アメリアの失踪
10/13 20時 誤字報告ありがとうございました。
大変助かります(*^^*)
「そ、そんな、母上がいなくなったなんて。それも男と逃げたと言うのですか?」
「ああ、そうだ。アルオ、お前だって気づいていただろう? あれは俺のことなど無関心だったことに。………俺宛に手紙も送られてきた。一応は捜索するが、もう諦めろ」
「なんで、そんなにあっさりしているのですか?」
「………もう、疲れたんだよ。俺は愛する者を奪われ続けたのに、あれはずっと傍に愛する者を置いていたんだから。侯爵家はもうお前のものだが、余計な気は回さずに仕事に励みなさい。勿論、わかってると思うが。話はそれだけだ、ではな」
「……………はい。父上」
ジローラムは侯爵家の応接室を後にした。侯爵位をアルオに渡して数年が経ち、久しぶりに侯爵家の邸に現れたジローラムは、アメリアが失踪したことだけを彼に告げ帰って行った。
淡々とアメリアのことを語るジローラムに、一切の熱も感じなかった。怒りも悲しみも。
「ああ、そうか。母上が父上を見ていなかったように、父上も…………」
確かにアメリアは仕事と言って、アルオが幼い時から家にいることが少なかった。けれどアルオはアメリアを母親として、深く愛していた。
ピンクブロンドの髪と、水色の瞳を持つ美しい母親。
抱きしめてくれる母親は、いつも良い香りがした。
立派な後継者になるようにと、いつも声をかけて優しく微笑んでくれた。
だから彼は、ニクスを愛したのだ。
顔こそ似ていないが、彼女は母と同じピンクブロンドの髪と、水色の瞳を持つ美しい容姿をしていたから。
何よりもアルオを優先してくれたから。
だから愛したのだ。
だが、母親は別格のようで、母親が自分を捨てることを認める訳にはいかなかった。
「誰でも良いから、母親を探して連れて来い! 連れてくれば、報奨に金貨100枚渡すから」
弱々しく呟くアルオに、使用人は浮きたった。
それだけの金があれば、一生働かなくて済む金額だから。
ナミビアが侯爵家を出て護衛を外されたマクレーンは、執事としてアルオの下に残っていた。
(なんだこいつ。父親から諦めるように言われていたのに。それも金額100枚なんて言ったら、一気に醜聞は広がるだろうに。とんだ坊っちゃんだな。アルオに出生の秘密を明かさないのは、ジローラムの愛か無関心かは解らないが、教えてやればまだ諦めたかもしれないのに)
溜め息を吐きつつ、周囲を観察するマクレーン。
イッミリーが死んだ時でさえ、こんな憔悴した顔を見せなかったアルオ。傍にいるニクスの言葉にも耳を傾けることなく、食事も満足に取らなくなった。眠ることも出来ないのか、顔面蒼白でふらつく彼を心配する友人達。
彼の執務は友人達に支えられて、何とか維持していたが、さすがに健康問題に支障があることで限界を感じた彼らは、ジローラムに連絡を取った。
結果として、ジローラムが侯爵家に戻ったのだ。
アルオの友人達は有能なので、そのまま任に就いて仕事を熟して貰うことにした彼。
そして密かにアメリアは保護したと情報屋に噂を流させて、捜索を打ち切らせたのだ。
但し侯爵家の使用人には、今も必死に捜索中だとアルオに伝え安静を促すジローラム。
彼にはわからなかった。
何故アルオが、ここまでアメリアに依存するのかを。
「普段から不在のあれのことだ。手紙が送られた頃にはとっくに逃げたあとだろうに。そこまで慕っている風にも見えなかったが、本当の母子の絆のせいなんだろうか? やはりわかるのか? 俺なりに(アルオを)愛して来たのだがね。ははっ」
アルオの執着はただのマザコン的なものなのだが、実子じゃないと知ったジローラムには落胆が強すぎて、次第に心が離れていくのだった。
◇◇◇
「もう、アルオったら! 私が心配しているのに、目も合わせないんだから。どうなってるの?」
ニクスは苛立っていた。
いつだって愛を囁いて大切にしてくれたアルオが、自分の言うことも聞かず衰弱していくのだから。
心配もする彼女だが、結局は籍も入れて貰えず愛人止まりなのだ。
侍女とメイドは彼女に従っているが、アルオの状態によってはどうなるのかもわからない。侯爵家を追い出される可能性もある。
「もう、何なのよ。どうすれば良いのよ!」
アルオに苦言を呈されてから使用人達を虐げることが出来ない彼女は、ただただ部屋で大声を張り上げて、クッションを壁に投げつけていた。
そんな中でも、次期当主教育を終えたナジェールは、ジローラムに従い必死に彼の補佐をつとめていた。
「ジローラム様、こちらの書類は納期が早めです。陳情書の内容はこうなっております」
「うむ。よく纏まっているな、ありがとう」
「とんでもございません。もったいないお言葉です。ジローラム様」
ジローラムの言葉に礼をするナジェールは、アルオの息子なのに異常に腰が低い。馴れ馴れしい母親には全く似ず、己の立場を弁えているようだ。
彼は、ジローラムが戻って来た際にこう言ったのだ。
「私のような身分の者が侯爵家の仕事に加わって良いのかわかりませんが、今まで教育して下さった恩に報いる為にも手伝わせて下さい。後継者はリオルナリー様だと理解しておりますので、野心などございません。ですのでどうか」
頭を下げて嘆願したナジェールを、ジローラムは信じてみることにしたのだ。
(グリーニーの孫になるのか。本当にアルオにも俺にもよく似ている。まあそうだよな。血は繋がっているのだから。こんなに身を縮ませて可哀想に。出て行こうにも、親のことで身動き出来ないのだろうな)
ジローラムは初めてと言って良い程、ナジェールをじっと見つめた。思えば今名前が出たリオルナリーのことでさえ、彼は関心が薄かったのだ。無理矢理結婚させられたと、アメリアに寄り添うこともなく嫌悪していたのだから。当然その孫にも愛を注げなかった。
これではあいつも逃げるはずだな。失笑さえ漏れてくるジローラム。
(そう言えば、もうリオルナリーは学園に入る年だな。俺が再婚を認めなかったから、ナジェールは貴族になれず学園にも行かなかったのか。悪いことをしたものだ)
急激に頭の靄が晴れて、考えが張り巡らされていった。
ナジェールにもリオルナリーにも罪などないのに、俺がだらしないせいで、不幸な子供が増えていったのだと。
「ナジェールよ。お前は確かに侯爵家の血筋なのだ。恥じることなく堂々と仕事を補佐しておくれ。俺からも頼むよ」
「はい、ジローラム様。よろしくお願いします」
祖父と呼ぶことを許すと言ったが、ナジェールは畏れ多いと固辞する為、呼び名はこのままでいくことにした。
彼は誰にでも丁寧で、真面目に仕事を熟していくことで、次第に周囲にも認められていった。
母親とは違う視線で見られることに気づくこともなく、懸命に生きる彼にジローラムは暖かな気持ちを持ち始めていた。




