アルオの不調
9/21 22時 誤字報告ありがとうございました。
大変助かります(*^^*)
ナジェールは、リオルナリーに手紙を送る。
返事なんて来るとは思っていない。
けれど、アラキュリ侯爵家を継ぐのはリオルナリーで、自分達は出ていくから戻って来て欲しい旨を伝えた。
そして初めて会った時、あまりにも母親の言動が酷すぎて言葉が出ず、無視をしたような状態になったことを詫びた。
ずっと謝りたかったから。
その手紙を受け取り、ルナとリオは困惑する。
「そう言えばいたわね、ニクスの子供が。お祖父様とアルオさんに似ている男の子だったような」
ルナはもう、養父の祖父を父親と呼んでいる為、実父を “アルオさん” と呼ぶことに決めていた。
「ああ。ルナはそう言う認識なのね。貴女は知らないかもしれないけれど、学業は優秀で体術や剣の訓練も出来が良いらしいわ。時々顔を合わすことはあったけれど、無言で礼をするくらいだったわね。いつも何か言いたそうな、思い詰めた顔をしていたわ。………今思うと、常に護衛が付いていたから、私と接触したらニクスに告げ口されると思って黙っていたのかも。私に嫌がらせをさせないように」
リオはいつも、静かにしているナジェールが気になっていた。
最初こそ、怖い人かもしれないと用心していたリオだが、6才上の彼が理不尽なことをしてくることはなく、いつも切なげな表情でいたからだ。
使用人棟で聞く彼の様子は、物静かでいつも本を読んでいるとか、庭を眺めて散歩をしているくらいしかなかった。
外出したり、かと言って外商を呼びつけることもなく、時おりニクスに散財を咎める場面もあったと言う。
品行方正な彼だから、余計に侍女やメイドに人気があったのだ。
ただアルオさんと会話することは少なく、意見をすることはなかったと言う。俗に言う平民と貴族のような感じだったそう。
何れ貴族になるなら言葉は丁寧な方が良いだろうが、度を越せば冷たく感じるものだ。だからナジェールと彼らとは距離が出来ていたようで、ここ数年は彼らとの関わりも減っていたようなのだ。
そうして1人で過ごす間にも、彼はいつも何かを学んでいたそうだ。
そう言えば、とルナも思う。
メイドとしてナジェールの近くにいた時も、彼の声を聞いたことがなかった。
最低限の会話しかしないのだろうか?
気づけば彼が話すのは、授業と話しかけられた時だけ。
ニクスと話す時も、彼女への諫言がほとんどだった。
「ねえ、ルナ。メイドをしていて、彼が笑っているのを見たことがある?」
リオの声にルナは考える。
「私はないわね」
「私もよ。…………もしかしたら彼、侯爵家に来てから9年くらい笑ってないのかも? ずっと我慢しているんじゃないかしら?」
「まさか。……でも、そうね。奇跡的に常識のある頭の良い人なら、平気ではいられないでしょうね。本妻の葬儀後すぐに侯爵邸に乗り込んで、その娘を使用人棟に移動させるなんて、普通の神経では考えられないことだわ。私がされたことだけど、改めて考えるとヒクわね」
今さらながら他人事のようなルナは、悲しい顔もしていない。彼女的に楽しんで暮らしていたからだろう。
リオもそうだ。
不安なことはあったけれど、母親もアンナもいたし途中からはルナもいた。護衛だと言って話しかけてくれる人 (ケイシー、ロザンナ、マクレーン)も。時にはランドバーグ達も。
孤独とは無縁だった。
けれどナジェールは違う。
母親とアルオさんは籍も入れていないのに、侯爵邸に住む彼は丁寧な対応と教育を受けている。
その上 母親は女主人のように振るまって、贅沢を重ねていく。
平民の庶子だと自覚する彼ならば、命の恐怖さえあっただろう。
だけど護衛がいるから逃げることも出来ず、大人しく生活していたのだろう。きっと逃げれば、護衛に迷惑をかけると思ったかもしれない。貴族から見れば平民の命など軽いことを、彼は市井にいたことで知っていたに違いない。
今までは自分のことに一生懸命で、ナジェールのことを深く考えていなかった。ただただ侯爵家から逃げられれば良いと思って来た。
けれど自分達と同じように、不幸な子供がいたことに今更ながら気がついた。
「私と同じだわ、ナジェールは。私は母親からたくさんの愛を受けたけど、彼は違う気がするの」
「そうね。なんか辛そうよね。
いっそのこと、ニクスと同じ性格なら悩みもしなかったかもね」
そんな彼が送ってきた、初めて感情を顕にする手紙に困惑する2人。
「あいつは嘘は言ってないぞ。俺もずっと侯爵家で様子を見ていたが、あいつは辛そうだった。侯爵家に来る前も、アルオの身分がバレたせいで、途中からは市井の友人からも特別扱いされ、孤独だったみたいだ。侯爵家に来てからも、ニクス以外とは話をしていなかったな。そのニクスもアルオにべったりだし。俺から見れば、ただ生かされている熱のない生き方をしていたな」
ケイシーは私達に、ナジェールの様子を伝えてくれた。
ああ、やっぱり。
演じていた訳でもないのだろう。
ますます悩む、3人(に増えた)。
「ああだけど、その状態も動くかもな。
アルオはアメリアの失踪と、自分がジローラムの子じゃなかったことでショックを受けて、食事もほとんど口にしないらしい。……下手すると死ぬかもな。そうなればジローラムの養子になったナジェール以外は、追い出される。ニクスはあそこにいられない。元々体調が回復したら、2人で出ていくようには言われていたんだがな。
ナジェールは世話になった侯爵家を裏切れないから(侯爵家の)仕事を続け、追い出された後も自分の小遣いをニクスに渡すだろうが、ニクスの精神状態がどうなるかわからん。
彼女にとっての野望である、最愛の人であるアルオと侯爵夫人の地位になれるかもしれない可能性をなくすんだ。そして侯爵邸も追い出される。プライドをへし折られるのを見るのは良いが、ナジェールが心配だ。なんだかんだ言っても、アルオを父親と認められないあいつにとって、肉親はニクスだけだろうからな」
ルナはアルオが、そんな状況にあると知らなかった。
精々が大好きな? 母親が自分から離れていじけているだけだと思っていた。ジローラムの子ではないと解っても、ジローラムは金銭的援助を約束していたとも聞いたから、今までは出来なかったニクスと結婚して、自由にすれば良いのにくらいしか思っていなかった。
それなのに、未だに自分で自分を痛めつけて、死のうとしているのだろうか?
「ふざけんな、クソ親父! お母様が最期まで笑って頑張ったのに、自分で寿命を縮めようとするなんて!」
ルナは怒りが止まらなかった。
心配ではなく、怒りしかなかった。
だからルナは、ナジェールに手紙を書いた。
「アルオさんを助けてやるから、自分の下で一生働く契約をしよう」
その勢いを止められる者は、そこには誰もいなかった。
ルナが祝福で精製したポーションの残りは、公爵邸の地下に保存されている。




