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やってきた母子

 翌朝起きると、邸中が喧騒に包まれていた。


「ああ、きっとお眠りになったのね。

おやすみなさい、お母様」


毎日思っていたことだ。

後、何日一緒に過ごせるのだろうかと。

そう思って来た日々が、終わりを告げたのだ。


駆けつけた医師により、死亡と診断された。

「残念です。こんなにお若いのに」と、苦渋の表情だった。(リオルナリー)にも 「母上の分まで長生きなさいね」 と、優しく声をかけて頭を撫でてくれたのだ。


侍女やメイドも、悼ましいと泣いて辛そうな表情を私に向け、抱きしめてくれた。こんな時にもいない、父の分のように。



その後に母の支度がなされていく。

髪が薄くなっていた母は、死に化粧と質の良いウイッグ(かつら)を着けて、若々しく整えられていた。


母の部屋にあるウイッグの入ったケース。

母が元気な時に、 “これは私の自毛なのよ” と笑って装着し、お洒落していることがあった。

その時には2人で手を繋いで、パフェを食べに行ったものだ。勿論、護衛付きではあったけど。


なんとなく、父はこういうものは処分するのだろうと、勘が囁いた。

きっと金目の物以外は、燃やしてしまったり捨てるのだろうと。


ならばこの思い出の品は、私が頂こう。

そう思い、母のメイク道具の入ったケースとウイッグケース、ウイッグを整える為の裁縫道具を使用人棟の屋根裏部屋に移動させた。


使用人達は邸中を掃除したり、父に連絡を取ることで忙しそうだから、私の行動に注目などしなかった。


その手配を終えるまでは、私を構いには来ないだろう。



◇◇◇

実際に父が到着したのは、父の両親や母の両親と母の兄、各家の親族達が到着した後だった。


どうやら瀕死の妻を置いて、愛人の母子達と子馬を見に行っていたらしい。しかも購入したようだ。


さすがに此処には、その2人は来ていないようだが。



「ああ、遅れてすみません。急用がありまして」

取り繕う父に苦言を呈する者はいない。


父は筆頭侯爵家アラキュリの嫡男で、王太子の幼馴染みで親友だった。そして父の父(祖父)は王弟の孫で、僅かに王族の血も混ざっており、権力も程ほどに握っていたから。


さらに、一人息子を溺愛する祖父母が、父を咎めることはなかった。

逆に亡者を貶めるような囁きさえあった。


「王命だから受けたが、こんなに早く死ぬなら別の者が良かったな」


さすがに聞き逃せないと、(イッミリー)の伯父であるランドバーグ・ホッテムズ伯爵は前に進み出た。

それを(リオルナリー)は止めたのだった。


「ランドバーグ伯父様、こんにちは。またお会いできて嬉しいです」

拙いながらも、母に習ったカーテシーをして見せると、私の姿に頷いて、悼まし気な声で応じてくれたのだった。


「ああ、会えて嬉しいよ。けれどイッミリーが元気になって会えたなら、もっと良かったのにな。何でも良いから、困ったら伝えておいでね」


ギスギスした雰囲気から一転し、母を悼んでくれる人が声をあげ始めたのだ。


「ああ、こんなに痩せてしまって、辛かったね」

「幼い娘を残して無念だろう」

「あんなに元気だったのに、どうして?」

「でも今は安らかだわ。きっと楽になったのね」

「またお話したかったですわ」

「迷わずに天国へ行くのだよ。もう数年もしたら、会えるだろうから」

「ああ、お窶れになって。なんでこんなことに」

「苦しかった闘病と聞きました。何の病だったのかしら? 辛かったわね」

「こんなに進行の早い、恐ろしい病気だったのね。不治の病なんてなくなれば良いのに」

「安らかに眠ってね」

「いつまでも忘れないわ」

「娘の為に、最期まで頑張ったのね。お医者様も褒めていたわよ」

「私の愛する娘は、先に行ってしまったな」

「きっと、すぐ近くにいますわよ。娘の無事を見守るように」


それぞれに涙の中で別れを告げ、棺は墓所へ埋められた。

その上に白い献花を参列者が置いて、永遠の別れを告げたのだ。


「さようなら、お母様」


母方の祖父母に支えられ、ゆっくりとお別れができたのだった。


