タイムリミット
トレシの後についてルナとケイシーは走った。
先程の儀式をしたのは地下にある空間で、オルドリンの部屋は2階だ。
わっせ、わっせと駆け上っていく。
トレシはオルドリンの回復を目指して、ルナは告白の恥ずかしさを誤魔化すように、ケイシーはやっちまったと言う気持ちを抱えながら。
「あれっ、どうしたのトレシ? 執務は終わったのかい? ゴホッ、ゴホッ」
「おじさん、そんなこと気にしなくて良いから。それよりこれ飲んでみてよ」
トレシは何の説明もしないまま、パチパチと光輝くコップに入ったポーションを枕元のサイドテーブルに置いた。彼をゆっくりと起こし、コップをそっと渡す。
見たこともないポーションだが、オルドリンは疑うこともなく手に取りそれを口にした。
彼は可愛い甥の子を信じている。例え害されようとも黙って受け入れようと思う程に。
ゴクッ、ゴクッと喉元を通り過ぎると、ポーションのせいなのかオルドリンの体が一瞬輝いた。
「こ、これは何? 何故だか力が漲るようだ。トレシ、これはもしかして………」
トレシは頷いて、「資料に書かれていた、彼女の力を注いだポーションだよ」と伝える。
慌てたオルドリンは立ち上がり、トレシの両肩を掴んだ。
「トレシ、薬は完成したのか? まさか完成の前に彼女の力を使った訳ではないだろうね?」
長年の研究の末、精霊使いに鑑定をして貰い、やっと後一つ珍しい木の実を混ぜれば完成になると言われていた祝福を消す薬。寸前で肺の病で倒れていたオルドリンだった。
「お前も知っているだろう? 祝福を得た王妃がその後数年して亡くなったことを。彼女にはまだ時間がたくさん残っていたのに、急に死の危険が迫ってしまったぞ。妖精はただでさえ気まぐれだ。彼女はいつ儚くなる予測もつかない。教えてくれ、薬は完成しているのだろ?」
悲愴な面持ちのトレシを見て、オルドリンは絶句した。
「どうしたら良いんだ。普段から稀少な木の実『ゴールデン・デリシャス・ロキ・マンゴス』は、南国にしかないのに。今から注文してもいつ届くか解らないぞ。それに今はそれが実る季節ではないから、実るのを待っていたら彼女が危ない!」
どうやらトレシもそれは解っていたらしい。
それでもルナの力を使って、オルドリンを生かしたいと考えたようだ。
力を使っても数年はあるから、その間に薬を完成させれば良いと思って。
彼はデバルム帝国の公爵令息だ。身分上は子爵令嬢のルナを下に見ていたのかもしれない。
だがそれを看過出来ないのはオルドリンだ。
それは彼の生きている意味さえ、無に帰す行動だからだ。
そんな感じで元気になったオルドリンとトレシが、言い争いを繰り広げた。それを見ていたのか、妖精が笑いながら姿を現したのだ。
「あはははっ。人間は本当に馬鹿ねえ。決めたわ、ルナには半年後に寿命を貰うことにした。何を言われても覆らないわよ。ルナもルナの母親も、とっても不幸そうで楽しかったから、ギリギリまで生かしてあげようと思ったのに。10年以上も早く死ぬことになったわね」
可愛らしい姿をした小さな妖精は、醜悪な笑顔を浮かべて消えてしまった。
「ああ、南国に行くだけで半年かかるのに。手紙を出して配達して貰うのも、同じ時間がかかるんだぞ。それに今は実もなっていない。全ては私のせいだ。………………ああ、ルナさん、申し訳ない。うっ、ぐうっ」
病み上がりでも気丈に振る舞っていたオルドリンだが、とうとう我慢できず涙を滲ませた。それを見て顔を真っ青にするトレシ。
「ああ、そんな。妖精がこんな意地悪をするなんて。どうしたら良いんだ!」
トレシの考えの甘さに呆れるルナと、今にも殴りかかりそうなケイシー。
「よくも、ルナの命を軽く扱ってくれたな! 覚悟は出来ているんだろうな!」
何だか、バトルドラマになりそうなのを止めるルナ。
「ゴールデン・デリシャス・ロキ・マンゴスなら、タルーシアラ国の農家さんのハウスに1年中なってますから大丈夫です。あれ美味しいから、ケーキ屋さんで引っ張りだこなんですよ」
「「「えっ、本当に!!!」」」
驚きの声が部屋中に響いた。
その後すぐに、ルナは農家さんに手紙を書いた。一応2ヶ所の農家さんへ。余ったらおやつにしようと思っていたのは内緒だ。
そして思う。
(やっぱり人が良さそうな貴族でも、本質は解らないものね。トレシはモテそうだけど、まだまだ視野が狭いお子様だもの。17才だっけ。坊っちゃんはこれだから、舐められるのよ)
そう言えば私の生物学的な父親も、未だに坊っちゃんなのよね。この子はきちんと成長して欲しいものね。
ルナはまだ14才。
だがいろいろな経験を積んだルナは、精神的にトレシよりも大人だった。
そして公爵令息にも怯まずに、啖呵をきったケイシーを改めて見直す。
(私の為に後先考えず怒ってくれたんだよね。大人としては落ち着きは今一だけど、こういうの好きだな)
ケイシーは21才の時に、あからさまな敵諜報員がいないソフトめなアラキュリ侯爵家の料理人になった。その前には船上で料理人をしながら、乗組員の諜報員に体術の稽古をつけて貰っていた彼。その後誰かと組んで作戦には参加していたが、まだまだひよっこだった。
あれからロザンナとマクレーンと一緒にルナと、途中からはリオを護衛していた。彼女らの頑張りを見ながら、己にも磨きをかけたケイシー。
休日はランドバーグの手練れに訓練を受け、語学も今まで以上に学びだした。ランドバーグからは見込みがなければ、仕事内容を他言できない魔法誓約書を交わしてクビにすると、諜報員を始める前に言われていたのだ。だが未だに仕事は継続中だ。
貴族の庶子で貧しい家庭で育ったケイシーは、まともな生活が出来る諜報員は好きだったが、駄目だったら冒険者でも傭兵になっても良いと思っていた。
けれどルナ達を見て、彼女達を放って置けないと強く思ったのだ。特に侯爵令嬢なのに放置されて、食事も貰えずに腹をすかせても笑っているルナに対して。
彼はその後、雑念なく諜報活動を行っていく。
思えば以前の侯爵家には、ウィスラル公爵の放った諜報員が幅を利かせていた。しかしニクスを迎え入れた時にした、使用人の入れ替えが功を奏した。リオの味方の使用人はいなくなったが、同じようにウィスラル公爵の諜報員もクビにされていた。その後もニクスの勘で、何故かウィスラル公爵の諜報員は採用されなかった。まあ単純に、綺麗な女をニクスが落としただけなのだが。
そんな感じでひよっこケイシーは、ロザンナとマクレーンと一緒に活動を続けられたのだ。
そんなトレシの行動で、ケイシーへの思いを認識していくルナだった。




