一本釣り作戦
「お腹すいたなぁ」
さすがに部屋に籠ってから、2日。
部屋の手洗い場で、辛うじて水は飲める。
けれど食べ物がないとずっと空腹が辛いし、何より体がフワフワするのだ。さすがに危険信号が。
でも下手にここから出ると、新しい使用人達に苛められかねない。なんか義母が私を見る目も怖かったし。
言うなれば、巣に近づいたカラスみたいな、感情を削ぎ落とした目だった。 “あと一歩寄ったら、目を突いてやんぞ” みたいな。
しかし限界だった。
もうこれは、上から頂くしかない。
「確かお母様の裁縫道具に、あ、あったわ! 釣り針ゲット!」
昨日みんなが寝静まり、夜勤の使用人が出掛けた後、こっそり屋根裏部屋へ荷物を取りに行ってきたのだ。
もう物音一つで、「ひいぃっ」と心臓をバクバクさせながら移動したわ。一足一足、忍び足でね。
使用人の子として、誤魔化せば良いって。
ノーノー、それは悪手よ。
それって1回しか使えないじゃない。
子連れで侯爵家に来る使用人は、本当に少ないから。
最悪居ないこともあるしね。
詳しいことが解らない以上、そっちの冒険は出来ないわ。
なので昔お母様とした、冒険ごっこの方をしてみようと思うの。
それは何って?
それはね、建物の屋根と天井の間にある空間のことを “小屋裏” と言うのだけど、 使わない時は天井板で塞いだり、収納として便利に使うこともできるスペースなの。屋根裏部屋とは別で、見えないように作られている建物が殆どみたい。パニックルームみたいに、隠れ家的にする家だと内緒にしているかもね。
お金があったここの侯爵家では、何かを収納できるようになのか、逃走用かで空間を作ってたみたい。もう建物も古いから、先代の時の作品かもしれないわね。
その場所は、天井全体に通路のように繋がっていて、細身の人なら誰でも通れるわ。
お母様が元気な時に2人で小屋裏に上がって、よく厨房の賄いお菓子を手に入れてたわ。たくさんお菓子を作っていたせいか、ぜんぜんばれなかったの。
ただ私が嬉しくて声をあげそうになると、即手で口をおさえられたけど。 “1回でもばれたら使えなくなるから、リオルナリーも将来出来る子供と遊びたいなら、バレては駄目よ” と注意されたわ。
そこで使われたのが、この釣り針と釣糸なのよ。
丈夫だから、結構重いものも上げられるわ。
まずは人が来る前に、その場に潜もうと思うの。
勿論、袋も持ったわ。
各部屋の板が外れる場所も、忘れていないしね。
テーブルの上に椅子を上げて、天井の端っこを探るわ。
「あっ、開いた!」
おお、静かに、静かに。
私はズボンに履き替えた姿で、ゆっくりと小屋裏に上がった。
「えーと、確か、厨房はこっちよね」
そして食料を求めて、冒険の旅が開始されたのだ。
◇◇◇
のそ、のそ、のそ、のそ…………
神経を集中させて、ゆっくりと進んでいく。
以前に母と遊んだ時と同じで、埃がうっすらあるだけで汚れも見えない。動物の糞もないから、綺麗に保たれているのだろう。
「ああ、良いにおい」
どうやら既に、賄いは作り始められているようだ。
じゅーじゅーと、揚げ物がお皿に積み上げられていく。
「くっ、空きっ腹に、来る」
山のように積まれた揚げ物は終わり、次は味噌汁を作ろうとして、別の場所でまな板で葱を切り始める調理人。
揚げ物に背を向けているぞ!
「今だ!」
天井の隙間から釣糸をたらし、釣り針で慎重に引っ掛ける。重みが糸に加わった。
「来い来い! さつまいも天ぷら」
大胆かつ慎重に、チョンチョンと、海老が暴れるが如く引き上げる。
まだ調理人は気づいていない!
「来たー!!!」
緊張の中、やっと一つの天ぷらを釣り上げた。
「やったー!!!」
慌てて口を閉じ、喜びを噛み締めた。
それを袋に入れ、次の釣り上げに取りかかったのだ。
合計3個の天ぷらをゲットした。
2つさつまいもで、1つは海老だった。
けれどこれだけじゃ足りそうにない。
私はじっと厨房を眺めていた。
すると今度は、パンが焼き上がったのだ。
行ったり来たり、焦げないようにオーブンを覗く調理人。
さっき焼き上がったパンは、天ぷらの隣にあるぞ!
20個ほどあるパンを1つ引っ掛けて、ヨイショ、ヨイショと釣り上げる。
2つ程釣り上げて、今日は終了とした。
「やったぁ。初ミッションとしては大成功だね!」
その後に部屋まで、のそ、のそ、のそ、のそ…………
◇◇◇
(何だろう、あれ? 天ぷらが浮いているぞ)
俺は厨房に新しく入った調理人。
名前は、ケイシーさ。
ビックリして声が出そうだったけど、何とか堪えたさ。
いつもより多めに揚げたから、取りやすそうだけど、あんまり持っていかなかったな。
隙間から真剣にイモを狙う顔は、どうみても子供だ。
それもこの棟の小屋裏のことを知ってるみたいだから、訳ありだろうか?
諜報の訓練?
それにしたって、イモは狙わないよな?
空腹なのか、ぐぅ~って音も聞こえたし。
いっちょ調べてみるか?
◇◇◇
「わ~ん、お芋美味しいよ。パンの中にバターが溶けてるよ、嬉しい~」
無事冒険が終わり、部屋で食事をしていたリオルナリーは、満腹で頬が緩んでいた。
「食べ物って、大事! 完食必須!」
今までの生活がどんなに恵まれていたか、身に染みていた。
働きに行きたくても、まだ6才で140cmの私。
年のわりには背は高い方だけど、まだまだ使用人には混ざれないわ。せめて後10cm伸びたら、他の職員と混ざっていろいろ出来るんだけどな。
なんて考えながら、毎日厨房に通う。
◇◇◇
リオルナリーのパン釣りは、もうベテランの域だと思っているけど、本当は見逃されているだけなのだ。
でも少し、取る速度は早まっているけどね。
ケイシーは思った。
俺じゃない料理人だったら、とっくに騒ぎになってるぞ!
幸い? リオルナリーは、朝食の時しか来ないから、朝は俺の担当にして貰っている。
「なんか子守気分だぜ」
なんて良いながら、今日も小さい泥棒をこっそり待っているのだった。