ルナは過去に思いを馳せる
「今日はラーニャのお母様と一緒に外出するんだって。お買い物で、私のデバルム語が通じるか確認だ!」
「わーい♪♪♪ お買い物、お買い物♪」
「私も楽しみです。丁度、深緑色の刺繍糸が欲しかったので、自分で尋ねながら買ってみたいです」
ルナとリオは学園の2年生の春から、テレーゼの娘ルアニートの嫁ぎ先である子爵邸に居候していた。夏から転入予定の学園の手続きは済んでいる。
デバルム帝国の子爵夫人であるルアニートは、彼女の夫と共に2人の留学中の保護者になってくれた。
ルナとリオは家庭教師アンナのスパルタ教育により、学園で学ぶ内容は(逃走を前提に危機迫って勉強していたから)10才前後で終了していたが、その後もダンスやマナー等をより洗練させる為の授業が続けられた。それはもう、主な諸外国の社交に出されても通じるような仕上がりだ。王子妃教育くらいみっちりと鍛えられた。
アルオは徹底的に無視を決め込んでいたから、アンナも授業内容の詳細を告げることもなく、彼女の全ての知識を渡す程に教育に力を入れた。
と言うのは半分建前で、リオルナリー(本当はリオ)のことが心配で傍を離れたくなかったのだ。そんな感じで学園に入るまで教育は続けられた。彼女は他の生徒も受け持っていた為、毎日は訪れなかったが、時々頑張ったご褒美と言って可愛い筆記用具を2人にプレゼントしてくれた。2人からもお世話になっているお礼に、アンナの誕生日には手作りのクッキーやお菓子をプレゼントしていた。
母親よりも祖母の年齢に近いアンナにとっては、2人は孫のようであり、2人も本当の祖母のように近しく思っていた。勿論教師と生徒の節度はあるものの、信愛の情を抱いていた。
学園に行く為に授業が終了する時には、抱き合いながら離れることを惜しむほどに。
「良く頑張りましたね。2人は自慢の生徒でしたよ。これからも元気でいてね」
「先生ありがとうございました。先生のお陰で、とってもたくさんのことを学べました。字さえ書けなかった私に根気強く説明してくれて………すごく嬉しかったです。ううっ」
「私もとっても楽しかったです。メイドの私にも区別なく教えて下さって、本当に感謝しています。貴族にも良い人がいるんだと解って嬉しかったです。っ、ぐすん」
思えば敵ばかりの侯爵家で、数少ない味方だった。
使用人達は、アルオとニクスがあからさまに敵視するリオルナリー(本当はリオ)と親しく出来ない。あくまでも表面上の付き合いだけだ。いくら母親がいてもルナ(本当のリオルナリー)がいても、心細さがなかった訳ではないのだ。却ってメイドをしていたルナ(本当のリオルナリー)の方が、自由で恵まれていたかもしれない。
少しずつ味方が増えた2人だが、彼女達の始まりは誰が敵で味方かが解らない、不安いっぱいの毎日だった。
最初の味方がどれほど心強いものだったか、アンナは知らないだろう。
アルオが知らない間に、リオとルナは知識と教養を手に入れたのだ。
◇◇◇
そんな2人は自分の世界を広げる為に、デバルム帝国に留学することに決めた。リオはナミビアと相談し、ルナはキルスタン子爵夫妻やルメンド、テレーゼ達と相談した上で。
その後にランドバーグに相談した結果を伝えると、学園長からは飛び級制度を勧められたと彼が言うのだ。
合格すれば、この国の学園卒業資格を持ってデバルム帝国に行けるので、いろいろと優遇されるそう。例えばアルバイトに関しても有利になると言うのだ。その為年末に飛び級試験を受け、年明けに揃って合格をもぎ取ることが出来た。
ランドバーグはスムーズに留学が出来るよう、国王から彼女達の管轄権を得て手続きを進めていった。テレーゼの娘ルアニート・フレンベル子爵夫人と連絡し、彼女の夫オスカー・フランベル子爵へ滞在許可を得る等して環境を整えた。
