戸籍を男に改竄したんだ。
まあいざとなれば、グリーニーとジローラムは一卵性の双子だから、髪はファッションとか言って誤魔化せるだろうけどさ。
侯爵家なんて継ぎたい奴は腐る程いるぞ。おまえには俺達について貿易の仕事をして貰うが、真面目に手伝ってくれれば2年くらいで解放するつもりだ。
その時に侯爵家を継いでも良いと思ったら戻れば良いし、嫌ならリオとして暮らせば良い。
おまえ達はまだまだ子供なんだから、我慢なんてするな。そう言う俺もランドバーク様から、若い時に生き方を選ばせて貰ったんだ。
“勝手に生きる” と言ったって、必ず誰かは見ているよ。それが頑張っている奴なら、手も貸したくなるし。
だからナジェール、おまえもいろいろな国を見ておいで。そして嫌々じゃなくて、本当はどうしたいかを自分で決めるんだ。
まだ何も始まってないんだ。
全てはこれからだよ。
それにおまえは、侯爵家でたくさんのことを学んでいるし、外に出なかったわりには体術も出来る。
今は騎士団で鍛えられて筋肉もついたし、顔つきも精悍になった。さらにモテそうなのは悔しいけど、おまえの前向きな姿勢がそうするんだ。
同じ境遇でも、庶子なんかじゃなくても、怠惰に生きる奴もたくさんいるから、当たり前なことではないんだよ。
まあさ。やらかしたおまえの父親は元気になって、別邸から通ってジローラムの仕事を手伝ってるし、真面目にやってるから安心しろ。
いつかおまえに継がせる為に、頑張っているらしい。
でもおまえが嫌なら、無理強いはさせないと言っていたそうだよ。
いつまでも籍にも入れずに、不安にさせたと謝っていたらしい。
それにニクスとは籍を入れたぞ。
周囲からは『真実の愛』とか、いろいろ言われたらしいけどな。
平民になってからも、ジローラムの家令として侯爵家に行き来する時は、使用人も敬ってくれているそうだから大丈夫だぞ。
ニクスは今まで買った物を、全てジローラムに返したそうだ。亡くなったイッミリーの部屋にあった物も含めてね。
ジローラムは、さすがに衣類だけは持って行くように返したらしい。
そして籍も入っていなかったのに、勝手に女主人のように振る舞ったことを謝罪して邸を去ったそうだ。
ニクスは今、ルナの経営するレストラン『オルヴォワール』のメイドとして働いているらしい。これはジローラムに勧められたそうだ。
改心した彼女を見て、思うところがあったのだろう。
そこなら少しでもアルオに似合うマナーを学べるし、今まで受けてきた待遇を思い出せば、出来ないことはないだろうと言ったそうだ。
ニクスも気持ちを入れ替えて、働き出そうとしていたから丁度良かったみたいだぞ。ただちょっとだけ、私怨が入って厳しくなるかもだけど。
それでも真面目に働いて結果を出せば、きっと認めて貰えるさ。
だからもう、両親のことは心配しなくて良い。
ちゃんと考えて、一番やりたいことを目指してみろよ」
ケイシーはナジェールの目を見て、優しく話を伝えた。
ナジェールは微笑んで涙を頬に流しながら、「ありがとうございます」と瞼を強く擦っていた。
ケイシーは彼の頭をくしゃくしゃと撫でて、「まずは体を鍛えるからな」と、つられて泣いて目を赤くしながらも、気丈に振る舞おうとしていた。
それを見たルナは、ケイシーに任せて良かったと安堵していた。
(私だと喧嘩ごしに発破をかけていたよ。でもアルオさんもニクスも頑張ってるんだね。ケイシーはロザンナとマクレーンと連絡をしてるから、向こうの様子にも詳しいのね)
ルナはケイシー達が諜報員だと知らない。
リオさえも気づいているのに。
けれど誰も教えることはない、たぶん一生。
ルナにはそんなことに気をまわさないで、元気で生きて欲しい。
それが懸命に生きる、彼女を見守る人々の気持ちだから。