その頃の父は、遅れてきた王太子に挨拶に行き、ついぞリオルナリーの元へ来ることはなかった。



◇◇◇

邸に戻り参列者が帰り終えると、父の部屋の方から声が聞こえる。そして父と共に、声の主は私へ近づき怒鳴ってきたのだ。


「やっと終わったのね。全く遅いったらないわ。やだ、この娘、やっぱり前髪を隠して陰気臭い。その髪の奥で、きっと私を睨んでいるのでしょ?」

大袈裟に私を罵り、父の腕に胸を押し当てている下品な女。

お母様が寝込んでいる時も、時々父と共に食堂で夕食を食べていたのを見たことがある。

私はお母様と一緒に部屋で食事をしていたから、殆ど会うこともなかったけれど、他の部屋からの騒ぎ声を耳にしたり廊下ですれ違うことはあった。

母もきっと、胸を痛めていたことだろう。


父から紹介もないし、彼女が名乗ることもないから、いつも無言で通り過ぎたけれど。

私は本来、彼女の名前さえ知らない筈なのだ。


「ほら、また無言で睨んでる。怖いわアルオ」

「コラッ、リオルナリー。きちんと挨拶をしないか! 新しく母親になる人だぞ。そしてお前の兄もいる。おいでナジェール」

父が声をかけると、不機嫌そうに歩いてくる少年がいた。


何となく父に似ている気がするのは、間違いないだろう。

「ちゃんと血の繋がりのあるお前の兄だ。まあ愛している子供は、この子だけだがな。挨拶するんだ、リオルナリー」


いきなり現れた母子に唖然としていたが、父に催促されて挨拶を行う。

「初めまして。リオルナリーです。よろしくお願いします」

カーテシーをして2人を見上げるが、よろしくする気はないようで、無言でこちらを見ていた。


もう話すこともないと思い部屋へ戻ろうとするが、義母となったニクスが、父に抱きついて囁きかけた。


「ねえ、アルオ。私、こんなに怖い子と暮らせないわ。どっかに捨てて来てよ」

ニクスの発言に、さすがに困惑する父。


「捨てるのは無理だ。親戚が煩いからね。でもまあ、本邸からは追い出そう。それで良いかい?」

父の様子で、追い出しは難しいと思ったのだろう。


「良いわ、特別よ。じゃあ、あの汚い棟に行かせてね」

「OK、OK。じゃあ、そう言うことで。追い出されるよりましだろ、リオルナリー。じゃあ、さっさと行けよ」


シッシッと、手で追い立てる素振りをする父に、私は心底失望した。

「わかりました。じゃあせめて、お洋服を持っていかせてください」

部屋に入る許可を貰い、首に台所の荷物庫の鍵を紐でかけた。そして下着と普段着などを衣装ケースに入れたのだ。


「服だけみたいね。まあ良いわ」

何故かニクスが荷物を点検してきた。

アクセサリー類は、残念ながら全て置いてきた。

衣類以外に持ち出したのは、母が作ってくれたウサギのぬいぐるみだけだ。


こうして私は、使用人棟へ移動したのだ。

部屋に鍵も付いているから、空いている奥部屋を見つけて鍵をかけて眠った。

6才の体では、もう疲れきって起きていられなかった。



だから私は知らなかった。

その後に使用人達が全てクビになり、もう既に次の使用人達が雇われていたことを。


一方的に父から言われた使用人達だが、護衛達はそのまま雇われるらしく、逆らう者を許さない目付きで5、6人が父の隣にいたと言う。


それを知ったのは、仲良くしてくれた侍女マリーからの手紙だった。

どうやら一旦、祖父の家に雇われてから仕事を斡旋されるらしい。侯爵家なので下手なことはないだろうけど、不安は付きまとうだろう。

それも急に言われたのだから。


その手紙も目を光らす護衛の隙をついて、ドアの下に差し込んでくれたのだろう。もう朝には出て行けとのことらしい。


結局私が起きたのは、次の使用人が来た昼頃だった。

ざわざわ、ごとごとと、ひっきりなしに物の動く音がしていた。


彼らが敵か味方かは、わからない。

だから暫くは外に出ないで、部屋に籠ることにしたのだ。

幸いトイレはあるから、空腹だけを我慢すれば何とかなりそうだ。


私の部屋も父達に知られていないのは、僥倖なことだろう。そもそも興味もないか。




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