そして滞在先の部屋や荷物が整い、彼女達が14才の春にはデバルム帝国の地に降り立っていた。子爵からはランドバーグ伯爵からの依頼だから無償で良いと言われるが、既に実業家として知らぬ間に成功していたルナは、毎月リオの分と合わせて金貨5枚を支払うことにした。
理由としては、部屋代、食費代、護衛のいる安全な場所で過ごせるセキュリティー代、メイド・侍女達の手を借りる分、学園までの馬車代等だ。
当初はすっかり寮に入るつもりだった2人。だが此処で暮らすなら他貴族との軋轢を生まないように、基本ルールや貴族の名前や爵位などを先に覚えた方が良いと、リンドバーグやオスカーに子爵邸で暮らすことを勧められたのだ。
本来金貨5枚なんかで済む金額ではないが、子爵達の娘ラーニャの家庭教師をすることを条件に減額された。
オスカーは支払いはいらない、ルナは払うと押し問答し、最初の提示金の金貨10枚からお互いに条件を話し合った落としどころだった。
オスカーはこの2人の境遇が妻と似て苦労していたことや、娘のラーニャに贈ってくれた手作りの衣装に感動して好印象を持っていたから、ランドバーグに頼まれるまでもなく滞在に賛成していた。
けれどルナはよく知らぬ者に心を許せる程、お気楽には生きていなかった。そんなことはないと思っていても、貴族として利用されることがないように、貸しを作りたくなかったのだ。
その思いは共に暮らしていくうちに、オスカーに対しては杞憂で終わるのだが、ルナが投資成功者と知り近づく者の中には、当然のように悪意を持つ者が隠れていた。
警戒は無駄ではなかったのだ。
◇◇◇
ルアニート、ラーニャ、リオ、ルナと護衛達は、デパートの5階街にあるレストランに着席した。4人は一つのテーブルに座り、護衛達は他者から気取られぬように分散して座っていた。
窓側の席からは、街並みや空や遠くの山が絵はがきのように綺麗に見えた。ルナ達は練習の為にデバルム語だけで会話を続け、ウェイトレスにもデバルム語で注文を伝える。
『ご注文はおきまりですか?』
『まずはダンザ鹿のヒレステーキと胡桃パン、オニオンスープを4人分お願い。デザートは後で伝えるわ』
『畏まりました』
特に支障なく注文し終えると、ルアニートは “スゴいわ、発音は完璧よ。態度も高位貴族のようですわ” と、扇で口元を隠し小声でルナに伝えた。昼間で客の入りのまばらな店内だが、姿勢を崩さないルアニートにルナは好感を強く持った。子供ではなく対等に接してくれていると。
今のルナは子爵令嬢だが、本来は侯爵令嬢だ。
そう褒められることで、自尊心が少し上向く。
令嬢らしく育たなかったことに後悔はないが、本当に貴族のように暮らして良いのかと葛藤することはあったからだ。
(これも教育してくれたアンナ先生のお陰ね。本当に私はいろいろな人にお世話になっているわ)
ルナにとっては一つの成功だったが、胸に熱いものがこみ上げていた。それはリオにも通ずるものがあった。
彼女は逆に、メイドの子として育って来たのに、取り違えられてリオルナリーにされていた。何年もその疑問が解けず、かと言って監視の目があり逃げることも出来なかった。もう少し真面目な(護衛と言う名の)監視ならば、違和感に気づいたはずなのに、捨てられた令嬢に興味はないようで、遠くから不在じゃないかを見ていただけだったから。
ランドバーグに会って出自を知らされるまでは、いつも “リオルナリー様、ごめんなさい” と彼女の待遇を受けることに後ろめたさを感じて来た。
そんな自分が祖国を出て、自由な選択をしていることに涙が出そうになっていた。
自分達で選び学んだことがこうして通用するんだと思い、リオは嬉しかった。
その様子を遠くで食事をする者が見ていたことを、彼女達の誰も気づいていなかった。




